高山真さんの自伝的小説が映画「エゴイスト」に 女性たちへ発信し続けた「欲望に忠実であっていいのよ」

高山真さんの自伝的小説が映画「エゴイスト」に 女性たちへ発信し続けた「欲望に忠実であっていいのよ」

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  • 更新日:2023/01/25
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映画「エゴイスト」/第35回東京国際映画祭にて(写真=2022 TIFF/アフロ)

作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は高山真さんのこと。

【写真】北原みのりさんはこちら。*   *  *

鈴木亮平主演、宮沢氷魚共演の映画「エゴイスト」が来月公開される。「セックスシーンがかなりエロいらしい!」と、私の周りでは大騒ぎする友人たちが続出しているが、原作は、2020年10月に亡くなった高山真さんの自伝的小説だ。高山さんが生みだした世界が映像化される。そのことが、じわじわと嬉しい。

高山さんと私は同世代で、お互い30代に入ったばかりの頃に出会った。もう20年以上前のことだ。雑誌編集者だった高山さんが、私の取材に来てくれたのだけれど、インタビュアーのはずの高山さんがほぼずっと自分語りをし始めたのだった。甲高い声で、手のひらをヒラヒラさせながら、同性に関心のないノンケの男の子をどう落とすか、男の体を客体として欲望することってどういうものなのかなんて話をしてくれた。きっとこの女とは話すことがたくさんある、と高山さんは思ってくれたのだろう。

で、その高山さんの話があんまり面白かったので、「それ、書いたらいいのに、というか書こう!」とお願いしたのが、ラブピースクラブ(私の会社)で高山さんが連載するきっかけになった。02年のことだ。高山さんの連載はあっという間にもの凄い数のフォロワー(とは当時言わなかったけど)がつき、1年後には単行本として出版された。高山さんの作家としてのデビュー作『こんなオトコの子の落としかた、アナタ知らなかったでしょ』(飛鳥新社)には、だから、私には深い思い入れがある。

欲望に忠実であっていいのよ。「わたし」が主人公なのよ。傲慢に生きていいのよ。

高山さんは、そんなふうに女性たちにメッセージを発信し続けてくれた。それが、閉塞感が深まる00年代を生きる30代の女たちに響いたのだと思う。私自身にも、もちろん、響いた。この社会で女として生きることは、「性的に値踏みされ続ける」経験の連続だったりする。そのことの居心地の悪さから私は「自分が性的に主体になる!」と、女性向けのセックスグッズの会社を始めたのだけれど、高山さんはさらに「男性を性的に客体化する」ことの意味を私に突きつけてきた。女が男の肉体を客体として見る、女がセックスを買うという選択肢だってあるのよ!と。新宿2丁目のウリセンバー(男性向けに性を売る男性たちのお店)に「誕生日プレゼントよ、きれいな男の子を見に行きましょう」と私を連れて行ってくれたのは何歳の誕生日だったか忘れてしまったけれど、私にとっては自分のセクシュアリティーの冒険を高山さんに伴走してもらっているような思いだった。この社会で女でいること、ゲイでいること、その困難さは時に重なり、時にはかなり深い溝の存在に気がつかされながら、高山さんとの対話が楽しかった。

最近、30代前半の女性と話すことが続いているのだけど、驚くほど、みんなが同じことを言うことが気になっている。「30代になったとたん、周りから、結婚はどうするのか、子供はどうするのか、仕事はどうするのかと質問されるようになった」と彼女たちは口を揃える。20代のうちは「若いんだから、好きなことしなさい」と背中を押されるが、30代になったとたん、「妊孕(にんよう)性のある女」としての選択を迫られるのだ、と。そんな圧を感じる女性たちのなかには「仕事がこれだけ忙しい今、子供や結婚のことなど決断できない。だから将来のために、卵子凍結しました」という人や、「次に付き合う男性は結婚を前提にする関係にしたい。だから簡単には付き合えない。だから絶対に恋愛に発展しない女性用風俗を利用するようになりました」という人もいた。

人生の時計をチラチラと見ながら計算して生きていかねばいけない……気分にさせられる日本の30代の女性のリアリティーに胸が重くなりながら、こういう時に高山さんと話せたらな……と思う。こんな時、「ねぇ、高山さんだったら彼女たちに何て言う?」と聞いたら、「おほほ~!」と高笑いしながら弾丸トークをしてくれるだろう。したければすればいいわよ、誰も批判しないわよ、でも「次に会う男とは結婚を前提に……なんて考え方って、かなりホラーよ」とか言うかなとか、高山さんの口調を真似してみたくもなる。

「多様性」が謳われる時代にはなっているが、一方で女性の生きづらさ、強烈なシステムと化しているジェンダーの圧は、何十年も変わっていない。性被害を訴えた女性が激しいバッシングに晒され、ストーカーに怯える女性が街中で殺される。性差別の話をしているのに「男のことも考えろ」と口を塞ぐような声は相変わらず大きい。悪い面ばかりではないが、「女の欲望」、なんて話に夢中になっていた1990年代~2000年初頭なんてものが、遠く色あせて見えるくらいに現実が厳しくなっているのも感じる。それでも、問題の根っこは変わらないまま、厳しい向かい風を受けながら女は前に進むしかない。手を取り合って。笑いながら。不真面目くらいでちょうどいいのよ、という気持ちで。

高山さんが亡くなって丸2年過ぎた。亡くなる3カ月前、20年の7月に緩和ケア病棟に入りました、と高山さんから電話があった。仕事上の関係者、親しい友人、みんなに電話をしていた。お別れの挨拶だった。電話での声の調子は明るく、「少し前まではとても悔しくて、夜も眠れないほど怒り続けていたけれど、今はそうではなくなったの」という話をしてくれた。一字一句、高山さんの言葉で記憶できていたらいいのだけれど、私は呆然としてしまっていて、ほとんど何も返せなかった。高山さんの声を聞きながら、部屋の窓から夏の空を見上げていたことを覚えている。そんなふうに死の準備をされた高山さんは、ほぼきっかり3カ月後に逝かれた。

「エゴイスト」の映画化が決まったのがいつかは分からないが、俳優らのインタビューを読む限り、高山さんの生前から動きはあったようだ。だからきっと、高山さんは知っていたのだと思う。私の小説が映画になるわよ、と。みんなビックリしてちょうだい、そして妬んでちょうだい、思いっきり!と顎を思い切りつきだしてオホホと笑う高山さんの姿が目に浮かぶ。「私」を鈴木亮平が演じるのよ、と小指をたてコーヒーカップを持つ高山さんの姿が見える気がする。エゴイストは、高山さんがつけていたシャネルの香水だった。久しぶりに、その香りをかぎたいなと思う。

北原みのり

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