世界の家庭医が挑む貧困やSDGsと医療の課題

世界の家庭医が挑む貧困やSDGsと医療の課題

  • Wedge ONLINE
  • 更新日:2022/09/23
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今年の初夏、5年ぶりに英国ロンドンへ行ってきた。エリザベス女王がまだお元気で、即位70周年を祝う「プラチナ・ジュビリー」のにぎやかな行事がひとしきり終わって、多くの国民が熱狂するクリケットの国際試合の季節になっていた。

「久しぶり!元気だった?」

「元気だよ。また会えてうれしいね」

滞在中、毎日何回となくこんな挨拶を交わした今回の渡英の目的は、2022年3月の『危機のウクライナで奮闘する家庭医 広がる支援の輪』でも紹介した、世界各国の家庭医学会が加盟している国際学会のヨーロッパ地域学術総会に参加するためだった。毎年開催されていたこの総会はコロナ禍で1回の延期と2回のバーチャル開催(オンライン参加のみ)を経て、3年ぶりの対面開催となり、参加者の気持ちも盛り上がっていた。

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(Visoot Uthairam/gettyimages)

世界家庭医機構「WONCA」とは

ほとんどの会員がこの学会のことをWONCA(ウォンカ)と呼ぶ。これは学会の正式名称の最初の5つの単語の頭文字に由来する。正式名称は長くてすべての学会員が覚えているわけではないが、たまにはフルスペルで書いてみよう(忘れないように)。

The World Organization of National Colleges, Academies and Academic Associations of General Practitioners/Family Physicians

さすがに長いので、短いバージョンとしての「World Organization of Family Doctors」がよく使われており、日本ではこれを訳して「世界家庭医機構」と呼んでいる。

「家庭医」を表す英語は世界にさまざまあり、それぞれに歴史的な背景や由来があるが、WONCAでは世界で多くの人々に使われている「General Practitioner」と「Family Physician」の複数形を学会の名称に使用している。

「General Practitioner」は英国が起源で、その影響を受けたヨーロッパ、豪州、ニュージーランド、南アフリカなどで用いられている。一方、「Family Physician」は北米を中心に、その影響を受けたアジア諸国で用いられることが多い。

ちなみに北米ではphysicianはすべての臨床医を表す一般名であるが、家庭医として「General Practitioner」を使用する国々では、多くの場合physicianは内科医を意味する言葉として使用される。内科医とは異なる独立した専門性を持つ家庭医の名称の一部にphysicianを用いることに違和感を感ずる人たちがいることは事実だ。

1972年に世界18カ国の家庭医が集まって創立されたWONCAは、現在では世界の110の国と地域の132の家庭医学会が加盟し、総会員数は約50万人である。そのWONCAでは、自らの専門領域の医師の名称として、「General Practitioners」も「Family Physicians」も使用することを支持しているが、一つの言葉を使用する場合には「Family Doctors」を推奨している。

マスク着用の現状

エリザベス女王の国葬のニュース映像などで見ている方々も多いと思うが、ロンドンではマスクをしている人はほとんど見かけない。私が訪れた3カ月前もほぼ同じ状況だった。

ロンドンだけではなくて、ヨーロッパの多くの都市でも同じような状況だという。地下鉄など公共交通機関の車内でも、マスクをしている人はほとんどいない。

「それは新型コロナウイルス感染者(COVID-19)が少ないから」と思われるかもしれない。しかし事実は逆で、英国のNPO法人Global Change Data Labとオックスフォード大学の研究者たちとの共同プロジェクトで運営する統計データ提供サービス『Our World in Data』のデータで日英の比較をしてみると、2022年6月末のCOVID-19新規感染者数(7日間合計の1日平均)は、日本が1万7471人、英国が2万1770人だった。COVID-19による1日の死亡者数(人口百万人あたり)は、日本が0.22人、英国が1.07人だった。だから、英国では日本よりも感染者が多く死亡者はさらに多い「にもかかわらず」のマスク不使用なのである。

WONCAは世界保健機関(WHO)とさまざまな連携プロジェクトを展開しているが、あるWHOの公衆衛生専門家は、WHOでは依然としてマスク、手洗い、ソーシャルディスタンシングを推奨していると説明しつつ、これはひとえに「マスク疲れ」のせいなのだと言って、現在のヨーロッパでのマスクの使用が減少していることを憂慮していた。COVID-19パンデミックでのあらゆる生活の制限と規制に人々が疲れてしまったというのだ。国の方でも、国民にさらに負担を強いる政策の継続はやりにくくなり、その優先度は相対的に低くなってしまった。

ロンドンの学会会場でも、たまに見かけるマスク姿の人は、明らかに海外からの参加者と思われる人たちだけだ。だが、そういう人たちでも、学会期間中、午前と午後に1回ずつ設定されているコーヒー(ティー)ブレイクと昼食時にはマスクを外しており、久しぶりに対面で人とディスカッションできる機会とあって、(口角泡を飛ばさないまでも)マスクなしで盛んにおしゃべりしている。

フェイスシールドのすゝめ

では私はどう対処していたかというと、フェイスシールドである。

学会の各セッション中はマスクのみを使用していた(このロンドンWONCAの参加案内には「マスクの使用は自由で、マスク着用者にも理解を」と明記されていたのはありがたい)が、周りに人がいる状況で飲食する時には(口を使わなくてはならないのでもちろん)マスクは外す。ただ、それではあまりに無防備である。そこで、フェイスシールドで顔面全体を覆うのだ。

多少トレーニングは必要だが、コロナ禍も3年目になると、かなり熟練してきて、フェイスシールドをしたままでも大抵のものは飲食できるようになっている。箸が最も便利だが、スプーンもフォークも、フェイスシールドを下からくぐらせて口に運ぶ。コーヒーカップもワイングラスもフェイスシールドと顔の間に保持しつつ美味しく飲める。

飲むときに首を後方に曲げる(後屈と呼ぶ)のがコツである。事情を説明してフェイスシールド使用の許可を尋ねて断られたり、嫌な顔をされたりしたことはない。

もちろん、国内外問わず多くの人が集まる駅や空港では飲食に関係なくフェイスシールドをするし、飛行機の機内では飲食中はフェイスシールド、それ以外の時間帯はマスクを使用する。

実際に、インドでCOVID-19感染者が多い地域住民の訪問ケアに従事する人たちを対象とした研究で、マスクなど他の感染防護に加えてフェイスシールドを使用することが感染防止に役立っていることを示すエビデンスもあるのだ。

こうしたことから私は、日本でも、特に飲食店でのフェイスシールドの使用が増えるだけで、相当数の感染が予防できるものと予想している。飲食店のロゴマークがついたフェイスシールドが出回れば広告にもなるし、感染予防に積極的な企業として高い評価もされるようになるだろう。ぜひ広まってほしい。

貧困世帯をも救う継続したケアの重要性

数多くの研究発表、教育講演、シンポジウム、ワークショップがあって盛りだくさんの学術総会の中から、特に印象深かったものについて話したい。

まず、このロンドンWONCAを主管した開催地の家庭医学会、英国家庭医学会のChair of Council(学会理事長に相当)であるMartin Marshall教授の教育講演。

彼は、東ロンドンの社会的に恵まれない人たちが多く住む地域で長く家庭医をしている。その地域では、一つの中学校区にフライドチキンの店が何と47軒あるという。

英国では、フライドチキンが安価で空腹が満たされる食べ物の代表である。だから地域のフライドチキン店に仲間が集まりたむろする。フライドチキンを食べる以外に特に運動をすることもなくその店で長時間過ごす結果、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症などが増加する。前回2022年8月の『家庭医が悩む肥満ケア 解決のヒントは映画にあり』でも紹介した、「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health; SDH)」の一つとも言える。

Martinの教育講演では、そうした地域に住むある貧しい移民で糖尿病をもつ患者と彼の家族との出会いから始まる長年のケアのエピソードを紹介しつつ、家庭医と患者・家族の相互信頼関係に支えられたケア継続の重要性を「Continuity of care matters(ケアの継続性が大事!)」という表現で強調していた。家庭医がある患者に抱く責任感は12カ月で5倍に、5年で16倍に醸成されるという研究結果もある。

生活習慣とSDHが大きく関与する場合、疾患の治療にそれぞれの治療薬を処方しても根本的な解決にはならない。Martinら家庭医の多職種保健チームがしたことは、地域のスーパーマーケットでどのような食品が売られているかを調べたり、地域で開催されている料理教室を紹介して毎日の健康的な食事づくりへ誘ったりという、実際の生活に根差したアドバイスである。

「社会的処方(social prescribing)」とも呼ばれる。ただ、それらが奏功したのも、相互の信頼を基盤とした継続した人間関係があったからこそと言える。

プラネタリーヘルス:家庭医の「新たな目標」

プラネタリーヘルス(planetary health)と呼ばれる地球規模での環境に配慮した活動も、この学術総会での重要なテーマの一つだった。これに関する研究発表、ワークショップなどが多数発表されていた。

昨年、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、気候変動に関する国連政府間パネルの作業部会報告書(2021 IPCC [Intergovernmental Panel on Climate Change] Working Group 1 Report)を「人類に対するコードレッド(非常事態)」と呼んだことが話題になった。

「化石燃料の燃焼と森林伐採による温室効果ガスの排出が地球を窒息させ、何十億もの人々を差し迫った危険にさらしている。地球温暖化は地球上のあらゆる地域に影響を及ぼしており、変化の多くは元に戻せなくなっている」と彼の警告は続く。

ロンドンWONCAでは、アイルランドの家庭医グループが、プラネタリーヘルスを「人間の文明とそれが依拠する自然界の健全性(the health of human civilization and the state of the natural systems on which it depends)」と定義して、それを追究することを世界の家庭医が取り組むべき「新たな目標」として提唱していた。特にWONCAの若手家庭医の国際ネットワークがこの動きをリードしていることが紹介された。

日本ではほとんど知らされていないが、関係する産業全体を含めると、実は医療保健セクターが地球上で5番目に温室効果ガスを排出している。

風邪での抗菌薬処方など不必要な薬剤と検査の使用を減らしたり、喘息などで処方される吸入器のリサイクルを進めたり、栄養、運動、瞑想、ヨガなどを含む生活習慣アドバイスをするといった、家庭医が自分たちの診療拠点と地域からプラネタリーヘルスを広めていくことが推奨された。

WHOの予測では、2030年から50年の間に気候変動によって毎年25万人の死亡が増え、健康への直接的損失は年間20億〜40億米ドルになるという。日本でも具体的な取り組みを進めなければならない。

WONCAに加盟する日本プライマリ・ケア連合学会の若手会員の中にプラネタリーヘルスを志向するグループがあるので、今後WONCAなどの国際ネットワークを活かして活動を発展させることを期待したい。

世界と交流する若手家庭医への期待

国際学会へ参加してとりわけ嬉しいのは、今まで私が多少力を入れてきた国際交流事業の「成果」を実感することだ。今回の場合、私たちが創設した日本と英国の若手家庭医の短期交換留学制度でかつて日本に訪れたことがある英国家庭医たちとの再会である。

トムは8年前にこの交換留学で福島県内の私たちの専門研修プログラムを訪問して、すっかり日本が気に入ってしまい、翌年にも自費で来日したほどだ。今では国際共同研究も進めるアカデミック家庭医に成長している。アンは、今では英国家庭医学会のジュニア国際委員会を率いて、コロナ禍で国境をまたいだ移動が制限される状況下にもかかわらず、若手の国際交流の振興に尽力している。

嬉しいことに、英国家庭医学会の国際委員会が、私の学会参加に合わせて、コロナ禍で対面での交流が中止されていた若手家庭医の交換留学プログラムの再開について話し合うミーティングを開いてくれた。やはり実際に会って話すことでそれぞれの思いがより良く理解できて、今後の具体的な方向性を明確にすることができた。

このミーティングがキックオフとなって、その翌月には日本側の若手家庭医メンバーも参加してオンラインのミーティングが開催され、現在、再開へ向けての具体的な準備が進められている。資金面での課題はあるが、プラネタリーヘルスを志向する若手家庭医の地球規模の取り組みに、社会的な理解と支援が進むことを願っている。

葛西龍樹

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