ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で準決勝へ駒を進めた日本。ここまでは盤石の戦いで相手国を圧倒してきた。野球世界一を決める今大会は、パブリックビューイングを開くスポーツバーにとってまさにかき入れ時。ただ、客の盛り上がりは昨年のサッカーワールドカップほどではないらしい。店主に聞いてみると、日本が強すぎるが故のぜいたく(?)な悩みもあるそうで…。

WBCイタリア戦のパブリックビューイング。点差が広がると、試合の途中で席を立つ人もちらほら=16日夜、神戸市中央区古湊通1、スポーツカフェバー「スポルテリア」
■大谷、ダルビッシュ…歴代最強
今回で5回目となるWBC。日本は大谷翔平やダルビッシュ有、ラーズ・ヌートバーらタレントぞろいで、歴代ナンバーワンの戦力とも言われる。アメリカもかつてないほどのスター選手が名を連ね、大会としても過去一番の注目度だ。
今大会、日本は準々決勝までの5試合を東京ドームで戦い、準決勝から舞台をアメリカに移す。
球場に行けない人でも臨場感を楽しめるパブリックビューイングは、国際大会のたびにスポーツバーなどで開かれ、ファンの間で一つの観戦スタイルとして定着している。
記憶に新しいのが昨年のサッカーワールドカップカタール大会。神戸市内のスポーツバーには多くのサポーターが集い、現地のスタンドに負けないくらいの熱い声援を送っていた。
今回のWBCも多くのスポーツバーが事前に予約を受け付け、大画面で試合を中継している。
アメリカ行きを懸けた16日夜のイタリア戦、JR神戸駅近くの「スポルテリア」には約40人の野球ファンらが集まった。試合は9対3で勝利し、大谷のセーフティーバントや岡本、吉田のホームランなどに店内が沸いた。
■来店者はW杯より半減
日本はこれまでの5試合、いずれも6~9点差をつけて快勝した。1次ラウンドの韓国戦は3点を先制されたものの直後に逆転し、最終的には13対4で破った。歴代最強という前評判を裏付ける戦いっぷりで、テレビの視聴率も記録的な数字をたたき出している。
なのに、パブリックビューイングの活気がサッカーワールドカップほどではないとはどういうことか。大会の途中で決め付けることはできないが、スポルテリア店主の安永英治さんと理由を考えてみた。
まず、予約の電話の数からしてかなり違うという。W杯では毎試合で全60席が完売し、キャンセル待ちが出るくらいの盛況だった。一方、WBCはこの5試合で予約が入ったのは30席くらい。当日に訪れる人もいるが、来店者数はW杯の方が倍近く多かった。
安永さんは「W杯はもうドイツに勝ってからがすごかった。ひっきりなしに電話がかかってきて、断らざるを得ない状況でした」と振り返り「野球は、ナイター中継をお茶の間のテレビで、という昔ながらのイメージが根強くあるのですかね」と推察する。
■勝って当たり前?文化の違いも
試合結果から分かる何よりの違いが、大会の展開だろう。W杯日本代表は初戦で格上のドイツを破り、そこで一気に社会の注目が高まった。一方でWBC日本代表は大会前から優勝候補だ。投手の層も厚く、打撃の破壊力も底知れない。
安永さんは「ジャイアント・キリング(番狂わせ)があったW杯と比べると、WBCは何となく勝ってあたり前な空気がありますね」と話す。
いわゆる「にわかファン」の存在も店としては大きいという。サッカーと比べて、野球はルールや専門用語が多い。
「サッカーは点が入れば盛り上がれるというか、シンプルな印象があって、ある意味分かりやすい。野球は複雑に感じ、ライトなファンは取っつきにくいのかも」
取材した側の肌感覚でも、昨年のW杯と今年のWBCはパブリックビューイング会場の一体感に差があるように感じた。
W杯のクロアチア戦。神戸市内にある別のスポーツバーには青いユニホーム姿が目立ち、店主の男性がサポーターたちを盛り上げた。店内が一体となり、おなじみの「ニッポン!」コールや「オーオオオオーオー」という応援に声を合わせていた。
対してWBCイタリア戦は、安永さんが侍ジャパンの帽子をかぶっていたくらい。プロ野球のひいき球団のユニホームを着る人こそいても、代表ユニホームは1人だけだった。
所属球団での選手応援歌を口ずさんだり、勝利の瞬間や得点シーンにハイタッチをして喜びを分かち合ったりはするものの、侍ジャパンには共通の応援があるわけでもない。
「どちらが良いというわけではありませんが、野球ファンは一つ一つのプレーをじっくり、ゆっくり楽しんでいるような感じですね。もちろんビッグプレーが出ればサッカーに負けないくらい盛り上がります」
■客単価は1・5倍高いけど
ただ、来店する人の数はW杯の方が多くても、客単価はWBCの方が1・5倍くらい高いらしい。
大きく差があるのが試合時間。サッカーは前後半で90分程度だが、野球はたいてい3時間を超える。WBCのイタリア戦は3時間24分だった。サッカーのロスタイムやハーフタイム、仮に延長戦を加えても及ばないだろう。
さらにサッカーは常に試合が動き、片や野球はイニングごとに隙間の時間ができる。店にとっては注文する時間の余裕ができる分、飲み物や食べ物を買ってもらえる。
しかし今回のWBCでは誤算もあった。圧倒的な強さを見せつけている日本。一方的な試合展開になり、勝負がついてしまうと、試合の途中で帰る人も出てくる。
「やっぱり、ひりひりするような試合の方がお酒が進むみたいで。ライバルの韓国が1次ラウンドで散ったのも痛いですね」
それでも「大谷人気」は確実な追い風だ。大谷が投打二刀流で先発出場することが分かってから、イタリア戦の予約数は倍増した。
安永さんは、アメリカでの準決勝、決勝も日本が勝ち続ける限りは店を開ける予定だ。ただプレイボールは現地時間の午後7時から。日本はそのころ、まだ朝の8時だ。
安永さんは「一番お客さんが入りにくい時間ですね…」とつぶやきつつ「日本は本当にすきがない。1人のファンとしては強すぎるに越したことはないのですが、お店としてはできればビールが進むような熱戦を制して優勝してほしいですね」と冗談めかして笑う。
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21日(日本時間)の準決勝。日本は、1次ラウンドでアメリカを破ってグループCを1位通過したメキシコと対戦する。