「名選手、名監督にあらず」を覆したスーパースターと言えば?

「名選手、名監督にあらず」を覆したスーパースターと言えば?

  • Sportiva
  • 更新日:2021/01/13

現役引退を表明したスポーツ選手が指導者の道に進もうとしたとき、その理由について、たいていこう答える。

「恩返しがしたい」

◆世界のスーパースター「天才ランキング」

それまで選手として携わってきた競技に、指導者になって「還元したい」というわけだ。

どこまで本気でそう考えているのか。その心中はこちらで推察するしかないが、いずれにせよ、"恩返し"がお安く使用される傾向があることは確かだ。

だが、"恩返し"は簡単な話ではない。選手と指導者とでは、求められる資質や適性が大きく異なるからだ。それに、指導者、特に監督を目指そうとしているすべての人が、その競技の進歩、および普及・発展に貢献できる能力を備えているわけではないのだ。

そこで思い浮かぶ言葉が、"名選手、名監督にあらず"である。

そして、この格言がどのスポーツより当てはまるのが、サッカーだ。どれほど優れた選手であったとしても、監督として現役時代と同様、あるいはそれ以上の実績を残した人物は非常に少ない。

サッカーほど、試合の結果や内容が監督の采配に委ねられるスポーツも珍しい。はたして、そんなスポーツにあって、その格言を覆した存在はいるのだろうか。

まずは、名選手の証として認知されているバロンドールの歴代受賞者に目を通してみた。この中に、のちに監督となり、「名将」と呼ばれた人はどれほどいるのか。

監督として、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)での優勝回数が最も多いのは、ジネディーヌ・ジダンだ。ボブ・ペイズリー(リバプールで3度優勝)、カルロ・アンチェロッティ(ミランで2度、レアル・マドリードで1度優勝)と並ぶ優勝3回は、チャンピオンズカップ時代を含めて史上最多の優勝回数となる。

2015-2016シーズンの途中、レアル・マドリードはラファエル・ベニテス監督を解任。ジダンはその後任の座に就いて、スター選手ぞろいのチームをうまく束ね、欧州一に導いた。続く2016-2017シーズン、さらには2017-2018シーズンも、ジダンはCLを制して3連覇を飾る。

CLが1992-1993シーズンに幕を開けて以来、連覇はこれが初。一時代を築いたチームはなかった。そういう意味では、ジダンは監督として貴重な存在になる。

ただ、CL3連覇という偉業を、ジダンはさほど労せずして達成した印象がある。それまでに監督として築いた実績は、レアル・マドリード・カスティージャ(レアル・マドリードの下部組織)で残したものしかない。新人監督同然の立場で、欧州一の名門クラブの監督になり、その戦力によって、あっさりとCL3連覇という偉業を達成してしまった感がある。

その後、これまたあっさりと監督の座を自ら退いてしまうが、2018-2019シーズン、ジダンの後任として指揮を執ったサンティアゴ・ソラーリ監督が成績不振で解任の憂き目に遭うと、ジダンは再びレアル・マドリードの監督の座に収まった。翌2019-2020シーズンも指揮を執り、リーグ戦こそバルセロナの失速も手伝って優勝することができたものの、CLでは決勝トーナメント1回戦で、ジョゼップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティの軍門に下った。

おかげで、監督ジダンの評価は、CL3連覇という偉業を達成しながら、いまだ確定されていない、不思議な状況にある。監督としての欲や野望を垣間見ることができない、どこか控え目に映る珍しいタイプの監督でもあり、"名選手、名監督なり"なのか、現状では確固たる答えは出てない。

バロンドールの最多受賞回数は、リオネル・メッシ(これまで6回)とクリスティアーノ・ロナウド(5回)が出現するまでは、3回だった。該当者は、ヨハン・クライフ、ミシェル・プラティニ、マルコ・ファン・バステンになる。

いずれも名選手中の名選手だが、この中でプラティニはフランス代表監督を4年間(1988~1992年)務め、1990年イタリアW杯出場を逃して、ユーロ1992はグループリーグ敗退。自ら代表監督の座を辞し、その後は監督業から離れていった。

ファン・バステンはオランダ代表監督を4年間(2004〜2008年)務めた他、アヤックス、ヘーレンフェーン、AZで采配を揮ったが、主なタイトル獲得はなく、これといった実績は残していない。その後、2015年にオランダ代表のアシスタントコーチに就任するも、2016年には退任。現在もFIFAの役職に就いているようだが、具体的な仕事はなく、現場へ復帰する様子も見られない。監督業に魅力を感じていないように見える。

ともに"名選手、名監督なり"とは言えない。

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欧州のスーパースター、ヨハン・クライフ。指導者としても手腕を発揮した

バロンドールを3回受賞した3人の中では、クライフが一番存在感を発揮した、監督らしい監督だったように思う。何と言っても、発信力に優れていた。「ドリームチーム」と呼ばれたバルセロナの監督として、攻撃的サッカーを掲げ、その普及に尽力した。1991-1992シーズンには欧州一にも輝いている。

監督を辞めたあとも、BBC等で解説者、コメンテーターとして活躍。なぜ"攻撃的サッカー"でなければならないのかを、哲学的な視点に基づき鋭く評論した。

筆者も3度ほど話をうかがったことがある。"攻撃的サッカー"の発信者らしい、布教精神に富む内容だった。それでいて、押しつけがましさはなく、少年らしい朗らかな口調が印象に残る。

没後5年近く経過するが、世界にはなお、クライフイズムを信奉するファンで溢れている。"名選手、名監督なり"と称するに、最もふさわしい存在かもしれない。

クライフがバルセロナの監督をしていた時代、選手として活躍していたグアルディオラは、同チームの監督になってからも2度、欧州一に輝いている。バロンドール級のスーパースターではないが、"名選手、名監督なり"に近い存在と言える。

クライフが攻撃の中心選手だったのに対し、グアルディオラはより後方に位置する守備的MF。その分、監督グアルディオラの姿は、現役時代から十分想像できた。

しかし、クライフは監督になる姿を想像することが難しかった。メッシやC・ロナウドしかりである。アタッカーとして活躍する選手に、将来の監督像をイメージすることは難しい。

バロンドール級のスーパースターと言えば、大抵アタッカーだ。言うなれば、将来の監督候補ではなさそうな選手たちである。"名選手、名監督にあらず"になりがちな要素が、そこに垣間見えるような気がする。

まさしくクライフは、例外中の例外と言える。

グアルディオラに代表される、「バロンドールには届かなかったが、記憶に残る名選手」で、監督としても十分な実績を残しているのは、ディエゴ・シメオネだ。

元アルゼンチン代表のキャプテンと言えば聞こえはいいが、現役時代はとにかく狡猾で、荒ぶっていた。よく言えば闘将、ファイターだったが、アトレティコ・マドリードの監督として高い評価を得る現在の姿を、当時イメージすることはとてもできなかった。

現役時代のポジションは守備的MF。タイプは異なるがグアルディオラと一緒だ。比較的、優れた監督を輩出しているポジションであることは間違いない。

身長174cm。現役時代、攻撃的MFジダン(身長185cm)の背後で影のように動き回った守備的MF、ディディエ・デシャンも"名選手、名監督なり"の概念に適合する人物だ。

フランス代表のキャプテンとして、1998年フランスW杯、オランダ・ベルギー共催のユーロ2000で優勝。そこで現役生活にピリオドを打つと、翌年モナコの監督に就任。2003-2004シーズンには、さっそく同チームをCL決勝に導き、世間を驚かせた。

2012年に就任したフランス代表監督としても、2018年ロシアW杯を制している。キャプテンとして、監督として、欧州一、世界一に輝いている。

バロンドールを1度受賞し、レアル・マドリードの監督としてCL3連覇を果たしたジダンと、現役の監督としては甲乙つけがたい関係にある。

ジダンは48歳で、デシャンは52歳。現代の"名選手、名監督なり"を巡る両者の攻防に、今後も注目である。

杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki

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