『チコちゃんに叱られる!』明治神宮の森の緻密さに感動! “人工”から“自然美”に成長した神秘の深緑

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2021/06/12

6月4日放送『チコちゃんに叱られる!』(NHK)のゲストは初登場の伊藤沙莉と、今回が4回目の登場となる天野ひろゆき。早速、チコちゃんが伊藤の声質を「えらいハスキーボイス」「泉ピン子の若いときみたい」と指摘すると、伊藤は「産声からこれです」と笑顔で返答した。決して、酒焼けではないのだ。というか、コンプレックスかもしれないしあまりイジらないであげて。

アイスの定番がバニラの理由は「バニラ=おっぱい」だから?

この日2つ目のテーマは「なんでアイスの定番はバニラなの?」という疑問だった。「美味しいから」「1番無難だから」という答えが筆者は思い浮かんだが、それじゃダメなんだろうな……。

チコちゃんが発表した正解は「その香りが哺乳類を引き寄せる魔性の香りだったから」である。そもそも、今のようなアイスクリームが生まれたのは17世紀にフランスの菓子職人が作った、凍らせたホイップクリームが原型とのこと。そして18世紀になると、冷凍技術の発展によりアイスクリームはヨーロッパからアメリカへ伝わって、ホワイトハウスの晩餐会でも出されるようになった。そして1850年代、アイスクリームの大量生産が行われるようになり大衆にも広まったが、この頃のアイスクリームは牛乳、卵、砂糖などを混ぜ合わせて凍らせたものだった。つまり、当時のアイスクリームはバニラ味ではなかったのだ。

では、なぜバニラ味のアイスが誕生したのか? 当時の牛乳や卵は今と比べ獣臭かったと言われ、それを抑えるために使われたのが当時ケーキに使用していた甘い香りがするバニラビーンズだったのが理由である。

ということは、牛乳や卵の獣臭さを抑えたからバニラ味のアイスクリームが定番になったということ? いや、そうではない。バニラが定番になったのは、バニラビーンズに含まれるバニリンという成分が大きく関係している。バニリンとは、バニラビーンズの甘い香りの元になっている成分だ。この成分は牛乳にも含まれている。アイスクリームの材料の牛乳とバニラの組み合わせは、同じ大豆で作られた豆腐と醤油のように相性の良い奇跡の組み合わせなのだ。

しかもバニリンという成分は、人間も含めた哺乳類を本能的に引き寄せるものでもあった。実は、バニリンは母乳にも含まれており、お乳を飲んで育つ人間や哺乳動物は本能的にバニリンの匂いが好きなのだ。ということは、バニラ=おっぱいということ? 子どもの頃の筆者はチョコ味やストロベリー味のアイスが好きだったが、大人になるにつれシンプルなバニラを好むようになった。成長したと思っていたが、本能的には幼児退行していたことになるのか? あと、この説に則るとバニリンは“哺乳類ホイホイ”と喩えることができる。モテたければ、バニラの香水をつけるといいかもしれない。

ちなみに、バニラビーンズにバニリンが含まれている理由は、バニラの花が受粉しにくいからだと言われている。バニラは1年のうちにたった1日しか花を咲かさない。とても受粉しづらい植物だ。そして、受粉しないと種はできない。そんな子孫を残すチャンスの少ないバニラが生き残るために手に入れたのが、哺乳類が本能的に好きなバニリン。この香りに引き寄せられた哺乳類がバニラの種を食べ、その哺乳類が遠くで種の混じったフンをすることで生育範囲が広がったと考えられるのだ。花を咲かせる日数を伸ばすのではなく、香りで哺乳類を引き寄せるという方向に進化したバニラに奥の深さを感じる。

というわけで、ここからは実証実験。バニラビーンズの他にハチミツ、ココナツ、匂いなしの4種類の牧草を用意し、10頭の山羊がどの牧草を食べるのか放ってみたのだ。まず最初にお腹を空かせた5頭を放つと、ハチミツの牧草へ1頭、匂いなしの牧草に2頭が行き、バニラには2頭の山羊が食いついた。その後、残りの5頭を追加すると、その内の3頭がバニラの牧草へ一直線! 最終的な結果は、10頭中5頭がバニラビーンズの匂いがついた牧草に集まった……って中途半端な結果! こんなの誤差の範囲内だし、何なら100頭くらいのレベルで試していただきたかった。サンプル数が少なすぎて、実験結果の途中を切り取っただけに思えてしまう。何よりもまず、哺乳類代表が山羊でいいのかが疑問だ。

この日最後のテーマは「森と林の違いってなに?」という疑問。すると、岡村があっさりチコってしまった。

「つまんねーヤツだな~」(チコちゃん)

最近、岡村は「つまんねー」と言われることが多いな……。チコちゃんが発表した正解は「自然か人工か」だった。

森と林の違いに、木の数は関係ないという。森と林の違いは、それぞれの言葉の成り立ちを理解すると理解できる。森という言葉の語源は「盛り」だと考えられている。元々、「森」とは盛り上がった土地に自然に生えている木々のこと。山に近い意味だったそうだ。古来の人は森と山を同一のものと考えており、その証拠に山の名前に「黒森」とつけられたり、“森”という言葉が山を意味する場所は日本各地にある。つまり、盛り上がった土地に自然に生えた木々の集まりのことを森と呼ぶ。

一方、林という言葉の語源は動詞の「生やす」だ。林とは元々、人の手で生やした木々の集まりを指す言葉だった。例えば江戸時代、城や寺院を建てるために人々は次々に木を切っていった。その結果、幕府は森林を守るために木々の管理に乗り出すことに。こうして管理された木々は御林(おはやし)と呼ばれ、計画的な伐採や人工的に木を植える植林など人間による管理が行われた。

自然に生えた森と、人の手が加わった林。この違いを踏まえて森と林を比べてみると、確かに森のほうは木々の大きさがバラバラで様々な種類の木が入り混じっている。いかにも、自然にできた木々の集まりといった感じだ。逆に、林のほうは同じ種類の木が規則的に並んでいる。人の手で計画的に植えられたからである。それぞれの言葉の成り立ちを知ると森と林を見分けることができるのだ。

確かにわかりやすい森と林の区別の仕方だが、なぜ我々はこの違いを普段あまり意識していないのか? それは、戦争の前後に起きた大規模な森林の伐採が影響していると推測できる。昭和時代に日本では戦争が激化、資材として大量の木材が必要となった。また、終戦後も建物を建て直すのに木材は欠かせなかった。同時期に紙の需要も増えたことで、自然のまま残っていた森の木々は切り倒され、我々が目にする山々の森は人間が計画的に木を植えた林ばかりになってしまった。本来の意味で森と呼べる存在が少なくなっていったので、わざわざ森と林を区別すると考え方自体が薄れていったのだ。事実、現在の植物学や林学の世界では、「原生林」「人工林」という言葉が使われている。共に、呼び名に「林」を使ったまま自然か人工かを区別しているのだ。

余談だが、原宿の明治神宮には森とも林とも言えない特殊な環境が広がっているとのこと。明治神宮に生えている木々は、元々は人が植えた木だそうだ。遡ることおよそ100年、元々この場所は木などほとんどない荒れ地のような場所だった。そんな場所に人工的に木を植え、今では“明治神宮の森”と呼ばれるこの場所はなぜ誕生したのか?

そもそも、明治神宮とは1912年に崩御された明治天皇と昭憲皇太后をお祀りするために建てられた神社である。古来、木々の生い茂る森には神が宿るとされ森の中に神社を建てる習慣があった。「明治天皇を祀る神社となれば当然、生い茂る木々に囲まれているべき」と考えられ、当時の荒れ地を緑溢れる姿に変える必要があった。

明治神宮の植林計画が書かれた「明治神宮御境内林苑計画」という資料が明治神宮に大切に保管されている。そこには、木を植えてから150年後の予想図とある決め事が書かれている。「この150年の間、基本的には人々が木々に介入しない」という文言だ。一般的な林は人間が定期的に一部の木を切り、1本1本の木がより大きく成長するように手助けをすることで林を維持している。明治神宮では、基本的にこのような手入れは行わない。最初に植林する際、様々な木々を計算された配置で植えることで、異なる木々同士の生存競争を促した。成長スピードの違う木々はより太陽の光を受けられるよう、競うように成長を重ねる。人の手を介さず、木が自然に成長していくように最初から計画されていたのだ。

正直、森と林の違いについてはすでに有名な事実だ。でも、明治神宮の森が人の手を入れず、150年間ずっと木々が成長できるよう計画的に植林されたものだとは知らなかった。最初こそ人工的に植えた木々だったが、人の手を加えずに成長した明治神宮の木々は、もはや林ではなくて森と言って良いのかもしれない。

ここまでの事実を知らされると、明治神宮の森の中を見てみたくなる。番組スタッフが明治神宮の担当者にその旨を申し出ると「この森は人の立ち入りを制限しているんです」というクールな返答が……。しかし、大丈夫だ。数年前、特別にNHKの他の番組が森の中を取材しているらしい。というわけで、『チコちゃん』は今回も局内にあるアーカイブを取り寄せた。この番組の、困ったときのアーカイブ頼りは健在だな……。

とは言え、映像を確認するとぐうの音も出なかった。多様な木々を植林し、自然に成長を重ねた明治神宮の森の姿。100年以上前に建てられた計画の集大成として生まれたこの場所は、都会の中心にありながら色とりどりの植物と多様な生物たちが住むまさに神秘の森である。木々のバックにそびえる高層ビル群とのギャップは、逆に風情を増幅している感もある。東京のど真ん中、渋谷区の森だとはとても思えない。一歩足を踏み入れた瞬間、途端に空気が変わる神聖さが明治神宮にはあるが、その神々しい深緑に久々に感動してしまった。

緻密な植林で手を加えずとも自然美ができあがった、奇跡の森。150年間は手をつけずとも大丈夫だ。でも、150年後はどうなるのだろう? この先も人の力に頼らず、森が永遠に続いていくことを願わずにはいられない。あと、埼玉にある森林公園は人工なのか自然なのかも気になった。

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