フリーランスでも労災は受けられる? 文化芸術分野で働く人に知ってほしい社会保障の話を解説

フリーランスでも労災は受けられる? 文化芸術分野で働く人に知ってほしい社会保障の話を解説

  • CINRA
  • 更新日:2022/12/02
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Text by 生田綾
Text by 韓光勲

映像業界など、文化・芸術分野で働く人にはフリーランス(個人事業主)が多い。しかし、フリーランスが加入する国の保険(社会保険)は、会社員のものと比べて保障が手薄であるため、ケガや事故などのトラブルでリスクを被る可能性も高い。そして、こうした労働法に関する知識は業界内で広く共有されていないのが現状だ。

「Japanese Film Project」(JFP)は、フリーランスとして働く際に必要な知識を得るためのオンライン講座をスタートさせた。JFPは映像業界の労働問題、ジェンダー、ハラスメント問題改善に取り組んでおり、映画業界の製作現場におけるジェンダー調査なども行なっている。

オンライン講座第1回目のテーマは「社会保障」。

福岡大学法学部の山下慎一教授(社会保障法)を招き、オンライン講座が行なわれた。

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山下さんは『社会保障のトリセツ』(弘文堂、2022年)という、難解な社会保障を具体的な場面からたどる解説本を出版したばかり。趣味はサッカー観戦で、わかりやすく正確な知識を社会に広く伝えることを目指している。

山下さんの講座のレポートを通してフリーランスの働き方を考えてみたい。

フリーランスと会社に雇用された「労働者」。法的には一体、どこがどう違うのだろうか。

じつは、両者はまったく異なるものだ。法的には「労働者」は「会社に雇われた人」を指すもの。フリーランスは法的には「労働者」ではないのだ。そもそも、法的な意味での「労働者」には、①「労働基準法上の労働者」と、②「労働者組合法の労働者」の2種類がある。

山下さんは、「日常用語では『労働』は『働くこと一般』ですが、労働基準法上の『労働』、労働組合法上の『労働』など法的な意味で言う『労働』は、意味するところがそれぞれ違うのです」と話す。

では、組織に属さないフリーランスと「労働者」には、どんな違いがあるのだろうか。

まず、労働基準法(労基法)上の「労働者」は、最低賃金や労働時間規制、産休や育休、労働者に関する社会保険など、「労働」に関連する法律の保護を手厚く受けることができる。

たとえば、最低賃金。会社員であれば労基法が適用され、賃金の最低額が保障されている。しかしフリーランスの人に労基法は適用されないため、例えば1時間あたり500円で働いていたとしても、法令違反とはならない。休む暇、寝る暇がなくても、そもそも法律の適用外のため、労基法違反にならないのだ。

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そして「労働者」は、労働組合を結成することができる。雇用主側と団体交渉をする権利やストライキなどによる民事・刑事免責など、労働者の組合活動は法的に保護されている(一方、少しややこしいが、労働基準法上は労働者ではなくとも、労働組合法上は「労働者」である場合もある。日本プロ野球選手会、日本プロサッカー選手会などが該当し、プロ野球選手会は2004年、古田敦也選手会長のもとストライキを行なった)。

フリーランスには、労働組合法は適用されないことが多い。フリーランスが集まって労働組合をつくっても、会社に雇用された「労働者」ほど活動が守られないという一面がある。つまり、フリーランスでつくった労働組合が団体交渉をしようとしても、会社側に応じる義務はなく、「無視してもいい」ということになる。

労働組合法とは、組織に対して弱い立場である「労働者」を守るための法律だ。

「会社と会社員を比べると、会社の方が立場が強いですよね。一対一で対峙させると、会社員が負けてしまう。そのため、一対一ではなく、複数人以上が集まって会社に対して要求を行なう組合活動が保護されているのです」と山下さんは説明する。

労働基準法、労働組合法上の「労働者」に当たるかどうかは、契約の名称などではなく、働き方の実態を見て判断される(そうでなければ、雇う側が恣意的に契約の名称を操作し、法律の適用から逃れることができてしまうためだ)。しかし現実問題として、フリーランスは労働基準法、労働組合法の「労働者」には当てはまらないとされることが多いため、これらの保護を受けることができない。これだけでも、フリーランスは法的に不利で弱い立場になることがわかるだろう。

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オンライン講座での資料より

そして、フリーランスと「労働者」(=会社員)では、受けることができる社会保障も異なる。

社会保障とは、年金や医療保険、雇用保険、労災保険、生活保護など、国民の生活の安定を社会全体で支える制度のこと。保育所も社会保障の一部で、一般的に言うところの「福祉」と言ってもよい。

例えば、フリーランスは国民年金だが、労働者は厚生年金だ。老後に受け取ることができる年金は平均で10万円ほども違う(国民年金は月5.5万円、厚生年金は月15万)。

雇用保険(いわゆる失業保険)は会社に雇われた「労働者」しか入れず、フリーランスに対しては失業時の生活費支援も弱い。

労災に関しても同様だ。

「『労働者』は自動的に労災保険に入りますが、フリーランスは仕事中の傷病への保障がないと考えていい」と山下さんは話す。

「プロサッカー選手やプロ野球選手がけがをしても、『労災』とはならないのです。ケガをした場合のことが契約に入っている場合もありますが、労災保険の対象となる意味での『労災』には当たりません」

さらに医療に関しても、労働者は健康保険だが、フリーランスは国民保険だ。次のページで紹介するように、国保にはなく、健保にしかない給付もある。

「最終的には生活保護がある」とはよく言われるが、日本は生活保護制度が脆弱で、機能不全に陥っているといわれている。

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では、フリーランスが困りごとに直面するのは、具体的にどのような場面だろうか?

山下さんが講座で例に挙げて説明したのは、以下の3つのケースだ。

会社員であれば、仕事中・通勤中にケガを負ったり病気になったりした場合、労災保険で収入の約8割が保障される。私生活上のケガ・病気でも、健康保険で給料の3分の2が保障される(通算1年半まで)。

しかし、フリーランスは基本的には収入の保障はない(市町村の国保は原則なし。一部の国保組合では実施)。

つまり、フリーランスの場合、ケガや病気によって仕事ができない場合、基本的には休業中の収入に対する公的な保障はないのだ。

そして、出産による休業、育児による休業でも同じく、収入の保障はない。

会社員であれば、仕事・通勤によって障がいを負った場合は、労災保険と厚生年金の両方が適用される。私生活上の原因でも、厚生年金の障害年金がもらえる。

一方で、フリーランスは国民年金の障害年金のみ。受け取ることができる金額は収入に関わらず一律の金額で、最高でも「月額8万円」程度。そして、障がいの重さが3級以下の場合、金銭的な保障はない。ここでもやはり、会社員のほうが手厚く支援されるようになっている。

ではもし、事故や病気などで死亡してしまった時はどうなるのか?

会社員は、仕事・通勤による死亡であれば、労災保険と厚生年金の両方が適用される。私生活上が原因で亡くなったとしても、収入に比例して厚生年金の遺族年金を遺族は受け取ることができる。子どもがいれば国民年金も受けられるという。

しかしフリーランスの場合は、仕事が原因で亡くなったとしても、私生活が原因だったとしても、国民年金の遺族年金などしかない。この遺族年金はそもそも未成年の子どもがいなければ受給できず、金額は一律だ(子どもの数に応じて加算はある)。つまり、未成年の子どもがいなければ、より低い金額の給付(寡婦年金や死亡一時金など)しか受けられないということだ。

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山下さんが解説するように、フリーランスはケガや病気で働けなくなったときや、障がいを負ったときなど、さまざまなケースで保障がない。あったとしても非常に薄いのが現状だ。

その背景には、①フリーランスは労災保険に加入できないこと、②国民健康保険に収入保障がないこと、③フリーランスの公的年金である国民年金が一律給付で、厚生年金より低いこと――が理由にあるという。

「とはいえ、国民健康保険、国民年金は『フリーランスにとっては非常に重要な頼みの綱』です」と山下さんは念を押す。

「フリーランスであれば、たとえ収入が低くなってしまって保険料が払えない場合でも、手続きを必ずして納付の記録を残してください。そうすれば乏しいとはいえ、その記録をベースにしてそれなりに存在する給付を受けられる。手続きなしの未納というのは税金の未納と同じような状態で、行政から督促や差押えなどの処分を受けるリスクがあるうえ、公的な保険を受けられなくなってしまうので、絶対に手続きはしてください」

また、労災保険には「特別加入」の制度がある。一定の手続きをして、自分で保険料を支払えば労災保険に加入できるのだ。

対象となる業種は、中小事業主とその家族従業員、個人タクシー運転手、大工の一人親方、宅配代行など。

そして、2021年4月から、アニメーターや俳優などの芸能関係者、映像フリーランス、音楽家なども特別加入の対象となった。

特別加入では保険料を自分で払う必要があるが、給付内容は「労働者」と同じで、通勤中に発生した労災も保障対象だ。公的保険は財源が潤沢なため、遺族年金や障害年金など、一定程度働けなくなった人に生涯にわたって年金が支払われる制度であることは、大きなメリットだという。

注意するべき点もあるが、フリーランスであれば、一度検討してみる価値はありそうだ。労災の特別加入に関しては、厚生労働省のサイトやJFPが公開した記事を参考にしてほしい。

JFP「映画がドラマの仕事中に、怪我や病気をしたら【労災の特別加入】」
令和3年4月1日から労災保険の「特別加入」の対象が広がりました|厚生労働省

映像業界をめぐっては、経済産業省が主導して、映連など業界団体が制作現場の労働環境是正のため「映像制作適正化機関(仮)」設立を準備している。

一方、「Japanese Film Project」(JFP)が映像業界従事者を対象に今春実施したアンケート調査では、「映像制作適正化機関」が現在提示しているルールには、「社会保険」や「労災」などの対策が不足しているとの意見が多く寄せられていたという。

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JFPの資料より

フリーランスという働きかたには、「自由な働きかた」ができるというメリットがある。受託先や依頼主を自分の判断で選択できて、仕事のペースも自分で決めることができる。

しかし、その反面、福利厚生、社会保障などの点で会社員(法的な労働者)と同等の権利を受けることができないというのが実情だ。発注元である請負先と個人のフリーランスのあいだではパワーバランスもあり、請負先から不当な扱いを受ける可能性もゼロではない。

山下さんは、「フリーランスこそ、自分に適用されるしくみを知り、公的保険や民間保険を活用することが必要」と訴えた。

さらに、こうした社会保障の課題は文化芸術分野で働くフリーランスの人に限られたものではなく、世界全体が働きかた、社会保障のあり方の過渡期にあるという。

「近年、UberEatsなど、ギグワーカーやクラウドワーカーが増えています。さらに企業側の副業解禁や、テレワークも増大している。さらにはAI(人工知能)によって労働力が置き換えられる可能性もある。

働きかた、生きかたはこれまでとは根本的に変わってきていて、会社員/フリーランスという分け方はいずれ意味をなさなくなるかもしれません。世界的に社会保障の過渡期にあるなか、これからの行動が大きな変化をもたらす可能性もある。どのような立場であっても、無関心ではいられないということですね」

働きかたが多様化し、フリーランスが増えている現在の社会。社会保障のありかたを含めて、あるべき働きかたを個々人が考えていく必要がありそうだ。

<今回の講座は「トヨタ財団2019年度イニシアティブプログラム」の助成を受けた研究成果の一部で、NPO映画界で働く女性を守る会、副理事の畦原友里さんが聞き手となった。>

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