「24時間水に溺れ続けるような苦しみで...」推定死者2万人の”空気殺人”。謎の病の原因は加湿器だった

「24時間水に溺れ続けるような苦しみで...」推定死者2万人の”空気殺人”。謎の病の原因は加湿器だった

  • 文春オンライン
  • 更新日:2022/09/23

「死因は?」

【画像】韓国で約2万人が亡くなった『空気殺人』

「息子と同じ肺疾患だ。肺が硬くなってた」

「急にそんなことが? 今まで健康だったわ」

「1年以上患っていたようだ。急にああはならない」

「おかしいわ。だって姉は1ヶ月前に人間ドックを受けたのよ」

映画『空気殺人~TOXIC~』より

韓国では2001年ごろから、咳が出たり、息苦しさを覚えたりする症状の「間質性肺疾患」にかかる人が多く見られるようになった。

様々な原因によって起こると言われている間質性肺疾患は、肺が損傷され、徐々に繊維化していく恐ろしい疾患だ。繊維化して硬くなった肺は、いくら息を吸っても膨らむことができない。悪化すれば、肺を締め付けられ、まるで溺れ続けているような苦しみが24時間途切れることなく続く。

事件当時、疾患の原因がわかるまで「冬に爆発的に増え、春夏になると消え、秋になると再び少しずつ現れる謎の症状」として韓国の人々を恐怖に陥れた。実はこの疾患の原因は「加湿器」にあった。季節により変動していたのは、空気が乾燥して加湿器を使用する季節に現れ、暖かくなり加湿器を使用しなくなれば患者がいなくなる、ということだったのだ。

健康を守る目的で使用していたはずの加湿器が吐き出していた恐ろしい有害物質は、PHMG(ポリヘキサメチレングアニジン)とPGH(塩化エトキシエチルグアニジン)というもの。呼気から体内に入ったこれらの有害物質は肺を損傷し、患者は死に至らなくとも、生涯にわたって後遺症を抱えることになる。

韓国で起きた消費者被害で、この事件は過去最悪の規模と言われている。2016年末までに政府機関に寄せられた申告だけで負傷者4306人、死者1006人。その後も申告者は増え続けており、現在では推定死者2万人とも言われている。

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映画『空気殺人~ TOXIC~』より ⓒ2022 THE CONTENTS ON Co.,Ltd. & MASTER ONE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

まさに「空気殺人」と呼ぶべき恐ろしい状況

9月23日から日本でも公開される韓国映画『空気殺人~ TOXIC~』は、韓国で実際に起きた健康被害の事件をもとに作られた映画作品だ。2000年代、本来なら加湿器を安全に使うための殺菌剤が原因となってしまい、多くの死亡者や重症者を出した、韓国史上最悪の消費者被害事件である。

冬場の乾燥しやすい時期は、インフルエンザや呼吸器疾患の対策として、部屋の湿度を適正に保つことが有効だと言われている。しかし、加湿器は雑菌が繁殖したりカビが発生したりすることがあるので使用・管理に注意が必要だ。その予防となる殺菌剤がさまざまな商品として、現在も販売されている。

ところがある時期、韓国で複数のメーカーから販売されていた加湿器殺菌剤のなかには、非常に毒性の強い物質が含まれている商品があった。その商品を購入し使用した多くの人々は、呼吸からその毒物を取り込み、肺に恐ろしい健康被害を負った。なかでも、乳幼児や妊婦、病人といった体の抵抗力が弱い人たちには重い症状が現れ、たくさんの人が死に追いやられた。それはまさに「空気殺人」と呼ぶべき恐ろしい状況であった。

一度繊維化して硬くなった肺は、元どおりの柔らかく健康な状態に修復されることはない。生きる上での基本である健全な「呼吸」を奪われるのだから、命を落とさなかったとしても、サバイバーが生涯抱える苦しみは想像を絶するものだろう。肺移植という手段はあるが、臓器の移植は拒絶反応などの可能性もある、危険を伴う手術となる。

参考:「肺移植」外科手術について(京大呼吸器外科より)

そして、この恐ろしい加湿器殺菌剤を製造・販売したメーカーの対応は、当初、全く誠意に欠けていた。間質性肺疾患の原因として疑われて以降、責任を逃れるために実験データを誤魔化そうとし、事件はより最悪かつ大規模なスキャンダルになっていった。

事の始まりは「肌で大丈夫なら人体に無害」という無謀な判断

「“加湿器殺菌剤”と書いてあるでしょ。それを使えば加湿器のタンクにカビも生えないとか。ミヌ(息子)の咳がひどいから使うわ」

「これはいいな。国も安全を保証している」

映画『空気殺人~ TOXIC~』より

問題となった有毒物質PHMGとPGH、実は「皮膚への毒性が比較的少ない」という理由で、当時殺菌剤としてさまざまな用途に使われていた。もっとも「肌に触れた場合」についての研究結果は、十分にあった。しかし、加湿器に入れて噴霧するという条件での実験は行われていなかったのだ。にも関わらず、開発者たちは「今まで使われてきたのだから、加湿器殺菌剤に使用しても問題はないはず」と判断し開発を進めた。韓国政府の官僚も完成した商品の販売を許可してしまう。

販売許可を得た加湿器殺菌剤は、イギリスのメーカー、レキットベンキーザーの日本・韓国法人である「オキシー・レキットベンキーザー」が「オキシーサクサク」という商品名で販売した。「人体に安全な成分を使用」「子どもにも安心」のキャッチコピーで宣伝したところ、よく売れた。「オキシーサクサク」がヒットすると他社もこれに続けと、同様の加湿器殺菌剤を製造し販売しはじめた。そして危険な加湿器殺菌剤は10製品ほど、韓国で流通するようになった。

原因を突き止めた小児科医

「オキシーサクサク」が販売されてからまもなく、間質性肺疾患の患者が現れるようになった。患者は限られた地域ではなく、全国に均等に分布。急激に症状が悪化し亡くなる子どももいて、韓国の人々を恐怖に陥れた。

何を吸い込んだことが原因なのか? あらゆる可能性が考えられる肺疾患は、原因を絞り込むのが非常に難しい。例えば、工場から発生した有害物質、花粉や黄砂やPM2.5、さらに芳香剤、殺虫剤。ハウスダストやダニなど、身の回りのあらゆるものが間質性肺疾患の原因になりうる。

それでも、ある小児科医が本格的に原因究明に取り組んで、努力を重ねた。この小児科医は、あらゆる検査方法を総動員し、答えるのに2時間以上かかる設問を考案。全国の患者を集め、データと論文を重ね合わせ「同じ空間にいた場合、同様の症状が出やすい」ことを発見。そして、ついに説明可能な「加湿器の殺菌剤」という原因にたどり着いたのだ。

メーカーによる実験結果の不当な操作…だが真相が明らかに

「奴らは悪魔です。危険な物だと分かりながらカネのため、人を殺してでも売る悪魔。悪魔は何事も用意周到に進めます。加湿器殺菌剤の製造販売自体に法的問題はありません。でも人が死ぬと分かりつつ製造販売したら話は違います」

映画『空気殺人~ TOXIC~』より

一方「オキシー・レキットベンキーザー」は「加湿器殺菌剤が肺損傷のリスク要因になっている」という説に反論するため、 2011年8月、毒性学の権威であるソウル大学の教授チームに、PHMGの吸入毒性試験を依頼。教授チームはマウスによる実験を行ったが、その実験結果は巧みに操作され「因果関係が明確でない」という報告書が作成されてしまう。

参考:HUFFPOST「韓国「加湿器殺菌剤」事件、大学教授の実験報告書はこうして歪められた」

しかし、2011年に行われた大規模な疫学調査で真相が明らかにされ「原因は加湿器の殺菌剤である」と確定され、PHMGやPGHを含む加湿器殺菌剤の販売は中止された。このとき販売禁止になるまで、PHMGやPGHを含む加湿器殺菌剤は、韓国国内だけで年間約60万個ほどが売れた。

最も多くの被害を出した「オキシー・レキットベンキーザー」の元社長らは業務上過失致死傷罪などで懲役7年の実刑判決を言い渡された。理由は「殺菌剤の安全性について十分に検証せず『子どもにも安全』と偽りの表示をし、商品を販売した結果、多くの人が死傷する悲惨な結果を招いた」ため。また、製品を許可した政府は「加湿器殺菌剤が安全という虚偽表示をした」という理由で、製造元の4社に課徴金5200万ウォン(当時約482万円)を課した。

「最初は病院で風邪と診断されました。空気の乾燥を防ぐため加湿器を使えと言われ殺菌剤を入れて使いました。テレビでも宣伝してたし、国も安全性を認めていました。だから当然安全だと思いました」(被害者親族)

「私は人殺しです。使う必要のない加湿器殺菌剤を使って妻と子どもを殺した。製品を販売した企業も、許可した政府も責任がないと言うなら私が殺したんです」(被害者親族)

「母の顔も覚えていません。目覚めたら歩けなくなっていた。僕はなぜこんな姿に? 母はなぜ他界を? 誰が悪いんですか?」(被害者)

いずれも映画『空気殺人~ TOXIC~』より

オキシー・レキットベンキーザー社は、販売中止から5年も経過した2016年5月にようやく謝罪会見を行なった。このとき怒りの収まらぬ遺族の1人は、この場で、社の代表を平手打ちにした。

9月23日公開の劇映画『空気殺人~ TOXIC~』

「民事訴訟ではダメです。これは――殺人です」

映画『空気殺人~ TOXIC~』より

9月23日から日本で公開となる韓国の劇映画『空気殺人~ TOXIC~』は、この「加湿器殺菌剤事件」を描いた作品だが、実際の事件を踏襲しながらも、サスペンスフルな法廷劇が展開する劇映画だ。

映画『殺人の追憶』などに出演してきたキム・サンギョンが主演。家族を失った医師と、その義妹である法律家が、さまざまな妨害を受けながらも、巨大な企業に立ち向かうというストーリー。表側の法廷での戦い、そして裏側でも信頼と裏切りの駆け引きが幾重にも重なって、観る者をハラハラさせる。スリルを味わいつつ、実際の事件に思いを馳せることができるだろう。

「加湿器殺菌剤事件」はつい最近、近くの国で起きた事件であり、現在もその後遺症に苦しみながら生きている被害者が、多数存在している。本作は、この事件が私たち消費者の身に起こったかもしれない「自分事」として観る事ができるだろう。

「とにかく、この出来事を“記憶”してください。この映画はただ一件の加湿器殺菌剤の話を描いているわけではなく、人による災害を描いた映画なんです。日本で言う“水俣病”のように、世界各地で起きた、またはこれから起こり得る人災なんです」

(『空気殺人~ TOXIC~』チョ・ヨンソン監督インタビューより)

INFORMATION

『空気殺人~ TOXIC~』

公式HP
配給:ライツキューブ
< 2022/韓国/韓国語/108分>

ⓒ2022 THE CONTENTS ON Co.,Ltd. & MASTER ONE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

(市川 はるひ)

市川 はるひ

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