ペットを飼っている人で、いつか来る「別れの日」のことを考えない人はいないだろう。現在、日本における犬の飼育頭数は約848万9000頭、ネコの飼育頭数は約964万4000頭(一般社団法人ペットフード協会による推計)。一方で、犬の平均寿命は14.48歳、猫の平均寿命は15.45歳。今後15年以内に大部分の「飼い主」は「ペットロス」に直面することになる。
自身も愛犬のペットロスを経験した伊藤秀倫氏の著書『ペットロス いつか来る「その日」のために』より、上沼恵美子さんが12歳の愛犬「ベベ」(メス・フレンチブルドッグ)を失った悲しみを語ったインタビューの一部を、抜粋して紹介する。ベベとの別れは、2022年4月23日のことだった。
あの日、私は、引退を考えました
――その日はテレビの収録が予定されていたが、プロデューサーに「とてもじゃないけど今日はできません」と連絡を入れた。
これ言うとまた怒られるかも分かんないですが、例えば一曲歌いに来てくださいという仕事だったら行けたと思うんです。実際に母を亡くした当日もNHKホールで歌いましたから。古いですけど「親の死に目に会えない」っていう世界ですから、それはわかっているんです。
でもベベが亡くなった日に、自分が司会をやって二時間、面白いこと言って盛り上げないといけないとなると、これは無理。有難いことにプロデューサーは「お休みください」と言ってくださいました。(休んだことに)“濃い”ファンの方ほど怒りますね。「犬ごときで、何を休んでるんだ!」って。それだけ私の喋りを楽しみにしてくれてる。「これが楽しみで生きてるのに、休むなんて。ただでさえ番組減ってるのに」みたいなね。

上沼恵美子さんと愛犬のべべ。
でも、無理でしたね。ベベがいないなら、もう何もしたくないなって。
あの日、私は、引退を考えました。
今日は包み隠さずにお話ししますが、お酒に溺れましたね。最近は血糖値が高いこともあってお酒はやめていたんですが、ベベが亡くなってからは、ビールが一番酔うので、それをバーッと浴びるように飲んで。火葬のために業者さんが来たんですが、出棺のときにはもうフラフラで、主人に抱きかかえられてたみたいです。
……今、思い出しても、よく生きてるな、と思うんですよ。図太いな、って自分でも思います。自殺するとか、後を追うとか、そういうことは絶対に言いたくないんですが、消えたいです。苦しいです。
家の中に思い出がありすぎるんです
――ペットロスによる異変は、心身に顕著に現れた。
ベベが死んでから、低血糖になっちゃったんですよ。「そういえば時々ちょっとフラッとします」と言ったら、先生がびっくりして「コーヒーシュガーを舐めてください!」って。フフ、コーヒーシュガーってねえ。確かに病院で貰ったパンフレットにはコーヒーシュガーって書いてあるんですけど、普通に「甘いものを食べてください」でいいと思うんですよ。先生もカシコやから、意外と応用利かないんですね(笑)。とにかく血糖値下げる薬は飲まなくてよくなりました。ベベのおかげですかね。
でも切なさ、悲しさが全身に充満して全然治らないんです。それで「先生、ペットロスに効く注射とか薬ありませんか? 300万までなら出します」って聞いてみたり。

アフロ
あの……家の中に思い出がありすぎるんです。
一番キツいのは買い物から帰ってきて玄関のドアを開けるときですね。ベベはいつも玄関マットの向かって左隅に座って待っていたんです。その姿を見て「あら、ベベ! いい子たんしてたん?」と声をかけるのが常でした。今はドアを開ける前から「はい、ベベはいませんよ。いないのよ」って自分に言い聞かせてからドアを開けます。それで「やっぱりいない」って言いながら靴を脱いでまた泣きます。つい「いい子たんしてたん?」と口にしてしまうこともある。そんなときはまた玄関先で泣き崩れる。他にも座椅子とか、リビングのソファとか定位置だった場所にいないことが……たまらないんですよ。
夜中の3時がまたキツいんです。あの子は腸が悪かったので、それくらいの時間にトイレのために庭に出してたんです。で、一度出るとなかなか帰ってこない。ついウトウトしたら、「ワン!」って声がして戻ってくる。「遅かったね」って言いながらお尻を拭いてあげる──それが毎日のことだったんで今でも起きてしまうんです。で、ベベがいない現実を私は夜中の3時に噛みしめるわけです。
「ねえ、お母さんどうしたらいい?」
陰気臭いといえば陰気臭いんですけど、夜中に線香をあげて、灯がついている間、心の中でベベに話しかけるんです。
「ベベ、今どこにおるん? もうそんなお母さん、いじめないでくれるか? かなわんわ」「ねえ、お母さんどうしたらいい? 何とかしてくれないかな」「あなたのことを早く思い出にしたい。いい犬だったな、最高の犬やったって早くなりたい。でもまだ無理やわ」
もうえげつないほど喋ってます。自分でもよく出てくるなと感心するぐらい喋って、最後は泣いてますね。お姑さんが亡くなったとき「一生分もらったな」というぐらい線香をいただいたんですよ。それがもう全部なくなりましたから。
番組なくし、夫と別居し、ベベまでいなくなって。10代のころからこんなに税金払ってきたのに、どんだけいじめてくれるねん! って誰かに言いたいです。関係ないですけどね(笑)。
文=伊藤秀倫
伊藤秀倫