「牛肉=若いほうがおいしい」という日本人の誤解

「牛肉=若いほうがおいしい」という日本人の誤解

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/01/26
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「牛肉といえば若いほうがおいしい」と思っていませんか?(写真:shige hattori/PIXTA)

日本では牛肉というと、品種やブランドにもよりますが、肥育期間2〜3年で出荷されるものが主流ですが、最近、肉好き界隈では「ヴィンテージビーフ」という言葉が聞かれるようになりました。どうやら昨年10月、六本木にオープンした「SURF&TURF」というステーキハウスがその火付け役となっているようです。

同店では、6カ月ほど良質な牧草で肥育をしたニュージーランド産ブラックアンガス牛の5歳以上の経産牛の肉を輸入し、さらに店舗で熟成した肉をヴィンテージビーフとして提供しています。

世界では長期飼育はめずらしくない

現時点では、「ヴィンテージビーフ」の明確な定義はありませんが、世界を見渡してみても、肥育期間の長い牛が食用として使われるのはめずらしいことではありません。

例えば、「フランスの神戸牛」とも言われる「バザス牛」や、スペインの「ルビアガレガ牛」などは、5年以上肥育が当たり前で、お肉の味の濃さと独特のうま味は、肉好きにはたまらない美味しさ。ヨーロッパの牛は、乳用・肉用の兼用種なので、経産牛だけでなく、オス牛の去勢牛もたくさんいます。これらもヴィンテージビーフと呼ばれたりします。

最近では、オーストラリアやニュージーランドでも、ヨーロッパの牛に敬意を込めて、長期飼育となる経産牛を一定期間再肥育した肉牛を、ヴィンテージビーフと言って出荷しているようです。

ここで少し、牛の種類について説明をしておきましょう。「経産牛」とは、文字が示すように、お産を経験した牛のこと、つまり母牛です。母牛は、若くて5年、10年前後繁殖牛として飼育され、子牛を年に1頭出産して役目を終えます。

「去勢牛」とは、オス牛のことで、黒毛和牛もホルスタインも、肉牛のオス牛は生まれて間もなく去勢されます。なぜ去勢するか? というと、人間もそうですが、オスの方が筋肉質で肉が硬くなりやすいから。また気性も荒いことも多いので、去勢をして脂肪をつきやすくし、肥育しやすくするために去勢します。これは日本だけでなく、世界中で行われていることです。

冒頭のとおり、日本の牛肉市場は、どうしても効率を求める傾向にあるので、国産牛(「ホルスタイン去勢」または「黒毛和牛とホルスタインの交雑種」)なら肥育期間が16~24カ月ほど、和牛なら26~32カ月の肉が主流。そのため、長期飼育された牛の肉はあまり見かけないので、ヴィンテージビーフという言葉はあまり聞きません。

しかし最近、和牛の経産牛を出荷する農家がちらほらと現れ、その肉を食べられる店もありますので、メニューを注意して見てください。ちなみに「格之進」でも、1999年の創業時から、常時とは言えませんが経産牛を扱っています。

経産牛と言うと、出産でカスカスの肉というイメージがあるようで、流通することはあまりありませんでした。けれど噛み締めるとジュワッと肉のうま味が広がり、実は美味しいのです。

去勢牛も、実はもう数年、5、6年まで肥育した肉の方が美味しいと思います。人間も歳を重ねることで、仕事も人としても円熟味を増しますよね? 牛もそうで、2年ほどではまだ若く、もう少し肥育したほうが味わいが増すのです。

世界一美味しいステーキは肥育期間14年!

長期飼育のお肉が美味しいと示したのが、2015年に公開された、肉好きの映画監督とパリで一番の精肉店店主が、世界一おいしいステーキを見つける旅のドキュメンタリー映画『ステーキ・レボリューション』。この映画で世界一おいしいとされたのが、スペインの肥育期間が14年のステーキ。ちなみに和牛は、3位でした。

2017年に、この世界一とされた、スペインのホセ・ゴードンの牧場を視察しました。そこで肉も食べましたが、和牛のとろける甘味とは違い、噛み締めると濃厚な肉味があふれるおいしさがあったことを覚えています。

同牧場はほとんどが去勢牛で、最長で17年(2017年当時)肥育の牛がおり、最も大きい牛は生体重量2500kg(和牛の生体重量は約750kg)! 3歳以上の大人しい性格の優しい去勢牛を購入して、5歳から10歳ぐらいで出荷するそうで、美味しい時期を見極めて肉にするとのことでした。

「ヴィンテージ」という言葉には、年代もの、というイメージがありますが、完成度が高い、古くて上質な、という意味もあります。その意味を踏まえると、肉が本当に美味しくなるまで丁寧に優しく育てて、食べごろを見極めて出荷する肉こそ「ヴィンテージビーフ」と呼ぶのだと、肉おじさんは思うのです。

農家の自家使用や加工肉となることが多く、安く取引されてしまっていた経産牛が、輸入牛でも国産牛でもその価値を見出され、お肉として評価されることはとてもいいことだと思います。が、特に和牛の経産牛は、子牛を産むために育てられた牛で、副産物として食肉となっているので、本質的にはちょっと違うとーー。

特産松阪牛はヴィンテージビーフ向き?

肉おじさん的には、和牛の40カ月以上肥育のメス牛で、できれば420kg以下の肉をヴィンテージビーフと認めたいところ。この条件に合うのは、肥育期間38カ月以上の特産松阪牛未経産のメス牛となります。特産松阪牛は、超有名なブランドなので当然ですが、効率だけではなく、しっかり食べごろを見極め、食味にこだわったお肉を提供しているから特別に凄いのです!

また、かなりマニアックですが、兵庫県但馬地区で但馬牛を育てている「田中畜産」の和牛にも注目しています。牛を提供する繁殖農家なのですが、経産牛を肉にする6〜8カ月前に放牧して仕上げて、自分たちでお肉をカットして販売しています。

ここでは、母牛に感謝を込めて、経産牛を“敬産牛”と呼んでいます。そして、なんと昨年の夏、43カ月肥育の去勢牛のお肉の販売もしました。小さい頃風をひいて子牛市場に出せなかったオス牛を大事に育て、「この時期だ!」と肉にしたそうです。田中畜産の肉はいつでも入手できるものではありませんが、牛に対する姿勢が素晴らしいと思っています。

そしてもう1つ知ってほしい農家が、青森県鯵ヶ沢の「アビタニアジャージーファーム」。乳牛のジャージー牛のオス牛は、乳を出さないのですぐに処分されることが多いのですが、この牧場では5年以上しっかり肥育してお肉として出荷しています。ジャージー牛のお肉も、味が濃く、まろやかなうま味もあって美味しい! これもヴィンテージビーフと言ってもいいと思います。

ヴィンテージビーフについてはまだ明確な定義のようなものはまだ確立されていませんが、日本でも食べごろを見極めて出荷する長期飼育の牛の肉について、焼肉店やレストランが肥育年を表示することで、注目されるようになりました。

経産牛や乳牛の価値を認め、食肉として美味しくなるように育て、出荷するーー。サステナビリティが注目される昨今、ヴィンテージビーフという発想は、注目される価値観ではないでしょうか。

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(千葉 祐士:門崎熟成肉 格之進 代表)

千葉 祐士

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