
ウイルスや細菌などの病原体がどのように感染を起こして、からだはどのようにして、それらの病原体に対抗しているのか、あらためて基本から知りたいところです。病原体から体を護る「免疫」。
気になる免疫の働きとしくみをご紹介していきます。前回の記事では、免疫系の老化と個体の老化が関連していることが明らかになってきたことをご紹介しましたが、今回は、免疫系が老化するしくみについてわかってきたことを、最新の知見も踏まえてご紹介したいと思います。また、老化抑制についての展望についても、ご説明しましょう。

免疫細胞の故郷「胸腺」と老化
まずT細胞について見ると、加齢によって、生まれたてで抗原にまだ出会っていないナイーブT細胞は激減し、高齢者の血液中のT細胞の多くは、以前の抗原の情報を記憶した記憶型になります。T細胞は胸腺で生まれます。この胸腺が年齢とともに萎縮していくのです。特に50歳を過ぎると顕著に萎縮し脂肪組織に置き換わります。
このために新しく生まれるナイーブT細胞が減少し、代わって記憶型のT細胞が増えていきます。しかも、理由はよくわかっていませんが、記憶T細胞はどんどん「疲弊化」していきます。

胸腺の位置。前方は胸骨が覆う。骨髄とともに、T細胞などのリンパ球を産生、分化、成熟を担う「一次リンパ性器官」とされる illustration by gettyimages
疲弊化は、特にキラーT細胞で顕著です。加齢によるナイーブT細胞の減少や疲弊化記憶T細胞の増加は、感染の慢性化やがんの増加につながり、老化T細胞の増加は老化を促進する慢性炎症の増加や自己免疫疾患の増加につながると考えられます。
胸腺は、加齢だけではなく強いストレスでも萎縮します。ただしこれは一過性で、ストレスが除かれれば、また元に戻ります。強靱な体を持つスポーツ選手は免疫能も高く、風邪などひかないだろうと思われがちですが、激しい練習や競技会のストレスで胸腺が萎縮し、T細胞が減って免疫能は低下しています。このために優秀な選手でも白血病に冒されることがあるのです。
また虐待によっても胸腺は萎縮します。痛ましいことに、両親からの虐待で死亡した5歳の女の子の胸腺が委縮していたことが、解剖の記録に記されているそうです。若い人の場合、ストレスがなくなれば胸腺は再び大きくなりますが、加齢による萎縮は戻らないと考えられています。
骨髄は、加齢によって胸腺ほど萎縮することはありませんが、骨髄の支持細胞が老化し、T細胞ほどではないにしても新しく生まれるB細胞は減少するといわれています。
自然免疫はどうでしょうか? これもさまざまなことがいわれていますが、一般的に加齢によって骨髄での造血は、赤血球とリンパ球は減少し、単球、好中球への分化が増加するといわれています。
高齢者は、炎症を起こして病原体を排除するのに必要な物質である「サイトカイン」が過剰に産生され、炎症が過大に起こるサイトカインストームを起こしやすいのですが、それには、この自然免疫系が強くなる傾向が関与しています。
さらに単球から分化するマクロファージも炎症性のM1型が多く、貪食や組織修復に関わるM2型が減少します。このマクロファージの変化も、高齢者で老化細胞の除去が減ることと慢性炎症が増えることに結び付いています。
老化と疲弊の関係
免疫細胞の「老化」と「疲弊」との関係は、どのようになっているのでしょうか?
老化は、DNA損傷を修復するために起きる細胞分裂が停止している状態で、長い年月をかけて起こります。
疲弊は、長期間抗原に曝露された後に起こる機能低下状態です。そのため疲弊は、若い個体でも起こり得ます。
この2つは、異なるメカニズムで機能低下を招いていると考えられています。ただし、高齢者の老化T細胞の集団はTCR(T Cell Recepter:T細胞の細胞膜上にある抗原受容体)のレパートリーが少なくなることから、老化抗原や自己抗原の刺激を受けてもとの1個の細胞が何度も細胞分裂を繰り返して生き残っている可能性が高いと考えられます。
つまり老化T細胞も疲弊T細胞ももとは記憶T細胞で、抗原刺激を受けて何度も分裂した後に細胞周期が停止した状態といえます。

T細胞膜を再現した模型図。橙色の部分は細胞膜の脂質を、濃い青が受容体(TCR)を、水色は光源提示などで伝達された情報を増強するCD4分子を再現している illustration by getyimages
ブレーキがかかりすぎて、機能停止になっていた
興味深いことに、老化したキラーT細胞もヘルパーT細胞も、ブレーキ分子のPD-1を強く発現しています。疲弊とは、アクセルを何度も踏んだために負のフィードバック制御機構が働いてブレーキが強くかかり機能停止になっている状態です。老化T細胞も疲弊T細胞も、PD-1をはじめとするブレーキ分子をたくさん発現しています。
疲弊の元締めであるNR4aという分子も高く発現しており、機能停止に一役買っているものと考えられます。しかし、NR4aだけですべてを説明できるわけではなく、免疫老化に関係する遺伝子はもっとたくさんあると思われます。例えば、加齢に伴ってミトコンドリアの機能が低下することも、免疫老化の重要な一因と考えられています。
要するに、老化と疲弊は、定義は異なりますが、細胞の性質としてオーバラップする部分も多いということです。
特にキラーT細胞の場合は、老化と疲弊は発現している分子から見ても区別がつきにくいです。一方でヘルパーT細胞は疲弊すると機能を失いますが、老化ヘルパーT細胞はSASP(細胞老化関連分泌形質)因子を出したり、キラー分子を発現したりして、かなり様相が異なっています。
これらの老化の性質を与える分子基盤はまだまだわかっていないことが多く、そのために「若返らせる」方法も(iPS細胞化する以外には)見つかっていません。今後の研究が必要です。
T細胞はどれくらいで老化する?
ではT細胞は、どれくらい分裂したら老化するのでしょうか? 過去に試験管内でヒトT細胞の培養を続ける実験が行われており、増殖寿命は限られていて、可能な分裂回数は50~70回と同じとされています。
しかし、これは試験管内で常に増殖因子にさらされた場合です。動物個体で記憶T細胞が何回分裂できるのかは不明でした。それが、なんと10年間もT細胞をマウスに植え継いだ実験結果が発表されました。
まずマウスにウイルスを感染させてウイルス特異的なT細胞を増やし、それを次のマウスに移植し、さらにウイルス感染させてT細胞が増えてきたところで、また次のマウスに移植する。これを17回、10年間続けたのです。
結果は驚くべきもので、PD-1などの疲弊マーカーの発現は上昇するものの、T細胞は増殖能力や抗ウイルス殺傷能力を失わずに増え続けたのです。計算では1個のT細胞は少なくとも10の41乗個の記憶T細胞を生み出し、その総体積は地球の3万倍以上に相当するそうです。つまり記憶T細胞は、適切に刺激を入れると、ほぼ無限に分裂できる能力を有しているといえます。
この実験は、T細胞は老化しない、ということを意味しているのではありません。実際には高齢者のT細胞は老化しています。うまくすれば増殖寿命の限界を超えてT細胞を増やし続けることができる、ということを示したものです。もしかしたらT細胞の老化を止めて健康長寿を維持できる方法が見つかるかもしれません。

T細胞は、ほぼ無限に分裂できる能力を有しているといえる illustration by gettyimages
免疫制御は老化や健康寿命を変えるか!?
では、T細胞の老化を止めて健康長寿を維持できる方法があるのでしょうか? ヒトに応用できなければ意味がありません。
免疫老化に伴ってSASP因子が増加し、さまざまな老化関連疾患が増えるのであれば、老化細胞除去のほかSASP因子の除去も老化抑制に有効と考えられます。
例えば、SASPとして知られる炎症性サイトカイン腫瘍壊死因子α(TNFα)の機能を阻害する生物製剤は広く関節リウマチや炎症性腸疾患で使用されています。TNFα中和抗体を処方された患者では、インスリン抵抗性の改善やアルツハイマー病の発症リスクの低下が認められた、と報告されています。
しかしTNFα中和抗体の投与により結核や帯状疱疹のリスクが上昇することもあり、寿命そのものを延長するかどうかは不明です。
免疫老化を抑制する作用の薬とは
免疫抑制剤の一種ラパマイシンは、さまざまなモデル生物で寿命を延長させる効果が認められています。また若い記憶T細胞を増やし、免疫老化を抑制する作用も報告されています。そこで264名の高齢者を対象に、低用量のラパマイシンを6週間投与する試験が行われました。
試験薬投与後、インフルエンザワクチン接種に対する反応を調べたところ、抗体産生量が増え、さらに1年間、感染症の発生率を有意に減少させることが確認されました。
しかしながら感染症以外の病気の罹患率の低下や健康寿命の改善については記載されておらず、報告が待たれます。

ラパマイシンの立体構造模型 photo by gettyimages
カロリー制限が老化を防止?
カロリー制限は、多くのモデル生物において、老化を防止し、寿命を延長させることが知られています。マウスなどの哺乳類でも、実験室では寿命を延長させる効果があるとされています。興味深いことに、マウスではカロリー制限によって胸腺の萎縮が止まることが報告されています。
ヒトでも同様の実験がなされ、2年間カロリー制限をしたら普通食の人たちよりも胸腺が大きく、ナイーブT細胞の数も多かったと報告されています。残念ながら、この人たちが長生きしたかは記載されていません。しかしカロリー制限で免疫老化を止められる可能性が示されました。ただしカロリー制限はストレスにもなり、最適条件を見つけることが難しいと思われます。
このように、免疫老化と心血管疾患、動脈硬化症、糖尿病などの慢性炎症、臓器の機能低下、そして全身の老化には密接な関係があることは疑いないと考えられています。適切な免疫制御が老化の阻止や寿命の延長に寄与することは十分期待できます。何よりも免疫細胞は、輸血のように外から投与することも可能です。将来、老化したT細胞をiPS化して試験管の中で若いT細胞につくり変えて投与することも可能になるかもしれません。
「免疫と老化」の研究は、安全に健康寿命を延ばす方法の開発につながることが大いに期待できます。
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ウイルスなどの病原体がどのように感染を起こし、免疫がどのように働くのか、その複雑なしくみを、基本から正しくわかりやすく解説します。アレルギーのメカニズムや期待されるがんの免疫療法についても取り上げます。