
なぜ戦争が起きるのか? 地理的条件は世界をどう動かしてきたのか? 地政学はロシア・ウクライナ戦争をどう説明するのか?
「そもそも」「なぜ」から根本的に問いなおす話題の新刊『戦争の地政学』著者の篠田英朗さんが、プーチンの思考を文明論と地政学の視点から読み解く。
前回はこちら:「ロシアを追い詰める『西側』の陰謀を撃退し…」プーチン大統領がいま考えていること

プーチンの思考方法とは何か
1990年代にサミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』を著したとき、ロシアというよりは、「正教会」文化の圏域が、一つの文明圏として扱われた。

https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18187203
この文明圏の存在が存在しているかどうかも一つの論点だろうが、実在していると仮定しても、それは必ずしも「ロシア文明」のことではない。
ウクライナの人々は、ウクライナは「ロシア文明」の一部とみなすロシア人の思い込みに抗して、ウクライナは自分たちの祖国防衛戦争を行っている。
同じ文明圏に属しているにもかかわらず、わざわざロシアがウクライナに侵略戦争を仕掛け、それで反発されて激しい抵抗を受けている状況は、奇妙だ。「抵抗しているのは、本当のウクライナ人ではない、『西側』に操られた傀儡だ」といった主張は、苦肉の策と言わざるを得ない。
結局、プーチンの思考方法は、「文明圏を固定化すると世界は安定する」、という「圏域」思想に依拠している。「大陸系地政学」理論の典型的な発想方法に基づいている。
決議棄権・無投票の地域的分布
ロシアの侵略を非難した2月23日の国連総会決議における諸国の投票行動を地図で見てみよう。緑が決議賛成国、赤が決議反対国で、灰色(茶色)が棄権(・無投票)である。

Konrad-Adenauer-Stiftung - Multilateral Dialogue Geneva - Resolution on a comprehensive, just and lasting peace in Ukraine at the UN General Assembly (kas.de)
わずか7カ国の決議反対国に地域的な特徴は見られないが、決議棄権・無投票の地域的分布を見ると、ユーラシア大陸の中央部(中央・南・西アジア)から、アフリカ大陸の中央・南部に伸びていることが見てとれる。
これは、イギリスの地政学の祖と言うべきハルフォード・マッキンダーが「世界島のハートランド」と呼んだ、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の大海へのアクセスに困難がある内陸国の地域だ。ロシアの天然資源への依存度が高く、西洋文明諸国を中心とする海洋国家とのつながりが希薄である傾向を持つ。
マッキンダー理論にしたがえば、これは、海洋国家連合が、大陸のランド・パワーが「世界島のハートランド」にそって膨張主義をとるのを封じ込めている図だと言える。
半分は妄想、半分は事実
プーチン大統領の言説は、半分は妄想であり、半分は事実にそっている。
ロシアが「一つの文明」として「西洋文明」の攻撃に立ち向かっているというレトリックは、妄想に近い。
「大陸系地政学」の世界観にしたがって、ロシアがロシアの信じる自国の「勢力圏」を確保しようとしている、と描写したほうが、まだ実態に近い。
他方、確かに、自国の「勢力圏」を拡大させようとするロシアというランド・パワーの影響力が、「世界島のハートランド」にそって拡張していくのを、海洋諸国連合は封じ込めようとしている。
ロシア・ウクライナ戦争は、二つの異なる地政学理論の世界観の衝突だ。
プーチン大統領は、「勢力圏」の確保が、ロシアにとって、いわばヒトラーが「生存圏(レーベンスラウム)」と呼んだものの確保と同じだと信じ、行動している。
海洋諸国連合は、国際法秩序を維持するため、英米系地政学にそって、大陸国家の膨張主義を封じ込める政策をとる。
この戦争の性質を過小に評価してはいけない。日本は、戦場からは離れているかもしれないが、この二つの異なる地政学理論の世界観の衝突と無縁ではない。よく意識しておく必要がある。
(ブログ「『平和構築』を専門にする国際政治学者」より一部編集のうえ転載)
新刊『戦争の地政学』では、「英米系地政学」と「大陸系地政学」という地政学の二つの異なる世界観から、17世紀ヨーロッパの国際情勢から第二次大戦前後の日本、冷戦、ロシア・ウクライナ戦争まで、約500年間に起きた「戦争の構造」を深く読み解いている。
