《不審死は48人》元看護師の被告は障害者病棟への異動後、なぜ出会い系サイトを頻繁に利用し“自暴自棄”になったのか

《不審死は48人》元看護師の被告は障害者病棟への異動後、なぜ出会い系サイトを頻繁に利用し“自暴自棄”になったのか

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/11/25

耳と鼻の穴に綿棒を使って洗剤を…元看護師の被告が精神鑑定で語った“本当の恐怖”「人を殺した私がこんなこと言う資格ないですが」から続く

横浜市神奈川区の旧大口病院で、入院患者3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させたとして、殺人罪に問われた元看護師の久保木愛弓(あゆみ)被告(34)。10月1日から同月22日にかけて横浜地裁で公判が開かれ、検察側は死刑を求刑したが、11月9日の判決では無期懲役の判決が下った(その後、検察側が控訴)。

【画像】他の入院患者の耳と鼻の穴に綿棒を使って洗剤を詰めたという久保木被告

事件が発覚したのは、2016年9月20日。午前4時、4階病棟に入院していた八巻信雄さん(当時88)の容体が急変し、死亡した。その際、投与中だった点滴袋の中身が泡立っているのを看護師が不審に思い、調べたところ、袋のゴム栓に注射針であけたような穴を発見。神奈川県警に通報を入れている。司法解剖の結果、死因は中毒死であることが判明。体内と点滴袋からは、院内で使用されている消毒液「ヂアミトール」の成分である界面活性剤が検出され、殺人事件へと発展した。

No image

旧大口病院 ©共同通信社

神奈川県警が捜査を進めるなか、捜査線上に浮上したのが、同院で看護師として勤務していた久保木だった。2018年6月30日、2回目の任意聴取中に自供。同年7月7日に逮捕、12月7日に起訴に至る。

同院では2016年7月から事件発覚までの3カ月間で、不審死した入院患者が48人にものぼる。他にも被害者がいる可能性もあったが、事件発覚時には多くの遺体が火葬済みだった。結局、立件できたのは八巻さんの他、興津朝江さん(当時78)、西川惣蔵さん(当時88)の3名のみ。

岩波明氏は、久保木被告の精神鑑定を担当。その詳細な記録をもとに、稀代の大量殺人犯の深層心理にリアルに迫る。(全2回の2回目/前編から続く)

◆ ◆ ◆

久保木被告が鑑定中に示したのは、まさに統合失調症「急性期」の症状でした。

それでは、一体どのタイミングで被告は「前駆期」に入り、「急性期」へと移行したのか? 犯行時はどのような精神状態にあったのか?

それを検討するために、まずは被告の人生を振り返ってみます。

どこにでもいる普通の子供

久保木被告は1987年1月7日生まれ。幼少期を茨城県で過ごし、県内の公立小学校に通っていた。小学校6年生で神奈川県伊勢原市に転居。中学は公立中学に、高校は県立高校へと進学した。

幼い頃は、集団で遊ぶのが苦手なものの、近所の子供たちとは楽しく遊んでいたようでした。

小学校の入学後も特筆すべきことはありません。要領はよくなく、友人は少ないものの、どこにでもいる普通の子供といった印象です。学校の通知表には、次のような担任のコメントが並んでいます。

〈穏やかで自分の考えを押し通そうとせず、友達と仲良く助け合って生活しています〉(小1)

〈人の気持ちを思いやる心が育ってきており道徳の発表などは、随所で優しさが光っています〉(小2)

〈物静かですが、しっかりと話を聞き、しっかりと考えて的確な行動をとることができます。また自分の意見をはっきりと主張できるのも立派です〉(小4)

中学入学後は、学校で親しい友人が4人できたようです。声優が好きで、声優のライブに友達と行ったこともあったようでした。

〈友人関係は安定し、日常の諸活動や、体育祭等にも、みんなと協力して、しっかり取り組むことができました〉(中1)

幼少期から高校まで、対人面での重大な障害は見られなかった

ところが高校に入学後、クラスに馴染めず、孤立してしまった。1人で過ごすことが多くなり、アガサ・クリスティーなどの推理小説を好んで読んでいたそうです。

一方、学外ではファストフード店、スーパーで各1年ずつアルバイトをしており、特にスーパーでは経営者から可愛がられていた一面もあった。場所によっては、きちんと適応できていたと言えます。

検察による鑑定では久保木被告はASDとされていますが、幼少期から高校までの記録を見ても、そのような痕跡は発見できませんでした。

ASDであれば通常、行動や興味の強いこだわり、コミュニケーション障害など、なんらかの特徴が子供の頃から見られます。本人や家族の話を聞く限り、対人面での重大な障害は見られなかった。学校の成績も特別良いわけではありませんが、中位レベルを保っていました。

障害者病棟での仕事内容が合わず、精神が不安定に

「大人になってからは、看護職にこだわりがあった」と検察側の鑑定は指摘していましたが、通常のASDにみられるこだわりとは全くレベルが違います。例えば、自閉症を扱った映画『レインマン』では、主人公が毎日の食事を必ず決まった順序で食べるシーンがある。行動パターンに異様なこだわりがあるのです。

そもそもASDは、誤診が非常に多い。検察側の鑑定は、ほとんど素人的なものに思えました。

高校卒業後、看護専門学校に進学。2007年4月に正看護師免許を取得し、看護師となった。

専門学校卒業後は、横浜市内の病院へ就職。3年目で配属された障害者病棟での仕事内容が合わず、精神が不安定に。2014年4月8日、精神科クリニックを受診し、抑うつ状態と診断を受ける。その頃は、休職や、系列の老人ホームや診療所への異動が続いている。

看護師免許を取得したのは、母親の希望

高校卒業後、看護師免許を取得したのは、「手に職をつけてほしい」という母親の希望が大きかったようでした。専門学校へは、当初は自宅から通い、2年次からは寮で生活をしていました。

注目すべきは、学校での成績です。全体としては中位ですが、科目によって偏りがあった。学科の成績を見ると、30科目中C判定が3教科で、他はA判定かB判定(判定はAが最高、Cが最低)。それが実習になると、14科目中9科目がC判定となっている。被告は「あらかじめ決められた手順をこなすことはできるが、臨機応変な対応を求められると混乱する」とも話していました。緊急事態が生じやすい看護現場には、明らかに向いていないのです。

最初の病院に就職後、配属された回復期リハビリテーション病棟では、ごく普通の看護師として働けていた。作業スピードは遅いですが、業務自体は難なくこなせていた。人間関係については、同僚とカラオケに行ったり、USJに遊びに行くこともありましたが、友人と言えるほど親しくはならなかったそうです。

統合失調症における「屈曲点」

問題は、就職して3年目。久保木被告は病院内の障害者病棟に異動しています。障害者病棟では、患者の容体急変が度々ありましたが、急変時の処置や家族への説明が適切におこなえなかった。さらには、患者の死に直面することになります。

「自分の看護が行き届いておらず、自分のせいで患者が死んだのではないか」――被告は次第にこう思い悩むようになり、抑うつ気分、不安、不眠などが出現し、仕事を休みがちに。2014年4月にうつ病と診断され、その後休職しています。

恐らくここが、統合失調症における「屈曲点」です。

つまり、久保木被告がうつ病での通院を開始した頃、統合失調症の最初のプロセスに入っていたと考えられます。うつ病と統合失調症はそれぞれ別の疾患ですが、統合失調症の前駆症状として、うつ病やうつ状態が見られることは稀ではありません。精神医学の世界では「若年者ではうつ病のように見えても、統合失調症を疑え」と教わります。

出会い系サイトの利用が頻繁に

うつ病を発症してから、久保木被告の精神状態、社会適応度は明らかに変化しました。

久保木被告は、もともと出会い系サイトを利用することがありましたが、障害者病棟に異動になってからは利用が特に頻繁になった。出会い系で出会った男性とはその場限りのお付き合いをすることが多く、自暴自棄になっていたようです。

また、抑うつ気分と不安感に加えて、思考・行動の抑制、集中力の障害がみられるように。調子の悪さや朝の辛さを自覚するようになり、結局、仕事を続けられる状態ではなくなりました。2015年4月、系列の診療所を退職します。

2015年5月8日、旧大口病院に採用されて勤務を開始。配属されたのは、終末期医療を専門とする4階病棟だった。多くの患者が会話に不自由であり、寝たきりのまま点滴につながれている状態だったという。

久保木被告の精神鑑定を担当した、昭和大学医学部精神医学講座主任教授・岩波明氏による「殺人看護師の精神鑑定」の全文は「文藝春秋」2021年12月号と「文藝春秋digital」に掲載されています。

(岩波 明/文藝春秋 2021年12月号)

岩波 明

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加