上野由岐子北京金413球から13年、伝説第2章へ「ソフト人生ぶつける」

上野由岐子北京金413球から13年、伝説第2章へ「ソフト人生ぶつける」

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2021/07/22
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日本対オーストラリア 先発し力投する上野(撮影・鈴木みどり)

<東京オリンピック(五輪):ソフトボール・日本8-1オーストラリア>◇21日◇1次リーグ◇福島あづま球場

新型コロナウイルスの感染拡大で史上初の1年延期となった東京オリンピック(五輪)が21日、「上野の1球」で始まった。全競技を通じた“開幕戦”の舞台に、3大会ぶりに実施競技となったソフトボールの上野由岐子投手(ビックカメラ高崎)がオーストラリア戦の先発マウンドに立ち、勝利投手となった。08年北京五輪では伝説となった「上野の413球」で金メダルを獲得。22日で39歳となるレジェンドが、無観客開催となった逆風の祭典で13年ぶりの頂点を目指す。

◇   ◇   ◇

空白の13年。募り募った思いが凝縮された85球だった。2日間を1人で投げ抜き、伝説となった北京五輪の決勝から4717日。また上野は五輪の舞台に立っていた。「このマウンドに立つために取り組んできた。試合前はワクワク感しかなかった」。東京五輪開幕を告げる1次リーグ初戦の対オーストラリア。その1球目は外角に外れた。

初回はコースを狙いすぎ、1死一、二塁から連続死球で1点を失った。「もっと大胆に」と開き直ってからは本来の姿を取り戻した。4回1/3を投げ、2安打1失点で7三振を奪った。8-1で5回コールド勝ち。勢いを生む開幕戦の白星を呼び込んだ。

「いろいろな思いがあった。背負っているものをすべて受け止めることができ、逆にすごく楽しめている。やっとこの舞台に戻って来られたとの思いが強い」

あの北京の後。次の五輪からソフトボールは消え、次の目標を失った。燃え尽き症候群。何げない時にも選手としての限界を思った。ふと漏らした事がある。

「ソフトボーラーとして完結しているなと思う時がある。北京で泣いて以来、涙もろくなった。前はドラマとか見ても泣けなかったが、最近は高校野球とか見ても頑張っている感を感じて泣けてくる。昔は泣くことがタブーというか、弱さを見せたくなかったが、人の話で感動することが多くなった」

涙は柄じゃない。北京の前は、ほとんど湧くことのない感情だった。だからこそ「もう自分は追っているもの、高めていけるものがないのか」とも思った。

やる意味を模索し、去就に悩んだ。そんな時、宇津木麗華監督から「続けることに意味がある」との言葉をかけられた。もはや上野は唯一無二の存在。投げているだけで、現役でいるだけで、大きな意味がある。「選手としてはこれ以上はない」と思っても、全てを背負い、受け入れると決めた。苦手だった後輩指導も積極的に担うようになった。14年春には左膝を痛めて引退も覚悟した。それでもソフトボールのため、五輪復活のためにと前を向き、ここまで突き進んできた。

宇津木監督からは「上野がいて、初めて優勝という夢がかなう」と託された。期待される金メダルは「使命」。24年パリ五輪では再びソフトボールは実施競技ではなくなるだけに、今回にかける思いは強い。「悔いのないように。ここまで積み重ねてきたソフトボール人生をぶつけて戦っていきたい」。伝説の第2章が始まった。【上田悠太】

<北京五輪からの歩み>

◆08年8月 北京五輪の準決勝の米国戦を延長9回、続く決勝進出決定戦のオーストラリア戦を延長12回完投。米国との再戦となった翌日の決勝でも7回を投げ抜き、計413球の熱投で金メダル。

◆09年8月 16年リオデジャネイロ五輪でのソフトボール復活を目指すも、IOC理事会で採用競技から漏れる。

◆11年3月 自宅のある群馬・高崎で、東日本大震災を経験。

◆13年9月 東京五輪招致決定。野球・ソフトボールの追加実施に向けて招致活動。

◆14年春 日本代表合宿で左膝を痛めて離脱。

◆16年5月 肉離れで戦線離脱し、その後の世界選手権欠場。

◆16年9月 日本リーグ史上初の通算200勝を達成。

◆18年8月 千葉で行われた世界選手権決勝で、米国相手に延長10回完投も、サヨナラ負けで銀メダル。

◆19年4月 リーグ戦で打球を顎に受けて骨折し、手術。

◆20年3月 東京五輪1年延期が決定。

◆20年12月 パリ五輪から野球・ソフトボール競技除外が正式決定。

◆21年4月 リーグ戦で右脇腹を痛める。

◆21年7月 東京五輪初戦でオーストラリア相手に5回途中1失点で、日本に勝利をもたらす。

☆上野由岐子(うえの・ゆきこ)1982年(昭57)7月22日、福岡市生まれ。九州女高(現福岡大若葉高)を経て01年にルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)に入社。世界選手権は12、14年に金メダル、06、10、16、18年は銀メダル。174センチ、72キロ。

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