ウクライナ総司令官「戦況は膠着」発言の真相

ウクライナ総司令官「戦況は膠着」発言の真相

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/11/21
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ウクライナ南部・ヘルソンの陣地に描かれたウクライナ軍のザルジニー総司令官(写真・Ukrinform/共同通信イメージズ)

ウクライナでは2023年11月に入り、突然、軍制服組トップから「戦況膠着論」とも受け取れる発言が飛び出した。西側メディアからも反転攻勢の行方に悲観的な論調も出始めるなど、さまざまな動きや臆測で一気にざわついた。

実際に何があったのか。そして今後の反攻作戦は来年に向け、どのような方向に向かうのか。深掘りしてみた。

戦争の長期化を避ける5つの優先課題

「いったい何が言いたいのか」。11月初め、日頃、ウクライナ情勢を追っている内外ウォッチャーたちやキーウ駐在の各国外交官が目を皿のようにして、ある記事を読んだ。ウクライナ軍のザルジニー総司令官が11月1日付のイギリスの『エコノミスト』誌で公表した見解である。会見とエッセイの2つからなる見解の骨格的概要は以下の通りだ。

1. 両国軍の戦力が拮抗してきたため、ウクライナ軍の反攻は計画通り進んでいない。このままでは戦況が第1次世界大戦のような数年越しの「陣地戦」に陥る恐れがある。戦争の長期化は、国力で勝るロシアを利する。

2. これを避けるためには5つの優先課題がある。①地上戦を支援するための制空権確立、②ロシア軍が得意の電子戦を妨害する電子戦能力の向上、③ロシア軍の火砲能力を圧倒できる砲撃能力、④ロシア軍が敷設した広大な地雷原を克服できる駆除・探知能力、⑤予備兵力の準備態勢確立、である。

この見解はウクライナ内外で大きな波紋を呼んだ。2023年6月初めに始まった反攻について、軍制服組トップがまるで膠着状態に陥ったと宣言したかのようにも読めたからだ。

折から、ウクライナ軍は2023年9月以降、司令部を含め黒海艦隊がある南部クリミア半島に波状的な攻撃を開始し、東部・南部に続いてクリミア半島に第3の戦線を開くことに成功したばかりだった(詳しくは「クリミア攻撃の本格化で募るプーチンの憂鬱」参照)。

東部・南部でも目立った戦果はないものの、激しい戦闘が続いている。このように現実に戦況が動いている中、地上作戦に限ったものとはいえ、ザルジニー発言には多くのウォッチャーが戸惑った。筆者もその1人だ。

騒ぎはさらに拡大した。軍最高司令官でもあるゼレンスキー氏が2023年11月4日の記者会見で「膠着(こうちゃく)状態ではない」と述べ、ザルジニー氏の戦況分析を公の場で否定する形となった。

西側メディアでは大統領と総司令官の間で「対立」や「不協和音」が表面化したとの報道が出た。一般国民からはザルジニー見解に対し「反攻がうまくいっていないことの言い訳」との批判的反応も出たほどだ。

はたして、この時期に大統領とザルジニー氏は本当に戦況判断をめぐり対立しているのか。ザルジニー見解はそれを証明したものなのか。そこで、筆者はウクライナの軍事筋やその他のウクライナ人専門家の見解を集め、分析した。

結論から書こう。今回のザルジニー見解は、大統領と総司令官の間に根本的対立があることを反映したものではない。そもそも、ザルジニー氏は「膠着状態」に陥ったと断定していない。膠着状態を意味する「陣地戦」に近付いていると指摘しているだけだ。

ゼレンスキー氏が「膠着状態でない」と発言し、大統領府高官が見解の対外的公表に苦言を呈したことで、意に反して「対立」の印象を強めてしまったと筆者は判断している。

大統領批判・不満表出ではない

もちろん、政治指導者である非軍人のゼレンスキー氏とザルジニー氏の間で反転攻勢の戦略・戦術をめぐり、何らかの意見の違いがある可能性は大いにある。その前例はある。今なお激戦地になっている東部ドネツク州の要衝バフムト防衛などだ。

軍事的価値はないので撤退もやむなしと見ていた軍部に対し、ゼレンスキー氏が政治的観点から死守を命じたため、結果的に今もウクライナ軍は多くの兵力を失う羽目になってしまっているのは事実だ。当時、軍部に不満はあった。

しかし、今回の見解発表に限って言えば、ザルジニー氏の真意は、大統領批判でも不満表出でもなかった。戦争長期化を回避し勝利するために、ウクライナ政府内や米欧に対し、先述した5つの弱点克服が喫緊の課題だとアピールし、米欧などに武器支援の質量両面での拡充を求めたものにすぎなかった。

さまざまな臆測を招いたザルジニー見解について、真意を極めて的確に捉え、その意義を積極的に評価した人物がいる。有力な軍事専門家であるロマン・スビタン氏だ。

曰く「軍司令官は分析を求められたら、つねに回答を示さなければならない。その答えを示せない司令官は解任されるべきだ。司令官は打開策のメカニズムを提示しなくてはならない。その意味でザルジニー氏は的確に答えた。前向きな内容だ」と。

つまり、戦況が膠着化したという後ろ向きの報告ではなく、文字通り、今後の膠着回避に向けた打開策を示したという解釈だ。

そのスビタン氏の指摘通り、実はザルジニー氏は『エコノミスト』誌で公表される前に、ウクライナ政府に対し、この見解を打開策として提示していた。

その結果、重要な決定がなされたもようだ。膠着状態に陥る前に、ロシア軍に対し2023年11月以降の冬季に新たな大規模な攻勢を掛けるという戦略がひそかに採用された、と軍事筋は証言する。

その冬季攻勢の内容について、前述の軍事筋は以下のように明らかにした。

①ロシアが占領し続けている南部クリミア半島への軍事的圧力を高めるため、南部ヘルソン州との州境までウクライナ部隊が南下する、②黒海艦隊を含め、クリミア半島への攻撃をさらに拡大し、本格化させる、③苦戦が伝えられている南部ザポリージャ州でも要衝トクマクやメリトポリ方面への攻撃を強める、である。

①の南下作戦はすでに11月上旬に始まった。海兵隊と保安局部隊などの合同部隊が、ヘルソン州のドニエプル川西岸からロシアが実効支配する東岸へと渡河作戦を実施。装甲車両も運び入れた。11月17日には、複数の出撃拠点を確保したと発表した。

渡河開始当時、この渡河作戦の本当の狙いは不明だった。しかし同軍事筋は、州境まで南下を目指した作戦だと述べた。この地域には、ザポリージャ州でウクライナ軍の進軍を阻んでいる大規模な地雷原のようなものはないという。ロシア軍部隊も手薄だ。これは、ウクライナ軍の州境への南下作戦を警戒していなかったからだ。

いわばロシア軍の虚をついた作戦だ。ヘルソン州との州境に近い、クリミア半島北部の要衝アルミャンスクを目指しているとみられる。クリミア半島に続いて、ヘルソン州南部を第4の戦線にする戦略だろう。

ちなみに、ゼレンスキー大統領は11月初め、特殊作戦軍のホレンコ司令官を解任したが、この理由はホレンコ氏がこの南下作戦の実施に消極的だったと軍事筋は明らかにした。

②の今後のクリミア攻撃は、従来以上に大規模かつ、作戦範囲を広げたものになりそうだ。

大規模なクリミア攻撃を想定

クリミア半島南部のセバストポリに司令部を置く黒海艦隊は2023年9月以降のウクライナ軍による連続攻撃の結果、主要艦船の一部がロシア本土にある艦隊の別の拠点ノボロシースクに避難した。事実上の艦隊機能の喪失に近い状態に追い込まれている。

艦隊としての大規模な作戦行動はその後、1回も行われていない。ウクライナ軍としては、冬季攻勢の中で、イギリス製の空中発射巡航ミサイル「ストームシャドー」などで引き続き艦隊施設を空から攻撃する一方で、小型ボートや海上攻撃用ドローンを駆使した作戦を展開するだろう。

ゼレンスキー大統領は2023年9月末、世界初の海上ドローン艦隊の創設を発表している。前世紀的大艦隊を海上ドローン艦隊が攻撃する。まさに21世紀における新たな海戦の姿を象徴するものになろう。

さらにクリミア半島への上陸作戦も、より大規模で実施されると筆者は見る。これまでも小規模な上陸作戦は実施されていたが、「これらは予行演習のようなものだった」と軍事筋は指摘する。ドニエプル川渡航作戦と同様に、半島内に橋頭堡を築く狙いだろう。

③では、トクマク、メリトポリ方面を狙った攻勢を強めるとみられる。ザルジニー氏は先述した見解の中でも認めたように、ウクライナ軍は最大で幅20キロメートルに及ぶ異例の地雷原に計画通りの前進を阻まれている。

しかし一方で、アメリカ供与の高機動ロケット砲システム「ハイマース」などの砲撃により、メリトポリ方面の輸送路は相当被害を受け、ロシア軍の補給が相当苦しくなっているという。この間、ウクライナ軍はメリトポリ方面での戦況を詳しく発表しておらず、今後新たな動きを見せる可能性がある。

アメリカからの支援先細りを見通す

では問題はなぜ冬季に攻勢を掛けるのかだ。理由はいくつかある。まず、最大の要因は、2024年11月に大統領選を控えるアメリカからウクライナへの財政上・軍事上の支援が2024年は減少するとの懸念だ。

中東情勢の緊迫化もあり、このままでは2024年になると、アメリカはウクライナ情勢への関心を相当他方面に向けるだろうとの読みがある。そのため、ウクライナとしては、新たな攻勢に出ることで、アメリカ政界の関心を高めることを狙っている。

戦術的・戦略的戦果を挙げていけば、勝ち馬に乗るのが好きなアメリカ政界の特徴からみて、ウクライナへの財政的支援の削減を阻止できるのではないか、との計算がある。

もう1つは、1年前の苦い教訓だ。2022年11月初めにヘルソン市を陥落させた後、ウクライナ軍は後退するロシア軍への追撃をしなかった。この結果、何が起きたのか。

2022年末から2023年初めの冬季、追尾の憂いがなくなったロシア軍に南部ザポリージャ州などで大規模な地雷原を敷設して防御を固める時間的な余裕を与えてしまったのだ。これが今の南部での反攻作戦の難航につながっている。

ウクライナ軍としては、この苦い教訓を生かして、冬季も攻勢を続けることを選んだ。2023年11月半ばから2024年4月までの雪・雨の季節で、黒土地帯の東部ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)は土でぬかるみ重戦車は動けないので大規模な攻勢は難しい。

しかし、ザポリージャ州やヘルソン州は純粋な黒土地帯でないため、冬でもひどいぬかるみにならない。重戦車も動ける。

とはいえ、この冬季攻勢は当然ながら、リスク・フリーではない。ウクライナも賭けであることは承知している。ウクライナでは一部軍事専門家の間から、制空権の確立に大きな貢献が予想されるアメリカ製F16戦闘機が供与される2024年春以降までは、ひたすら防御に重点を置いた戦いに徹すべきとの意見もあった。

しかし、ゼレンスキー大統領とザルジニー総司令官は、あえて上空からのF16による援護なしで、攻勢に出ることを選択した。ドローンなどでの上空からの支援を計算したうえでの判断だ。

ウクライナには、アメリカを含めた国際的支援体制をつなぎ止めるためにも、2024年前半までが勝負だ、との悲壮な決意がある。

(吉田 成之:新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)

吉田 成之

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