遺骨見つからなかった母、命日だからこそお好み焼きを 広島原爆の日

遺骨見つからなかった母、命日だからこそお好み焼きを 広島原爆の日

  • 朝日新聞デジタル
  • 更新日:2022/08/06
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"お好み焼きをつくる梶山敏子さん=2022年8月6日午後3時48分、広島市南区、岡田将平撮影"

被爆77目の「原爆の日」を迎えた6日、広島市南区のお好み焼き店「KAJISAN」はこの日も開いていた。店主の梶山敏子さん(81)は記者が注文した「肉玉そば」を焼いてくれた。

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原爆の日に県外から広島に来るのに合わせ、お好み焼きを食べに寄る人もいる。だから、毎年開けておくようにしている。

梶山さんも被爆者。爆心地から約1・2キロにいた。逃げる途中、雨が降ってきたことを覚えている。

8月6日は、梶山さんにとって母の命日。爆心地近くで、空襲での延焼を防ぐためにあらかじめ建物を取り壊す「建物疎開」の作業に出ていたという。

母は帰ってこず、遺骨も見つからなかった。すでに父は亡くなっていたため、梶山さんは孤児となった。同じように孤児となった夫の母も遺骨はどこにあるのかわからない。

身元がわからない原爆犠牲者の遺骨を納めてある原爆供養塔に、2人の母の骨も入っているのでは。供養塔にお参りをしてきた。今年は7月に足を運んだという。「会いに来ましたよ。長生きさせてくれて、見守ってくれてありがとう」と思いながら。

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