今年2023年は1923年9月1日に起こった「関東大震災」から100年が経つ。この節目の年にTOKYO HEADLINEではさまざまなジャンルの人にさまざまな視点から防災について話を聞いていく。今回はジャーナリストの堀潤さん。

東京都では100年前の悲劇を繰り返さないために「風水害」「地震」「火山噴火」「電力・通信等の途絶」及び「感染症」の5つの危機に対して、都民の安全・安心を確保できる強靭で持続可能な都市を実現するため「TOKYO強靭化プロジェクト」を策定しています。堀さんはいろいろな取材をされていると思いますが、防災について意識していることはありますか?
「災害といえば最近だとハワイ・マウイ島での山火事ですよね。1000人以上の方が行方不明のままになっています。山火事の原因もさまざまですが、地球全体が非常に高温になっていますよね。国連では“地球が沸騰期に入った”とさえ言っている。そしてハリケーンによる強風にあおられる形であれだけのことが起きてしまった。日本国内の災害の現場を見ていても、これまでの雨の降り方と比べて短時間での雨量が急増していたりする。つまり今までの防災のやり方の中では対処しきれない自然環境の変化が急速に起きている。だからアップデートしていかないといけない。インフラもそうだし、私たちの防災への意識も。この前、北海道に取材に行ったときに漁業者の方が“トラフグが揚がった”と言っていたんです。フグといえば九州とか玄界灘とかあちら側のイメージですが、海の環境も高温によって生態系も変わってきている」
気候変動といえば、最近では北海道より沖縄のほうが気温が低い日があったりしましたね。
「これも都市の設計の在り方を変えていかないといけない。これほどコンクリートやアスファルトに囲まれ、湾岸地域に高層ビルが立ち並び海からの風も入りにくい。それは内陸部のヒートアイランド化を加速させていたりする。常識では考えられないような災害による被害が起きている。こういった問題についてはいろいろな立場の人たちが関わっていく必要があると思うんです。デジタルの技術を持っている人たちがファクトやエビデンスに基づいた政策立案をしていく。そして自然環境、自然科学の分野の人たちがこういう変化について専門的知見から提言をしていく。メディアも伝え方をどんどん変えていって、市民と協力しながらリアルタイムで起きている被害の情報を伝えて、速やかな避難につなげるとか。東京は結構アップデートしてきていますよね。地下の治水の設備などを積極的に市民に開放していたりとか。あとは火災の対応ですね」
これまでは100年に1回の災害というフレーズがありましたが、今は100年に1回どころではない頻度で大きな災害が起こっていますよね。
「いろいろ形を変えて“100年に1回”を毎年伝えている気がします。こうなると僕たちの意識が変わらないといけないと思うんです。例えば東京で地震とともに噴火や津波が襲来するといった複合災害が起きた時に都民の皆さんはどうすればいいのか? 実は自宅で避難生活を続けるというのが今の計画の中にあるんです。災害が起きたらどこかに避難するというイメージがあるかもしれないが、大規模災害が発生した時は幹線道路は災害復旧道路になる。私たちは混乱を避けるために道路は使えない。基本的には自宅にとどまって1週間~2週間を乗り越えなければいけない。そうなった時の食料や水の確保、簡易トイレの用意はありますか?と問われると“分かってはいるけど、まだそんなに…”というのが実情なんじゃないかと思います」
水とかトイレは重要な課題ですよね。
「普段から氷を作っておくと水にも変わるし、冷やすためのものにもなる。あと本当に被災地に取材に行って、深刻なのはトイレ。自宅は使えない状態になってしまい、コンビニに行ってもとても言い表せないようなにおいがしたり、衛生環境も悪かったりする。今は簡単にすぐ固めてくれるものとか家の中で使える簡易トイレもある。“水があれば流せばいいじゃん”というふうに思いますが、麻痺してしまったり“それだったら飲み水に回したい”という思いもありますしね」

メディアも人員は限られている中で誰が伝えるのか
昨年は豪雨による災害に見舞われた静岡にも何度か足を運ばれていました。その他にも災害に遭ったいろいろな地域に足を運び状況を伝えていますよね。
「去年は静岡には通いました。取材が追いつかないというか、大規模な災害ではないんですが、街が水に浸かってしまう、復旧まですごく地域の中で時間をかけないといけないというような災害がすごく増えているような印象があります。これまでだと東日本大震災とか、ある意味、面として広がっている災害が突発的に起きて、どうやって復旧するか、でしたが、毎シーズン毎月のようにどこかで水害や山火事といった災害が続いている。こうなるとレスキューについても他の地域に目を向けづらくなるというか、地域の防災は地域でやり切らなければいいけなくなってくる。でも地域に人がいないとか財政的に余裕がないといった理由から、地域で災害が起こったら、そこから立ち直るためにものすごく時間がかかってしまうのが現状だと思います。
実際に今年の春先に尋ねた東京の伊豆大島では首長が“復興予算を国からつけてもらったが5カ年計画とか10カ年計画で復旧する間に次の災害が来てしまうのでもう資金がない。だから地方創生どころの話ではないんです”という話をしておられた。本当にそうだなと思いました。安定したインフラや街の基盤があって初めて経済活動が成り立つし、地域活性を打ち出せる。でも今は気候変動の影響からか災害が相次いでいて、それどころではない。“国土強靭”って言っていますけど、地域の強靭化をしなければ立ち行かなくなってしまうということを実感しています」
そういった現状を知ってもらうためにはメディアの力は大きいですが、継続的に報道するのは難しいところがあります。最近ではSNSで一般の人が発信するという方法もありますが、堀さんが取材した静岡ではお年寄りしかいなくてそういう自ら発信するというのも難しいところがあったとか?
「千葉でも静岡でもそうですが、孤立した集落の中でお年寄り世帯が多い地域というのは顕著ですよね。誰が伝えるかといったときに、そのおじいちゃんやおばあちゃんが伝えるというのは困難です。では“メディアは何をやっているんだ?”とは思うんです。とはいっても各地域のメディアも人員は限られている。なので、日ごろから市民記者、市民の皆さんと発信していくということをマスメディアこそ、いつもやるような、そういう活動が必要なんじゃないかと思うんです。
現場は全然違うんですが、シリアの内戦が深刻化していく中で、なかなかシリア国内にとどまれなかったBBCとかAP通信といった諸外国のメディアの人たちが、シリア国内にいるジャーナリズムに関心のある人たちをトレーニングして市民記者を育成したんです。そのうちの一人の方と僕も連絡が取れて、シリア国内の状況とかをいつも教えてもらってるんです。今年だったらシリア・トルコ大地震が発生した。日本の熊本地震よりもはるかに大きい揺れだった。トルコの状況は伝わってきたが、シリア北部の状況は伝わってこなかった。でもそのトレーニングを受けた市民記者の人が自分たちで発信をしていたので、仲介者を通じてその方から連絡をいただいて、映像とか情報をもらえた。だから有事に備えて、マスメディアが持っている技術やインフラというものをどんどん市民に開放して、一緒になって発信していくという、そういう関係を今こそ築く時じゃないかと思うんです。
視聴者ボックスみたいな感じで“何かあったら送ってください”というものはあるけれど、それではなくて一緒になって発信していくためのトレーニング。そういうことをやるべきではないかと思っています。僕はNHKを辞めてから個人的にいろいろなメディアの方と一緒になって、約10年間、今も続けているんですが『毎日ビデオジャーナリズムラボ』というものをやっています。ここでは毎月30~40人くらいの受講生の方をオンラインでトレーニングしているんですが、やっぱりいざとなった時にすごく頼りになる。“うちの地域でこんなことが起きてます”とか“報道されてないんですがこういう映像を撮りました”とか“当事者になったので私はこのことを伝えたいです”とか。こういったことがこれからのマスメディアに期待される機能なんじゃないですかね」

平静でいられなくなった時に大きな主語が跋扈する
今言ったようなことが、防災意識を高めることにおいてのメディアの役割にあたる?
「防止というものは日頃の関係の中でコミュニケーションがあるから機能するんだと思うんです」
共助といった?
「そうですね。熊本地震の時にそれを実感しました。とある避難所からSOSがあったので、訪ねて行ったら、発災のその日に避難所の中でボランティアグループが立ち上がっていた。皆さん、若者からお年寄りまでゼッケンをつけて、校長や副校長が陣頭指揮を執っていた。“あなたは?”と尋ねると“PTA会長をしています”とか“たまたまこの地域の大学に通っているんですが、ボランティアで参加していた関係があるんで”といった人たちでした。で、先生に聞いたら“この地域はみんなで子供を育てるというのがスローガンで、日頃からそれぞれの立場の人が集まって何かをやるというシステムを作ってきたので、今回、地震が発生した時にいつものグループで避難所を支えていく仕組みが出来上がっているんです”と言っていたんです。だから防災のためにではなく、恐らく普段からつながり合える仕組みを持っておくことが防災にも伝わるし、メディアの文脈においては、今ではフェイクニュースの対策とかそういうことにもどんどんつながっていくと思うんです。発信のスキルやメディアリテラシーを持っている立場の人が増えれば“あれ? この情報ちょっと危ないな”とか“出どころはなんなの?”とか即座に反応できるじゃないですか。だからそういうこともこれからすごく重要なんじゃないですかね」
メディアリテラシーの話でいうと堀さんは「大きな主語」で語ることの危険さをよくお話されます。現在、会見等で「SNSではこういう意見があるが?」といった質問の仕方をするライターが多いような気がします。
「得体の知れないなにかを作り上げてしまうから大きい主語は怖いんですよね。“みんな言ってる”とか“あの国が言っている”とか。今は認知戦、まさに私たちの感覚に直接侵入してくる認知戦というものが非常に問題になっている。特にロシアとウクライナの戦争においても認知戦が展開されている。いわゆる偽の情報、誤った情報、人々の感情を焚きつけるような映像やさまざまな写真であったりとか、そういうもので煽っていく時に、誰が言っているのかという主語が明確であることはとても大切です。そのためには日頃から“私は”とか自分の主語で語るということを徹底していないと、あっという間に利用されてしまいますよ、あっという間に加害者のほうに回ってしまいますよ、というのは非常に重要だと思います」
関東大震災の時には根も葉もないデマが流されました。今の話を聞くと大規模な災害が起こった際に、またそういうことが起こらないように、ちゃんとしたことを伝えられる人をちゃんと育てるというのはメディアとしての使命でもあるし、堀さん個人もやっていきたいということでしょうか?
「平時は結構冷静に振る舞える。でも目の前に大きな不安や危機に直面した時に平静でいられなくなる。その時に大きな主語が跋扈するんです。得体の知れない疑心暗鬼にかられて、“○○人はこうなんだ”とか“どこどこの国はそうなんだ”とか。あっという間に本来だったら冷静だった人たちも揺さぶられていってしまうという怖さ、そして一気に染まっていってしまうという危うさを自覚すべきなのかなと思っています。
先日、映画監督の森達也さんにお話を伺ったんです。森さんが関東大震災の時に起こったことを描いた『福田村事件』という映画を撮影されたんですが、そこで描かれているのが、そうした大きな主語によって“私は”ということをきちんと言えない、その中で本来であれば善良である市民が逆に牙をむく側になってしまうという、そういう恐ろしい構造なんです。だから普段から大きな主語で物事を語らないようにするのが大事かなとは思っています」
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