いくら時間と金をかけても、モノにならない。
平気で人を振り回し、嫉妬させ、挙句の果てに裏切る―。
東京には、嵌ったら抜け出せない、まるで底知れぬ沼のような女がいるという。
なぜ男たちは、そんな悪い女にハマってしまうのだろうか…?
▶前回:「1,000円の花束で喜ぶ女だったのに…」不美人なお嬢様の“罠”にハマった、イケメン男子の不幸

【今週の悪い女】
名前:千晶
年齢:36歳
職業:パーソナルジム・エステサロンを計10店舗経営
学歴:ハワイ大学卒
外見:金髪ボブの派手系
衝動的に指輪をプレゼントした8年前
「えっと…これはどういうつもりなのかしら?」
0.2ctのダイヤモンドリングが入っている赤い箱を手渡すと、千晶さんはそう問いかけてきた。
困惑している素振りは一切なく、悪戯な笑みを浮かべて。
これはもう、8年も前のこと。
僕が社会人になり1年が経とうとしている時、西新宿にある夜景が綺麗なホテルのレストランで、千晶さんにプロポーズをした。
このとき彼女とは、婚約どころか付き合ってもいない。
あまりに大きな気持ちは、こうでもしなければ表現できないと思ったからだ。
「えっと、僕のパートナーになってほし…」
最後まで言い終わる前に、千晶さんはさらっと言った。
「どんな指輪でも嬉しい、なんて一般論は通用しないの。悪いけどこの程度のダイヤじゃ、私の気持ちは動かないわ。…気持ちには答えられない」
そのあと何とも言い難い沈黙の時間が流れたが、ふと顔を上げると、千晶さんは満足そうな表情を浮かべながらこう言った。
「でも、面白いね!まだ私のことよく知らないのにこんなことするなんて。光くんのこと、気に入ったわ」
プロポーズは断られたが、これをきっかけに千晶さんとの関係が深まっていった。
そんな2人の出会いのきっかけは…
出会いは、彼女の経営するパーソナルジム
大学を卒業しメガベンチャーで働き始めた僕は、付き合いの外食が一気に増え、太ってしまった。
そろそろまずいぞ…と思っていた頃、会社の同期だった舞が、ジムの体験に誘ってくれた。
舞曰く、オーナーの千晶さんは、女も男も憧れる女性だと言う。
かなりのお嬢様だけれど、気さくな性格。海外の大学を卒業後、大手コンサル勤務を経てパーソナルジムの会社を起業、という経歴らしい。
―どうせ、世間知らずなお嬢様だろ。
海外の大学から大手コンサル勤務なんて、いまなら華麗な経歴だと思うが、それを聞いた当時は千晶さんのことを“はみ出し者”だと思った。
それは、僕の固定観念が強かったせいだ。
僕は中学受験に成功し、御三家の一校から早稲田大学へ。卒業後は望んでいた会社に難なく入った。
いわゆる“型通り”の生き方しか知らず、親も大企業の企業戦士。だからこそ、こんな人生が勝ち組だと思っていたのだ。
しかし、そんな考えは一瞬で覆される。
「こんにちは、舞ちゃん。あ…、ご紹介の?初めまして、河野千晶と申します」
ジムの体験に顔を出してくれた千晶さんは想像以上に美しく、自由で強気な女性独特のオーラを放っていた。
―俺の知っている“女”とは、全然違う……。
当時チヤホヤしてくれていた女子大生や付き合っていた彼女が、子どものように思えた瞬間だった。
体験レッスン中も千晶さんのことばかり考えていて、彼女のことを知りたくてたまらなくなっていた。
もちろんその日に、ジムに入会した。
当時は店舗数も少なく、時々だが千晶さんもレッスンに入っていたので、指名して通うことにしたのだ。
「光くん、あなたみたいな生き方もあるし、それ以外の人生もあるわ。どんな人生も美しいものよ」
生き方や価値観、お金の使い方、人付き合いまで。レッスン中の千晶さんとの会話で、いろんなことを教わった。

こうして10キロの減量に成功し、プロポーズを断られたあと少し経ってから、僕も起業した。
僕にとって千晶さんは“好きな人”にとどまらず、師のような親のような、特別な存在なのだ。
◆
そして8年後の、現在―。
「遅れてごめんね~」
独特な高い声で謝罪しながら、千晶さんは六本木にあるホテルのバレーパーキングに珍しく遅れて現れた。
いつも時間厳守の彼女だが、今日は道が混んでいたようだ。
颯爽と現れた彼女は、相変わらずポルシェ911を乗りこなしていてかっこいい。
今日は彼女の冬の定番である毛皮に、スキニーデニムと高価そうなブーツを合わせていた。ボブヘアーも洗練された雰囲気で、顔を見なくとも美人と分かる。
その場にいる人たちがチラチラと見てくるが、美しい彼女にとってはいつものことだ。
「行こう、光」
僕たちは、買い物へとくり出した。
“普通の女”ではない女との買い物とは
買ってなんて言わない。大好きな女は、お返しを必ずくれる
「ねえ、光。これ絶対似合うから!」
彼女は今日、クリスチャン ルブタンで金色のスタッズがついているスニーカーを買ってくれた。
だがここに行き着くまでに、僕は彼女に170万円相当の洋服と靴をプレゼントしている。
新しい事業が当たり始めてから、いくら彼女に使ったか覚えていない。
けれど彼女から「買って」と言われたことは、一度もないのだ。
彼女は一切僕に媚びる様子はないし、自分で買える経済力もある。だからこそ、何かをしてあげたくなるのだ。
…でも僕にはいま、付き合っている彼女がいる。
こうして千晶さんにプレゼントすることを彼女も知っていて、それが原因で何度も喧嘩になっていた。
けれどまだ結婚もしていないし財布も別だから、この問題からは目を背けている。
千晶さんとの出会いで、僕は変わった。
体型が変わり自分に自信がついたし、多様な価値観を知った。起業したあと紆余曲折はあったが、今ではハイパーカジュアルゲームの市場で成功し続けている。
…彼女には申し訳ないのだが、僕は、いまでも千晶さんが好きなのだ。それは認めざるを得ない。
だから「あの時はごめんね」とプロポーズを受けてくれたらいいのに…と、お金をかけてしまうのだ。
それに本当の“悪い女”は男を利用し物を買わせるが、千晶さんは違う。勝手に僕が彼女へ買ってあげているだけなのに、必ず御礼をしてくれるし、仕事の相談だって乗ってくれる。
『いま何してるの?』
昨日喧嘩した彼女から、メッセージが届いた。
それを未読にしたまま、買い物を終えた僕らは車に乗り込む。
千晶さんを忘れたくて彼女を作って、でもやっぱり千晶さんじゃなくてはだめで…。
僕はいつまで、こんなことをしているのだろうか―。
千晶:男は女次第で変わるから、育てるもの
―…育てた甲斐があったわ。
最近、光を経営者の特集インタビューなどで見る機会が多い。
8年前、告白と同時にプロポーズをしてきたとき、まだ少年のような会社員の光を見て、私は笑ってしまいそうだった。
あんな小さなダイヤで女を落とせるなんて…あまりに無知だ。
一方で、こんな大胆な行動をできる男はいつか大成する、と思ったのも事実。
あの日は田園調布の実家に帰り、教育関連で一大事業を築いた父に事を報告し、光という人間について意見を求めた。
「その子はきっと千晶のヨミ通り伸びるから、ジム以外でも教育しなさい」
この言葉を信じ光とたまに会い、仕事に対する向き合い方や考え方、お金の有効な使い方を叩き込んだ。
…その助言をくれた父は、3年前にこの世を去った。
大学時代に母を亡くしたから、両親がいなくなった失望感は計り知れず、一時は立ち直れないかと思った。
しかしその少し前に、光はゲームをヒットさせて財を成していた。弱っていた私は彼と会って買い物することで、気を紛らわせ、元気づけてもらったのだ。(彼には関係がないことだから、父が亡くなった事実は、一切伝えていない)。
買い物にはパワーがいる。
だからこそ生きてる、という感じがした。

「千晶さんには欲しいものを買ってあげる、感謝しているんだ」
この言葉を聞いて、彼を育てて良かったと改めて思ったものだ。自分と釣り合うレベルの男に何かをしてもらうから、気持ちがいい。
また、何かを買ってと頼んだこともない。当然だが自分にも経済力がある。それに…いま付き合っている一回り上の彼もいる。
実は今日遅れてしまったのは、渋滞のせいではなく、事業譲渡の契約書類に目を通していたから。
最近、彼からプロポーズされ、事業を売ろうと思っていた。
自分でもそろそろと思っていたから、タイミング的に丁度いい。
でも…心残りは光だった。
長年一緒にいるからかもしれないが、正直、光といた方が気持ちが休まる。
彼を教育しようと思っていただけなのに、いつの間にか大切な存在になっていたのだ。
他の人にプロポーズされてから気づくなんて、遅いかもしれないけれど―。
だから悩みに悩み抜いて、急いで書いてきた小さな手紙をルブタンの箱の中に入れてもらった。
『もし今すぐに、結婚してと言ったら大きなをダイヤ買ってくれる?』
直接言うのは恥ずかしいし、あの時みたいな小さなダイヤはごめんだから。
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男の前だけ呼び名も声も変わる女