賢い兄のようになりたかった。なれなかった私は「おめでとう」と言われたかった

賢い兄のようになりたかった。なれなかった私は「おめでとう」と言われたかった

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/02/22
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小さい時から私は、優秀な兄と比べ自分の頭が悪いことが許せなかった。

私の両親は、ある程度は入学することが難しいと言われる大学に入学し、新卒でいわゆる大企業に入社したこともあり、「良い大学に入れば、良い会社に入れ、幸せな人生を送ることができる」という信条の持ち主で、子どもの教育には熱心だった。

そんな両親のもと、関西では国公立大学が強いこともあり、私は中学受験を経て、中高一貫の国公立受験コースに入学した。

難関の中高に通い難関大学へ進学する兄を見て、私は小学生の時から、少しでも兄のように賢くなりたいと思ったし、自分がたとえバカでも、どうしてもそれを認められなかった。

だから私は目標を設定して、「〇〇大学に入学できたら兄には及ばなくても、自分がバカだと思うことはやめよう。」と心に決め、中学生の時から大学受験を見据えて本当によく勉強した。もし努力偏差値というものがあるとしたら、私は東大レベルに頑張ったと思う。

でも、ダメだった。

国公立前期・後期、私立一般全て落ちた。

結局、私は行きたいなんて微塵も思ったことのない大学に、運良くセンター利用入試で入学することになったが、そこで浪人をしなかった理由は、限界まで勉強したから、浪人をしても私の学力はもうこれ以上上がらないと思ったからだ。

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誰も喜んでくれなかった大学進学

努力して、自分の限界を知ってしまったことがしんどかった。

これなら努力なんてせず、自分はどこまでだっていけるって思いたかった。

小さい頃からずっと、お兄ちゃんみたいに賢くなりたかったのに。

今通っている大学に通うと言った時、学校の先生も、塾の先生も、家族もだれも喜んでくれなかった。

みんな私のために力を尽くしてくれたのに、申し訳なかった。合わせる顔がなかった。

入学後も、大学までの片道2時間、私は毎日電車の中で泣いていた。

「なんでこんな私をバカに産んだの?」って母親にキレたし、バカな自分には何の取り柄もないんだって思って、私は何のためにいるんだろうって思った。

大学1年の11月までは何をしていても憂鬱で、本当にずっと泣きながら大学に通っていた。浪人をしていないのに、浪人をして、全然勉強に身が入らないまま2度目の大学受験に挑んでいる夢を何度も見た。カウンセリングにも行ったし、体のあちこちが不調になってたくさんの病院で診てもらった。

私は「おめでとう」って言われたかった

11月、ちょうどその時、私は神社でアルバイトをしていた。11月、神社には七五三の年ごろのお子さんを持つ方が、みなさんお参りに来る。

だから参拝者の方に「本日はおめでとうございます。」と言わなきゃいけなかった。

驚いたことに、「おめでとうございます。」と言ったら、実際に私は何もしていないのに、参拝の方はみなさんニコニコして「ありがとうございます。」って嬉しそうに返してくれた。それで私は、「おめでとう」って良い言葉だなと、心に染みた。

その時ふと、「私もおめでとうって言われたかったな、言われてみたいな。」と思った。でも、誰も言ってくれなかったし、誰か今からでも言ってくれそうな人を頭の中で探してみたけど、いなかった。

そしたら「誰も言ってくれないなら、じゃあ自分が自分におめでとうって言えばいいじゃん。」となぜか思って、それで私は、自分で自分に対して「おめでとうおめでとうおめでとう。」って言い聞かせた。

「誰もおめでとうって言ってくれなかったし、合格なんてどの大学もくれなかったけど、頑張ったんだから自分の中では合格で、だからおめでとうでいいじゃん。」と、そういう意味で私は私に「おめでとう。」って言った。

その時、世間でも両親でもなく、自分が一番自分のことを認めていなかったんだなって気付いた。

私から、私に送る、「おめでとう。」

言われた私は、嬉しくて、涙した。

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