「駅前食堂」を引継ぐ洋食店。50年以上の歴史を支えるメニューと味付け

「駅前食堂」を引継ぐ洋食店。50年以上の歴史を支えるメニューと味付け

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2021/02/21

街角にひっそりと佇む昔ながらの洋食店。どんな街にも当たり前のようにある光景が、今、少しずつ姿を消しつつある。そんな町洋食の語り尽くせない本当のスゴさに迫る――。

◆柔軟に変化し続け、愛される味を作った親子たちの系譜

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焼肉と並ぶ原点のメニュー「ジャンボ焼」。豆腐でボリューム感を演出し、見た目もインパクト十分。キュウリが清涼感をプラスしている

戦後の復興期から高度経済成長が始まる頃にかけて都市部を中心に隆盛を誇った飲食店の業態に「駅前食堂」があった。

和洋中のメニューを揃え幅広い客層のニーズに応える大規模な大衆レストランで、ファミリーレストランの日本版プロトタイプといったところだろうか。かつてデパートにあった大食堂の、より大衆的な路面店版のようなものをイメージしてもいいのかもしれない。

池袋にあったキンカ堂食堂は、その代表的な一つであった。もっともキンカ堂は衣料デパートだったので、デパート内大食堂と位置づけられるのかもしれない。

ともあれ、大型大衆食堂はその後ファミレスやファストフードなどに押され次々と閉店していくことになる。一時は栄華を誇ったキンカ堂食堂とて例外ではなかった。

キンカ堂食堂の解散後、取締役であった稲田義治さんが、洋食部門のシェフ中野政夫さんらとともに’69年に立ち上げたのが、現在、東京都豊島区を中心に4店舗を構える洋食店「キッチンABC」である。

今、社長は稲田義治さんの息子・義雄さんに、統括店長兼総料理長は初代シェフ中野政夫さんの息子・正之さんに引き継がれ、親子2代にわたる強力なタッグチームがキッチンABCの核となっている。

◆オリジナリティ溢れるメニューと、インパクト満点の味つけ

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創業時の定番「焼肉」をはじめ、洋食の定番「ハンバーグ」など幅広いメニューが並ぶ

そして、「オリエンタルライス」「インディアンライス」といったオリジナリティ溢れるメニューと、インパクト満点の味つけがキッチンABCの持ち味だ。

その原点は「焼肉」と「ジャンボ焼」にあると正之さんは言い切る。どちらもキンカ堂食堂で大評判だった味を引き継いだ伝統のメニューだ。

焼肉は豚バラ肉を炒め独特の甘辛いタレで味つけしたもの。ジャンボ焼は豚肉に豆腐も加え、そのタレをベースに仕上げたものだ。

タレは醬油と砂糖をベースに味噌やケチャップ、生姜などを合わせて作られる。人懐っこくキャッチーな味わいで、これはABCの全ての料理に共通するがとにかく飯が進む。

「洋食」というよりは、少しくだけた「お惣菜」的な味わいで、戦後の駅前食堂における洋食の大衆化がどのようなものであったか想像をかき立てられる。

◆名物料理「オリエンタルライス」と「インディアンライス」

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中野さんはかつてABCを経て、イタリアンなどでも働いた経験を持つ。稲田義雄社長から電話をもらい、ABCに復帰した経緯がある

創業後、間もなくして生まれた名物料理が「オリエンタルライス」と「インディアンライス」。これらもこの甘辛タレが味つけの主役だ。

オリエンタルライスは、ニンニクがたっぷり使われた豚バラ玉ネギ炒めのせご飯。そこにニラも加わり仕上げに卵黄がのせられる。

当時ニンニクは日本人にとって非日常の刺激的な食べ物であり「オリエンタルというネーミングは今で言うエスニックという感覚だったのでは」と正之さんは語る。

インディアンライスは一見、親子丼を思わせる卵とじのアタマがのったご飯もの。

別にカレー味というわけではないのだが、インドの家庭的な炒め物に使われるターメリックの黄色い色合いと卵の黄色を重ね合わせたイメージのネーミングという話も伝わっている。

確かにたっぷりと使われたピーマンが和風の卵とじとは一線を画する無国籍な味わいを奏でている。

◆ひと言で「何味」とは言えない、甘辛くてパンチの効いたタレ

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どこか食堂の面影を感じさせる店内レイアウト。安価かつボリューム感のあるメニューは多くのビジネスパーソンの胃袋を長年支えている

これら一連の人気メニューに使われるタレは、前述の通りごく一般的な調味料・食材を合わせて作られているが、正之さんは「バランスの絶妙さには今でも唸る」と言う。

これには私も完全に同意だ。しかし、正之さんは「今となってはありふれた味なのかもしれないけど」とも語る。

「大手の食品メーカーもこういうのはいろんな種類作ってますもんね」と、冷静な見解だ。

確かにキンカ堂の時代、もしかしたら日本各地でこういう「これだけでさまざまな料理の味が決まる」和洋折衷的な合わせ調味料は同時発生的に作られたのかもしれない。そしてそれらは至るところで受け継がれ、今や日本の大衆的な味覚のベースの一つともなっている。

ひと言で「何味」とは言えない、甘辛くてパンチの効いたこの種の味わいは、昔からずっとあったような顔をした新しい日本食のスタンダードだ。

◆看板メニュー「豚からし焼肉」

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「豚からし焼肉」(730円)に黒カレーソース(280円)をつけた稲田さんオススメの組み合わせ。ご飯の量が足りなくなること必至だ

現在のABCで、一連のクラシックメニューと並んで人気があるのが「豚からし焼肉」。今や看板メニューと言ってもいいかもしれない。

この「からし」は、黄色いからしやマスタード、赤い唐辛子系統ではなく、黒胡椒。塩味ベースの豚バラ炒めに黒胡椒を効かせたABC伝統の甘辛味とはある意味対照的ながら、しっかりパンチの効いたぐっと現代的な味わいだ。

味つけの決め手はなんと塩麴。誕生は10年ほど前に遡るが、当時ほとんど知られていなかった塩麴を使った先見の明には驚かされる。

ABCに塩麴を持ち込んだのは稲田義雄社長。もともと料理人であるが経営に専念する社長は、精力的な食べ歩きとデパ地下食材店巡りを欠かさない。

目ぼしい料理に出合うと、正之さんに「こういうものは作れないか」と持ち込み、デパ地下で興味を持った調味料や食材はメーカーを調べて、調達の交渉に入る。

自ら「せっかち」を自認するだけあって、フットワークは軽い。からし焼肉もそんな中で生まれた大ヒットメニューだ。

◆時代を超えて多くの人々に愛され続ける

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キッチンABC西池袋店

「社長はすぐにむちゃ振りしてくるんですよ」と、愚痴めかして語る正之さんはむしろ楽しげである。料理の発案は社長や各店店長だけでなく、全てのスタッフからも上がってくる。

稲田社長のスタンスは基本「とりあえずやってみりゃいいじゃないか」というものだ。

だからキッチンABCは、50年間変わらぬ暖簾を掲げ続けた一方で、その中身は柔軟に変化し続けている。

一時期はビーフシチューやソテーものなどに力を入れた高級洋食店路線の「レストランABC」もあった。結局「やってダメだったから元に戻った」わけだが、そこのメニューの一部は、ちゃっかり定番の一角に受け継がれる。

そうやって、これからもキッチンABCは軽やかに生き残って、そして時代を超えて多くの人々に愛され続けていくことだろう。

【稲田俊輔】

鹿児島県生まれ。自身も飲食店を手掛ける飲食店プロデューサー。著書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社)、『南インド料理店総料理長が教えるだいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)

<取材・文/稲田俊輔 撮影/後藤 巧>

―[スゴいぞ町洋食]―

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