《“チャイニーズ・バットマン”ってどう?》シカゴで活躍する日本人コメディアンが「アジア人差別ネタ」を止めない理由

《“チャイニーズ・バットマン”ってどう?》シカゴで活躍する日本人コメディアンが「アジア人差別ネタ」を止めない理由

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/02

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米イリノイ州シカゴの劇場で、年400回、スタンダップコメディの舞台に立つ日本人がいる。Saku Yanagawa、奈良県生まれの28歳。世界11か国で公演を行ない、今年、Forbes誌が選ぶ「30 UNDER 30」(世界を変える30歳未満の30人)に、アジアの代表として選ばれた。

スタンダップコメディとは、マイク一本で舞台に立ち、トークで観客を笑わせる芸能で、アメリカのお笑い界のメインストリームだ。ときに政治を風刺し、人々が気づかない人種差別やジェンダー差別など社会問題にも切り込む。彼の目に映ったアメリカ社会の変化とは。(全2回の1回目/後編を読む)

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Saku Yanagawa

◆◆◆

「ヘイ! コローナ!」を爆笑に変えたひと言

「ヘイ! コローナ!」

客席からそんなヤジが飛んだ。アメリカではコロナの流行がまだ本格的には始まっていない2020年3月。このヤジに笑いが起きつつも、差別の臭いを嗅ぎ取った会場には微妙な空気が流れた。

その男性がハイネケンを飲んでいるのを見て、Sakuはとっさに返した。

「ヘイ! ウェイター! 彼にコロナ・ビールを5本、持っていって」

さらに畳みかけた。

「支払いは誰がする?」「メキシコ」

当時、トランプ大統領が、メキシコとの国境に壁を建設する費用は誰が負担するのか問われ、「メキシコ」と答えたのに引っかけたのだ。

この返しに会場は爆笑に包まれ、スタンディング・オベーションまで起きたという。

こんな一瞬も気を抜けない厳しい舞台で、7年間、挑戦を続けてきた。いつもうまくいくとは限らない。ネタで滑りまくった揚げ句、客席からビール瓶が飛んできたこともある。

大阪大学卒の元野球少年が渡米した理由

出身大学は大阪大学文学部で、演劇と音楽を専攻していた。なぜスタンダップコメディアンになろうと思ったのか。Sakuは関西弁でこう語り始めた。

「中学・高校時代は甲子園目指してずっと野球やってて、大学でもやって、何ならメジャーリーガーになりたいと思ってたんですけど、肘を痛めて野球ができなくなった。それで、大学3年のときに、テレビを見ていたらニューヨークでスタンダップコメディをやっている小池良介さんが紹介されていて、衝動的に、これやっ!て思った。翌日、ニューヨークに飛んだというのが始まりです」

飛行機の中でネタを作り、ニューヨークに着くと、コメディクラブ(劇場)を検索して1軒ずつ回り、「皿洗いをする代わりに舞台に立たせてくれ」と直談判した。17軒回って1軒だけ舞台に立てた。「足が震えるほど緊張した」が、意外にウケたという。そこにいたコメディアンに誘われ、スタンダップコメディの本場、シカゴの劇場でも舞台に立った。

走り出したら止まらない感がハンパないが、「経験のない人間は動くしかないっていうのが、なんとなく、野球やっていたときからわかっていたので」とこともなげに言う。

大学を卒業後、再びシカゴに渡り、舞台に立ち続けた。

「ウケてないやつは、確実にブッキングされなくなっていく。以前、舞台上から、客いじりを兼ねて、『今までにスタンダップコメディの舞台に立ったことある人は拍手して』と聞いたことがあるんですよ。2~3人だろうと予想していたんですが、7割ぐらいの人が拍手したんで、えええぇ!?って驚いた。そんなことある?と思って、楽屋に帰って他のコメディアンに話したら、『そんなもんやろ』って。

そいつが言うには、オープンマイクという誰でも出られるイベントがあって、『オープンマイクに出て滑ったやつは客席に戻っていくんだ。ウケ続けたやつだけがステージに残る。だから、コメディアンは尊敬されるんだよ』と。しばらく経ってそいつは客席に戻っていったんですけどね(笑)。客席にいるから、驚いた」

スタンダップコメディは分断を解消する

ステージに残り続けていることが、実力の証明なのである。では、アメリカのスタンダップコメディは、日本のお笑いとどう違うのか。

「コメディクラブという文化が豊かだなって思うのは、人種も性別も思想も異なる多様な人々が集まって、自分と違う意見に出会える場所だからです。例えば、舞台上のコメディアンが共和党支持で、自分は民主党支持だとして、民主党をからかうジョークや共和党の自虐ネタに、面白いね、あははって笑った瞬間に、その空間には分断ってないはずなんですよ。だから、分断が可視化された中で、スタンダップコメディはそれを解消するきっかけになる貴重な芸能だと信じている」

多くの日本人は、スタンダップコメディというと、人種差別ネタやエログロのネタが多く、タブーのないお笑いとイメージしているが、その認識は古すぎるという。

“客いじり”で警察に通報されたコメディアン

「たぶん、それって80年代くらい、エディ・マーフィーの時代のイメージなんですよ。今は日本よりアメリカの方がタブーによっぽど敏感です。それは社会の潮流が“キャンセルカルチャー”になっているから。要は、差別的な発言をした人は、炎上させて降板させるということ。ケヴィン・ハートというトップコメディアンがいて、オスカーの司会に決まったんですが、12年前のたった数行のLGBTQの人を揶揄するツイートを掘り起こされて、降板に追い込まれた。

この事件は、自分にとっては遠い話だと思ってたんですよ。そこまで大きな仕事が来てるわけじゃないので。だけど、僕のよく知ってるコメディアンが、舞台上でしゃべったことで警察から取り調べを受けたのには衝撃を受けた。その人はアラブ系なんですが、『今日のお客さんの中には俺と同じような顔がたくさんいるな。俺たちでテロ組織ができそうだな』って言ったら、観客の一人が通報した。でもそのときに警察官が、『通報があったから取り調べをするけど、今日のお前のネタ、絶対にやめるな、そのままやり続けろ』と言ったと。美談と言っていいのか、よくわからない話ですけどね。

日本化していくアメリカのコメディアンたち

そういう時代だからこそ、僕らコメディアンは今のギリギリのラインがどこかってことに誰よりも敏感じゃなきゃいけない。そのラインを見極めた上で、あえてそのギリギリを批判覚悟で突いていく」

その一方で、キャンセルカルチャーの波にもまれ、人種やジェンダーなどの話題には触れない“攻めない笑い”に切り替えるコメディアンも増えてきているという。

「こういうのを“クリーンコメディ”と呼んでいて、フリップ芸とか歌ネタとか、日本的な笑いに転じる人もちらほら出てきている。それに対し『コメディは最後の砦だ』、『俺は信念持って発言しているから、舞台上で言ったことに対して謝らない』という人もいて、二極化している。だけど、気づきとか、考えるきっかけを与えられへんのってどうなん?って思うわけですよ。あえて人種に関わる攻めた笑いをやって、それでお客さんが笑ったら、笑った自分に内在する差別意識に気付くチャンスになる。そこを見せるのが一つのコメディの技だと思ってます。

例えば、こんなネタをやったことがある。『アメリカ人ってヒーローが大好きですよね。だけど、スパイダーマン、スーパーマン、ブラックパンサー、ワンダーウーマンと、黒人や女性のスーパーヒーローはいるけど、アジア人のスーパーヒーローっていないよね。だから考えてみたんだけど、“チャイニーズ・バットマン”ってどう?』って。“中国のコウモリ男”だから、『彼はあなたを助けてくれるけど、そのあと熱が出て、2週間隔離されます』。このネタがウケたら、そこからトランプがコロナウイルスを“チャイニーズ・ウイルス”と呼んだことを挙げ、アジア人に対するヘイトクライムの話に展開するんです」

アジア人差別の実態 マスクをしていたら……

コロナ禍でいまや当たり前になった“マスク”も、かつてはアジア人を嘲笑するキーワードだったという。

「アメリカっていう国は本当にヒーローっていう言葉が大好きなんですよ。例えば、最前線で働いている人をヒーローと呼ぶのはわかるのですが、レストランに行ったら張り紙が貼ってあって《マスクをつけよう。それで君もヒーローだ》って書いてあった。だから、『ちょっと待って、だったら、アジア人は40年前からヒーローじゃないか』と。

コロナがアメリカに本格的に上陸する前は、僕らは予防も兼ねて当時からマスクをつけて歩いていたんです。すると完全に重病人だと思われて、いわれのない暴行を受けたり、罵詈雑言を浴びたりという事件が日常的にあった。アジアのウイルスだといって、差別されていて、アジア人はマスクをするということで、差別の対象にもなっていたんですよ。

だから『じゃあ、アジア人はずっとヒーローじゃないか』とネタにした。アメリカ人が気づかないようなアジア人に対する差別を風刺する。こういうことが本来は必要なんじゃないかと思います」

昨今はアジア人へのヘイトクライムが急増したと報じられることが多いが、コロナ禍ではそれ以外のマイノリティへの差別も顕在化していった。マスクひとつとっても、アメリカでは人種間の闘争が起きていたのだ。

黒人がマスク着用に抵抗したのはなぜか

「CDC がマスク着用勧告を4月に出したんですよね。そしたら『マスクをつけない自由』って言って、ライフル持った人とかが集まってデモを始めたんです。それに加えて、黒人とヒスパニックのコミュニティもマスク着用に関して抵抗を示した。なんでかって言うと、これまで例えば黒人がフードをかぶって夜歩いていたというだけの理由で、不当な逮捕や拘束を受けてきたという歴史があるわけです。だからマスクをつけることによって怪しいと思われて、不当な逮捕が横行してしまうんじゃないかと。

アメリカでは、マスクという問題だけでも一筋縄ではいかないんだっていうのは目の当たりにさせられましたね。いまは都市だとマスクをつけてる人が多いですよ。南部のほうだと、『フリーダム!』って言ってつけない人が多いですけど(笑)」

しかしスタンダップコメディはそんな状況をこそ“笑う”のが使命だ。客に対して耳ざわりのいいネタばかりやるのはスタンダップコメディではないし、こうした辛辣なネタでも評価する懐の広さがアメリカにはある。

「僕自身、自分のことを“レモン”と呼んでいる。“バナナ”という呼び方があって、外っかわは黄色いけど、中身は白くてアメリカナイズされたメンタリティを持っているという“蔑称”なんです。けど、レモンは外っかわも中身も黄色いし、その僕の視点から放つジョークで、アメリカ人に『酸っぱい』っていう刺激を与えることができると思う。レモンという存在でアメリカという国をジョークにできた時に、僕がアメリカの舞台に立つ意義があると思っています」

アジア人である自分にしかできない笑いの中に毒を潜ませる。スタンダップコメディの神髄はここにあるという。

後編に続く。

「僕も2年前から自虐ネタはやめています」日本人コメディアンが語る米国版“容姿イジリ”のルールへ続く

(清水 典之/Webオリジナル(特集班))

清水 典之

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