ニセ札で新人記者にドッキリ
米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平(28)の試合後の囲み取材で、記者間には今季からある不文律ができた。それは「質問は一人、一つまで」。試合前の準備から試合後のケアに至るまで多くのルーティンがある二刀流をこなす大谷に対し、取材時間が10分ほどしかないために生まれた制約のようだが、記者にしてみれば突っ込んで話を聞けないジレンマを抱えることになった。

メディアの取材に応じる大谷
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5月5日のレンジャーズ戦後のことだった。大谷はロッカールームで新人記者に対し、帯付きの100万円の札束を模したメモ帳を贈るドッキリを仕掛けた。
「おめでとうございます」
この日が取材初日で、試合前には緊張しながら名刺を手渡した同記者。困惑する様子を横目に、大谷は「本物だと思いましたか?」といたずらっぽく言ったという。
これが大谷流の歓迎の儀式。MLB担当記者はメディア対応の日常を証言する。
「大谷は“ツンデレ”なところはあるが、聞いたことには真摯に答えてくれる。ただ、一人一問だけとなると、自分の原稿に必要な言葉を、一つだけの質問で引き出さないといけない。大谷の取材には気難しい選手とは、また違った緊張感がある」
大谷は投手で出場した試合は取材対応を欠かさない。しかし、たとえ1試合2本塁打を放ってもチームが敗れるなどすれば、打撃面での活躍だけで取材に応じないことは珍しくない。プレースタイルの二刀流に対し、メディア対応は“一人分”のスタンスなのだ。
オフに帰国する日本での取材対応は、2020年までは自身が指定した日に、インタビュー申請した社を一カ所に集め、1日で一気にさばいてきた。オフでも分刻みの綿密なトレーニングメニューを組む、大谷ならではの時短のアイデアのようだ。
しかし、この対応も「9勝、46本塁打」と二刀流で歴史的なシーズンを送り、MVPに輝いた21年を境に立ち消えになった。同年はMVP受賞が濃厚ということで、発表前に日本記者クラブでの会見が実現したからだ。
「この会見が例年の個別対応に置き換えられた。各社、オフの取材は正月紙面を飾るための貴重な機会だった。去年に至ってはMVPの望みが薄いということで、帰国時に空港で対応しただけだった。大谷はオフにメディアへの露出が少ないため、肉声は減ってしまうかと思った」(同記者)
WBCでの露出急増でファンを虜に
それが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではメディアへの露出が急激に増えた。大会前のメンバー発表の際には日本代表の栗山英樹監督と同席し、記者会見に応じたり、大活躍した大会中もその都度、ヒーローインタビューに登場したりとエンゼルスでのレギュラーシーズン中は、米国からなかなか届かなかった人間・大谷の思いが随所に聞かれた。「ベースボール・マシン」とは違った大谷の一面はファンを一層、虜にした。
前出のMLB担当記者はWBCが特別だったと強調した上で、こう語る。
「メジャーのシーズン中もWBCのような大谷取材ができればいいのだが、取材者として質問は一人、一つという縛りをポジティブに捉えると、大谷のプレーをよく観察し、質問は厳選することになる。取材に緊張感があったという点ではイチローと同じで、結果として記者のスキルは大谷に磨かれる」
そのイチローは全盛期のマリナーズ時代、メディアにも強いプロ意識を求めた。的を射ない質問はもちろん、野球への知識を欠いた質問には容赦しなかった。
「問いかけを無視することもあった。記者は逃げ出したくなるほど、ぴりぴりした雰囲気があった」(同前)
いつしかイチローの取材は、なじみの記者による代表質問の形式を採るようになった。
イチローと対照的に鷹揚だった松井秀喜
一方で同時期、ヤンキースでプレーしていた松井秀喜は巨人時代から遠征先で担当記者と食事に出かけるなど、メディアとの距離が近いスター選手だった。渡米後も共に草野球に興じるなど、鷹揚なキャラクターはイチローとは対照的だった。
「イチローはそういう松井に対し『記者を鍛えていない』と批判的だったこともあった。ただ、どちらも独自の信条や価値観を基にメディアに対応していた。どちらが正しかったとは言い切れない」
イチローはメディア対応にすら妥協を許さなかったからこそ、日本選手初のメジャー3000安打の金字塔を打ち立てられたのかもしれない。松井はその包容力で記者をも包み込んだからこそ、メディアが辛辣なニューヨークという大都市で長く、主力で在り続けたのかもしれない。
翻って大谷のメディア対応は、両者のそれとは一線を画している。
今オフ、エンゼルスと契約延長するにせよ、フリーエージェント(FA)になり、他球団と契約するにせよ、大谷の次期契約はメジャー史上最大規模になる見込みだ。名実共にメジャーの顔になり、これまで以上に一挙手一投足が注目されるに違いない。
仮に注目度や記者の数がエンゼルスとは比較にならないメッツやヤンキース、ドジャースなどに移籍した場合、今のような10分ほどのメディア対応で済まされるかどうか。ただ、そういう注目球団に移籍したとしても、大谷がちゃめっ気たっぷりに記者を手玉に取っている姿だけは容易に想像できる。
デイリー新潮編集部
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