
物流トラックのイメージ(画像:写真AC)
対応力は本当に「強み」なのか?
筆者(小野塚征志、戦略コンサルタント)が日本の物流会社に「御社の強みは何ですか?」と聞くと、
「対応力です」
と言われることが多い。相手が運送会社であっても、倉庫会社であっても、国際輸送を手配するフォワーダー(貨物利用運送事業者)であっても、だ。
それでいて、「では、何に対応できることが強みなのですか?」と問うと案外答えられない。強みとする対応力についての説明を得られても、「それができることで仕事が増えているのですか?」と重ねて聞いて、「増えている」との回答を得ることはまれだ。
要するに、日本の物流会社の多くは対応力が強みだと思っているが、それが何なのかを具体的に説明できない。説明できたとしても、売り上げの増加には結びついていない。歯に衣着せずに言えば、ほとんどの物流会社は
「自社の強みを突き詰めて考えられていない」
のである。
それだけではない。そもそも論として「対応力は本当に強みなのか」ということだ。物流会社の言っていることが正しいとするなら、大半の物流会社は対応力を有していることになる。仮にそのような状況であったとき、顧客である荷主企業は対応力を基準に委託先を選ぶだろうか。
実のところ、どの物流会社の対応力にも決定的な差はない。だからこそ、費用に大きなギャップがなければ、荷主はあえて委託先を変更しようとは思わない。手間がかかるだけではなく、委託先を変更した結果として何か問題が発生すれば責任を問われることになる。それゆえに、荷主と物流会社の関係は長期継続化する。これが物流業界の実態である。

物流センターのイメージ(画像:写真AC)
荷主と物流会社の齟齬
筆者は、対応力が強みだと言う物流会社のA社を支援するにあたり、そのA社の顧客である荷主企業への覆面調査を実施したことがある。荷主からすれば、A社は委託先のうちの1社にすぎない。筆者はA社の名前を一切出さずに、委託先である各物流会社への評価を聞いた。
A社には、事前に「何に対応できることが強みなのか」をしつこく尋ねた。複数の社員から共通して聞かれたのは、
・規定の時間後に出荷依頼を受けても対応する
・問い合わせへのレスポンスが早い
・納品先で指示を受けた際にもトラックドライバーが臨機応変に対処する
とのことだった。だが、荷主企業への覆面調査では、A社を評価するコメントとしてそのような回答は得られなかった。他の物流会社も同様の対応をしていたからである。
一方で、A社の誤出荷率(出荷先や数量などを誤ってしまった割合)の低さは荷主企業から高く評価されていた。一部の荷主には物流会社別の誤出荷率を開示してもらったが、A社の誤出荷率は他社の10分の1程度であった。これは突出して高い水準である。
この事実をA社に伝えたところ、非常に驚かれた。A社は「誤出荷率の低減」を長年の課題と認識していたからである。なぜ、このような誤解が生じたのだろうか。

物流トラックのドライバー(画像:写真AC)
強みを適正に理解することの重要性
A社にしても、誤出荷をゼロにできているわけではない。それゆえ、荷主企業はA社に対しても「誤出荷率の低減」を求めていた。管理が緩くなるリスクを考えれば、誤出荷率はもう十分に低いとは言えなかったのだ。
現在、A社は誤出荷率の低さを売りに新規顧客の開拓を進めている。誤出荷率であれば、過去の実績を定量的に示すことも可能だ。少なくとも対応力よりははるかにわかりやすい強みと言えよう。
A社のように、
「強みと弱みを誤解していた」
という例は決して珍しくない。顧客からの依頼に最大限対応しようと頑張っていたからといって、他社も同じことをしていれば強みにはならない。顧客からの改善要求を受けているからといって、他社より優れている可能性もある。
表層的な事象で強みや弱みを判断するのではなく、顧客が本当に評価していることを適正に見極めることが重要なのである。

物流トラックの貨物室(画像:写真AC)
対応力を高めるべきなのか?
A社の本当の強みは対応力ではなかった。他の物流会社も同様の対応をしていたからである。規定の時間後に出荷依頼を受けても対応することは、暗黙のルールだったのだ。
欧米では、このようなことはあり得ない。規定の時間後に出荷依頼を受ければ、断るか、別料金を得るかのいずれかだ。もしそれが暗黙のルールだと言うのなら、出荷依頼の締め切り時間を変えるべきである。
・日本と欧米では商慣習が異なる
・欧米流は日本で通用しない
と思われる人も多いだろう。だが、日本にも暗黙のルールを前提としない物流サービスが存在する。それは宅配便だ。
当たり前だが、どの宅配業者も運べる荷物の大きさを規定している。それ以上に大きな荷物を持ち込まれても断るだけだ。取りに来てくれる時間も、配達できる時間も決まっている。規定の時間後に出荷依頼を受けても対応しない。
極論すれば、宅配便は暗黙のルールを徹底的に排除し、オペレーションを標準化・画一化したからこそ、膨大な荷物を効率的に運べるのである。

物流のイメージ(画像:写真AC)
「頑張って対応する」は差別化にならない
ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の3社は、その仕組みを確立することによって寡占的な地位を得ることに成功した。他方、日本には6万を優に超える運送会社が存在する。その多くが対応力を強みと考えているのなら、これほど滑稽なことはない。対応力を軸に戦っているからこそ、
「埋没」
するのである。
もちろん、欧米の物流会社や宅配業者のように、標準化・画一化を図ることが正しいとは限らない。「対応力なんて不要だ」などと言うつもりもない。ただ、
「顧客からの依頼に頑張って対応する」
だけでは差別化が難しいということだ。
かつてのヤマト運輸は、誰しもがやりたがらなかった手間のかかる小口荷物を積極的に取り扱うことで飛躍的な成長を実現した。顧客からの期待に応えることに加えて、他社にはない「自社ならではの価値」を戦略的に創出することができれば、ヤマト運輸に比肩する進化を果たすことも夢ではないのである。
小野塚征志(戦略コンサルタント)