写真家・高橋恭司インタビュー「潜伏? いや写真の原初的な部分に立ち返る時間を大切にしていました」

写真家・高橋恭司インタビュー「潜伏? いや写真の原初的な部分に立ち返る時間を大切にしていました」

  • カーサ ブルータス
  • 更新日:2022/09/24

September 23, 2022 | Art, Culture | casabrutus.com | text_Housekeeper

1990年代から『Purple』など国内外のファッションやカルチャー雑誌を中心に活躍し、後の世代に圧倒的な影響を与えてきた写真家の高橋恭司。現在、渋谷の〈LOKO GALLERY〉にて、90年代に発表された貴重なヴィンテージプリントから、近作の花をモチーフとした写真群、そして自身の絵画作品などが並ぶ個展が開催されている。展示の初日、作家に話を聞いた。

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キャリア初期に発表された作品より。『Jean’s hand,NYC』(1992) C-print 610×508mm

──(《GR》※が机に置かれているのを見て)そういうコンデジでも撮影されているのですか?
※リコーイメージング社から発売されているコンパクトデジタルカメラ
いや、今日は展示初日ということもあっていろんな友人が来てくれるから、パーティスナップみたいなものを撮ろうかなと思って。さっき芳名帳を見たら、最初のお客さんとして五木田(智央)くんが来てくれてたみたいなんだけど、僕が来るのが遅くて、立ち会えなかった(笑)。
── 今回の展示では新旧の作品が様々なフォーマットで展示されていますが、どういったきっかけで、企画が立ち上がったのでしょう?
今年の2月に表参道の〈DEE’S HALL〉で展示した花の写真作品を、あらためて大きくプリントしたものを展示してみよう、というのが当初の話でした。それで準備を進めていたら、どうやら僕が90年代に撮影した写真を見たいと思ってくれている人が沢山いるらしいということが耳に入って。それで今回の展示のキュレーションを担当してくれている小林健さんが、当時のヴィンテージプリントの中から展示する作品を選んでくれました。僕が自分で選んだのは展示されているものの4分の一くらいですかね。昔の写真と新しい写真を合わせて展示することで、結果的に自分に流れる共通項みたいなものが浮かび上がったら面白いかなと。それが今回の展示タイトル『Ghost』なんですけど。

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最新作となる、花を被写体としたシリーズ。《ハッセルブラッド1000F》というカメラで撮影されており、ノートリミングの正方形フォーマット。ハッセル印のノッチが見えたり、部分的に印画紙が感光して赤くなっていたり。『Flowers』(2022) C-print 560×456mm

──〈DEE’S HALL〉で展示されていた作品も、今回展示されている花をモチーフにした作品も、意識的にネガプリントの痕跡みたいなものを残されているのが印象的でした。
もちろんネガからの引き伸ばしは厳密にやろうと思えばできるんだけど、あえてラフにやっています。埃の跡が残っていたり、印画紙が部分的に感光して赤くなってしまっていたり。いきなりテクニカルな話ですが、花の作品は、1950年代のモノクロからカラーへの移行期に使われていた引き伸ばし機を購入して、久しぶりに暗室を作り直してプリントしたものなんです。70年前の《ハッセルブラッド》で撮っているので、当時のレンズのやわらかさに、偶然性とか、有機的な要素を入れていったら面白いかなと。結果的に、それが自分の今の感受性と合致しました。
── 新しい暗室はご自宅に?
栃木県益子町にある実家に作りました。親が高齢なので、会いに行くきっかけになってよかったですね。それに、益子は空気がいい。プリントに集中する上でも、自分のメンタルを保つ上でも、すごくいい環境です。30年くらい渋谷に暗室を持っていたんだけど、数年前に〈コダック〉社の印画紙が生産中止になって、正直ホッとしていたんです。もうプリントしなくていいかなって。それで様々な媒体への出力を試してみたけれど、フィルムから印画紙にプリントした組み合わせがなんだかんだ自分の周りでは評判が良くて。今はデジタルが当たり前だから、逆張り的にフィルムが再評価されていますよね。
── これは主観的な印象論かもしれませんが、恭司さん=ダウナーな色調というイメージがあります。これもネガプリントゆえの作家の色でしょうか?
そうですね。ダウナー系だと思いますよ、僕は。作品の色味は時代によって流行りもあると思うのですが、制作環境にも依存すると思います。当時のフィルムと印画紙だと、これ以上明るいトーンを再現するのが僕には難しかった。だんだん、時代が進むにつれて性能が上がってくるのですが。写真は感材の条件から離れることはできない。絵もそうだけど、写真はプロダクトだから。
アンディ・ウォーホルは、皆が使える材料で作品を複製することでポップアートを始めたわけで、特殊な材料だとよくない。一般に手に入るものでどうやるか、だから。もともと美術を学んでいた僕が写真の世界にスムーズにいけたのはそこらへんを見てるからかもしれない。

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アルヴァ・アアルトのマイレア邸を撮影した作品。『Alva Aalto, Villa Mairea』(1992) C-print 356×432mm

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シンボリックなNYの象徴をフレーミング。『New York』(1992) C-print 610×508mm

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ポラロイドカメラで雲を撮った連作。『The Clouds』(2016) SX70 POLAROID set of 5,103×89mm

── むしろ、デジタルでお仕事される機会も多いのでしょうか?
納期やシステムの問題で、コマーシャルの現場ではデジタルのほうが好ましいですね。僕の場合、デジタルで撮影するときには、カメラをレンタルして、オペレーター、レタッチャーがやってきて……と、チームがサポートしてくれているのでやれてる感じです。バジェットも桁違いだし、一つの産業ですよね。驚きながら、ちょっと引いた距離感で楽しんでいます。そんな感じで、今日まで撮影することを続けられているのが自分でも不思議だなと思う……。
── 誤解を恐れずに聞いてみたかったのですが、恭司さんのお名前は、半ば伝説化しているというか、90年代という時代を背負っていらっしゃるような印象がありました。それがここ数年で、写真集の出版や展示の開催、雑誌のクレジットでもよく拝見するようになったり……。2000年代以降、意識的に「潜伏」されていた時期があったのでしょうか……?
写真集を出していないと、作家は活動が停滞しているように見えてしまうんですよね。僕は1994年に処女作『THE MAD BROOM OF LIFE』を出版してから、立て続けに3冊写真集を発表しました。そしたら、一回もういいかなという気持ちになった。もっと「撮る」「プリントする」「見る」とかそういうことに集中したいなと。実家に置いてあった家族写真とか、そういうものに自分は結構影響を受けていることに気づいたり。写真の原初的な部分に立ち返る時間でした。写真集が流通していくことだけが写真家のクリエイティブじゃないと思う。それを試す時間は、確かに長かったかもしれません。写真集を出していないと、結果的に受注仕事も減ってくる、実際には「撮ってる」んだけどメディアには出ない。面白いよね。
ここ数年、また前に出てもいいかなと思うようになったのは、周りの人たちのおかげですね。今回の展示に合わせた写真集をデザインしてくれた元『Purple』でADを務めていたクリストフ・ブランケルや、展示をキュレーションしてくれた小林健さん、雑誌『VOSTOK』の大城壮平君とか。デレク・ジャーマンの庭の写真も、そろそろ出そうかなと思っていたら版元の〈ブルーシープ〉の草刈大介さんが声をかけてくれたり。

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HIVに罹患して他界した映画監督、デレク・ジャーマンの自宅を撮影した作品。『Derek German’s room』(1991) C-print 508×601mm

── ところで、展示では90年代に撮影されたヴィンテージプリントが展示されていますが、いくつかの作品は、オリジナルのネガを焼却してしまったそうですね……?
若かったので。後生大事にネガを抱えているより、もっといいものが撮れるはずと思って、捨ててしまったんです。デレク・ジャーマンの写真を撮って有名になったりするのは嫌だなと思ったり。『ツイン・ピークス』の街を撮るのも、僕じゃなくてすごいのはデビット・リンチだよなあと思ってしまったりね。
もっとも、今はそういう違和感は全然なくて。写真は「人のもの」を撮ってしまう習性があると思うんですよ。最近は美術館に行ってレンブラントの絵画を複写したりしているのですが、原画とは違うイメージが立ち上がってきて面白い。ジャン・リュック・ゴダールやジョン・カサヴェテス、アンドレイ・タルコフスキーらも映画の中で絵画を複写したショットを使っている。あ、最近は、映画館に行っても、写真を撮っていないと退屈しちゃうんです。写真家なんで。まあ、ビョーキですね。スローシャッターで字幕が滲んだりして、映画が記憶的になるんですよ。絵画のようなものがフィルムに焼きついたときに起こるイメージの変化に、すごく関心があるんです。これは今後発表します。

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『Window and Flowers』(1996) C-print 305×254mm

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『Gauge』(2003) C-print 508×610mm

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『The Bible, Almenia』(1992) C-print 610×508mm

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『Harley-Davidson』(2012) C-print 508×610mm

── 近年では、写真でなく、絵画の制作にも熱心ですね。
実は9.11の日にフィンランドから帰国して以来、海外にしばらく行っていなかったんです。そんなときに、美術史家の伊藤俊治さんに「そろそろ海外に行ったほうがいいよ、ドイツに難民が増えて、アーティストが刺激を受けている」と言われて、コロナ前にベルリンに滞在してみたんです。僕はキース・ヘリングが地下鉄にグラフィティを描いたりしていた時期にNYに行って、そのときに親父のカメラを借りて写真を撮って、そのまま(デザイナーをやめて)写真家になったんだけど、そのときの雰囲気が、ベルリンにありました。みんな絵を描いていて。それに感化されて画材を買って……。それがきっかけです。周りに画家が多いので、発表するのは怖いんですけど。
── どんな絵を描いているんですか?
抽象絵画ですね。ハート、円、花とか、モチーフはあるけどそれを抽象化していくというか。具象的なものを描くと、写真に支障が出るかな、と思ったりして。「写真は光の抽象、形態の具象」だから。

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『The Sun and the Moon』(2022) oil on canvas 1,000×808mm

── 最近はInstagramの更新頻度も高いですよね。
僕のヒーラーの友達に勧められて始めてみました。嫌なこともあると思うけどやってみたらって。確かに、やってみると、邪気があるなと思いました。彼の話だと、念を飛ばせるらしいんですよ。悪意を持った人がやれば、みんな傷ついちゃう。
だから、僕は自分の投稿に、想定読者がいます。エレン・フライスやアンダース・エドストロームなど外国の友人、そして〈DEE'S HALL〉の土器典美さんや料理家の麻生要一郎さんら日本の友だち。じゃないと、闇に投げるような気持ちになっちゃうから。友だち宛に送る絵葉書に近い感じですね。
その時代を生きているんだから、その時代のツールを楽しんだほうがいいかなって。もちろん、フリーランスだから、仕事だと思って、宣伝の気持ちも少しあるけど。SNSに合う表現ってなんだろうって考えるのも楽しいしね。一方で、ある意味すごく軽い時代だから、こうやって展示を見せていかないと、重層的になっていかないなとは思う。
── それこそ、恭司さんのInstagramを見た新しい世代の人たちも、展示会場に足を運ぶと思います。
特に「こう見て欲しい」とかはないのですが、展示空間がすごくいいでしょう。自然光が降り注いで。開かれた環境なので、かつての媒体(雑誌や写真集)でご覧いただいた作品も、違った見え方になるかもしれません。なにより、気軽に訪れてほしいですね。手前にカフェもあるし。

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