「ベトナムでプロ生活を終えようか」 引退考えた松井大輔がFリーグ入りを決めたワケ

「ベトナムでプロ生活を終えようか」 引退考えた松井大輔がFリーグ入りを決めたワケ

  • THE ANSWER
  • 更新日:2021/09/15
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FリーグのYS横浜に加入した松井大輔【写真:編集部】

「自分らしさを一番に」 ベトナムで考えた現役引退を撤回

ベトナムリーグのサイゴンFCに所属していた元日本代表の松井大輔が14日、Fリーグ1部のY.S.C.C.横浜(YS横浜)への加入会見を行い、「子どもに戻ったときのようなワクワク感や楽しさをピッチで表現できるのではないかと思った」とフットサルプレーヤーへの転向理由を口にした。

松井はこの日、全身黒のスーツ姿で登場。会見の冒頭でいきなり飛び出したのはロックダウン中のベトナムで考えていた自身の進退についてだった。

「今回、いくつかオファーがあったなかで本当はベトナムでプロ生活を終えようか迷っていました。この1年で引退ということを考えたときもありました。でもそんななか、違う道、また違う挑戦をさせてもらえることに自分としては感謝しています。

ベトナムでやめようと思ったときに『ここで終わっていいのか』という思いと、日本のサッカーとフットサルからオファーの話が来て、自分の道を考えたとき、自分らしさを一番に、そして残り長くないサッカー人生をどのように進めばいいのかということを考えた結果、子どもに戻ったときのようなワクワク感や楽しさをピッチで表現できるのではないかと思ったので(フットサル転向を)決めました」

大先輩である三浦知良選手の存在も大きかった。松井は「カズさんに相談したのか?」という質問に「連絡しました」と回答。「面白いんじゃないかという話をしてくださって。フットサルはすごく難しいけど大輔ならできるよ、と言ってくれた」と背中を押してくれたことを明かした。そして「フットサルを楽しみたいし、盛り上げられたら」と現役引退ではなく、新たな道を選択するに至った。

松井のサッカー人生は常に挑戦の連続だった。23歳でフランスのル・マンに移籍してからはロシア、ブルガリア、ポーランド、ベトナムと常に新たな扉を開いてきた。40歳を目前にした昨年、同年代の選手たちが現役引退を発表するなか、ベトナムのサイゴンFCへの移籍発表は周囲を驚かせたが、それこそが松井らしさだった。

苦しんだ先に見えたフットサルへの新たな挑戦

しかしベトナム挑戦は決して平たんではなかった。翌日のトレーニングさえ確定しないもどかしさや監督交代劇もあったが、何よりコロナ禍の影響は大きかった。日本とは異なり、一人でも陽性者が出るとその区画ごとに封鎖された。最初は封じ込めることに成功していたが、少しずつ陽性者が増えていくとついにロックダウンになった。その影響でリーグ再開のメドも先が見えない状況だったという。

「外に出られない苦しみは致命的だった」

今年の6月に始まったロックダウンは現在も継続中。自宅から一歩も外には出られず、軍が運んできた食事を食べる生活を送っていたという。体を動かせるのは屋上と非常階段の踊り場だけ。そこで外の空気を吸いながら、体幹トレーニングができるだけだった。

松井の苦しみは会見で口にした言葉から十分に伝わってきた。

「どういうサッカー人生を歩めばいいのか。何が合っているのか」

それでもやっぱり松井らしく、最後にはチャレンジする道を選んだ。

「チャレンジしたいし、もっと楽しみたい」

39歳でベトナムへ旅立った松井は今、40歳になった。孔子はかつて“四十にして惑まどわず”と言ったが、松井もまた自身のサッカー人生を顧みて、その実績に自信を持ち、進むべき道を確信したのかもしれない。

「挑戦が始まるということでワクワクしているし、サッカー人としてまた子どもに戻ったときのようなプレーができれば面白いなと思うので、ぜひ見てもらえたらうれしいです」

ボールを持ったら必ず1対1を仕掛け、切れ味鋭いドリブルでサイドを切り裂く。あのワクワクするプレーでサッカー界を沸かせた松井が、今度はフットサル界を魅了してくれるに違いない。(THE ANSWER編集部)

THE ANSWER編集部

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