重度のアルコール依存症から抜け出したラッパー。酒を1日4L飲んで失った「仕事と信用」

重度のアルコール依存症から抜け出したラッパー。酒を1日4L飲んで失った「仕事と信用」

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2022/06/23

◆コロナ禍で増加したアルコール依存症

No image

新潟県を拠点に活動する、ラッパー・USUさん(42)

近年、コロナ禍で浸透した“自宅飲み”の影響で、アルコール依存症またはその予備軍の人たちが増えたと指摘する声がある。厚生労働省の「アルコール健康障害対策」によれば、その定義は「大量のお酒を長期にわたって飲み続けることで、お酒がないといられなくなる状態で、精神疾患のひとつ」とされている。

実際、アルコール依存症になると仕事や生活にどのような支障が出るのか。自身の経験を語ってくれたのは、新潟県を拠点に活躍するラッパー・USUさん(42)だ。かつてはアルコールに溺れるがあまり心身ともボロボロになり、音楽活動の「引退」を表明したUSUさんであったが、周囲に支えられて再起。音楽活動を再開し、アルコール依存症の治療へ取り組んでいる。

◆波紋を読んだ引退ツイート。1日4L飲酒が日常的に

日本最大のヒップホップの祭典「B BOY PARK」への出場や、一斉を風靡したラップバトル番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)への出演など、MCバトルでも数々の功績を残してきたUSUさん。しかし、2018年9月17日にツイッターで「USUは引退させて頂きます」とはじまる悲痛な一文をつぶやき、一時は音楽活動から離れた。その背景にはアルコール依存症があったそうだ。

――引退ツイートをした当時は、どのような状況だったのでしょうか。

USU:ツイートした日付けは、今もはっきり覚えています。ただ、つぶやいた瞬間の状況となると……。飲みに飲みまくって意識もない状態だったと思いますね。元々、ツイート自体は下書きしていたんですよ。投稿のボタンさえ押せば、いつでもつぶやける状態にしていて。当時は、前妻と離婚してから、彼女との間にできた息子とも会えない日々の苦しさからお酒へ逃げるようになって、「いつ引退してもいい」と考えていました。

――そもそも、自覚している限りではいつ頃からお酒へ溺れるようになったのでしょうか。

USU:治療の一環で記録を付けているのですが、はっきりと断酒を決めたのが「2020年10月15日」だったので、その3〜4年ほど前からだったと思います。もちろん、以前からお酒は嗜んでいたんですよ。ただ、ちょうどその頃から酒量が増えはじめました。初めは、帰宅後の晩酌に飲んでいた350ml缶のビール1〜2本が500ml缶になり、次は4本に増えていって。ビールに加えてハイボールにも手を出すようになり、それでも足りず、しまいにはストロング系チューハイをの500ml缶を一晩で8本も飲むようになりました。

◆酒を1日4L飲んで失った信用

No image

重度のアルコール依存症に苦しんだUSUさん。現在の妻と交際中のとき、「嘘をついてまで酒代をせびっていた」と語った

――毎晩、4Lものお酒を飲んでいたと。それほどの酒量だと、生活サイクルも変わりそうですよね。

USU:例えば、コンビニにお酒を買いに行くじゃないですか。酒量が増えていった当初はその日飲むぶんだけを買っていくんですけど、万が一、足りなくなったときにコンビニで「また来たよ……」と思われるのが嫌だから、20本ぐらいまとめて買うようになるんですよね。どうしても切れてしまったときは、缶の底に残っているわずかなお酒をかき集めて飲んでいました。

当時は現在の妻と交際していましたが、色々と迷惑もかけました。嘘をついて、酒代をせびっていたんですよ。「携帯代が払えない」と相談して、本当は1万円ちょっとで済むのに「3万円」と要求して、残ったお金を酒代にあてたこともありました。すべてが悪循環だったなと思います。

――日常生活に変化がある一方で、仕事に支障が出たことはなかったんですか?

USU:後輩が主催していたクラブイベントへ茶々を入れるため遊びに行き、ライブ中に「お前、下手くそだな!」とお客さんも見ている前で罵声を浴びせたりとか、ステージから引きずり出されたりとか……。週末に開催していた昼間からのライブやクラブイベントでは、飲み過ぎて楽屋で潰れて、出演者やスタッフが完全撤収してからようやく起きるみたいな日もありました。先輩としての示しが付かないといいますか。地元ではすでにラッパーとしてのキャリアもだいぶ上の方でしたけど、かなり迷惑をかけていたと思います。

――泥酔していた瞬間の記録などは残っているんでしょうか?

USU:イベントの記録は残っていませんが、酩酊状態で幻覚を見ていたときの音声はボイスメモに残っています。無意識のうちに録っていたんですよ。「大きな口の女が窓から部屋を見ている」とか「目ン玉の大きな女が横を通り過ぎた」とか、明らかにもうろうとした口調で意味不明なことを自分が話しているんです。治療をはじめてから、アルコールの「離脱症状(禁断症状)」の一種だと分かったんですが、後輩に音声を聞かせたときは、だいぶ引いていました。

◆突然倒れて命の危機に。「治さないとヤバイ」と覚悟

――ある種“お酒に支配されている”かのような生活をしていたUSUさんが、アルコール依存から抜け出そうと考えたきっかけは何でしたか。

USU:断酒をはじめた「2020年10月15日」の半月ほど前、その年の9月末にぶっ倒れたんですよ。10日間ぐらい水も飲まずお酒だけ飲み続けていたら、自宅で動けなくなったんです。実家の敷地にある離れで独り暮らしていて、何とか這いつくばって両親の元へたどり着き、救急車を呼んでもらって。病院で「腹水」が原因だと分かりました。

内臓がかなりのダメージを負っていたので、入院中は鼻から管を通されて体内の水分を出していたんですが、そのときに思ったんですよね。「俺、本当に何やってんだろう」って。両親や現在の妻にすすめられて断酒をしようと思ったことがあっても何度も失敗していましたし、「もう絶対にダメだ。アルコール依存を認めて治さないとヤバイ」と思い、治療を決意しました。

――そこから本格的に治療へ取り組み、現在へ至るわけですね。実際、どのような治療へ取り組んでいるのでしょうか。

USU:日々どのように気持ちが変わっているのかなど、記録を付けていますね。断酒とは言っても、お酒を完全に断つのではなくて「1日24時間、断酒してみよう」と初めに教わりました。とにかく、飲みたくても「その日だけ我慢しなさい」と。今は、その「24時間断酒」が何百日間と続いている感覚です。時折、イライラやめまいに苛まれることもあり、離脱症状を抑える薬も服用しています。また、飲酒欲求が起きるのは「Hungry(空腹)」「Angry(怒り)」「Lonley(孤独)」「Tired(疲労)」が込み上げてくる瞬間とも学んで、それぞれの頭文字を取った「HALT」を、7thアルバム(2022年1月リリース)のタイトルに込めました。

――薬以外でも、離脱症状を抑えるために工夫していることはありますか。

USU:飲酒欲求がどうしても湧いてくるときは炭酸水を飲んだり、空腹をまぎらわせようとしています。空腹が満たされると、乗り越えられるんですよ。現在の妻も協力してくれているので、ありがたいです。以前は彼女もお酒を飲んでいましたけど、自分がアルコール依存症の治療をはじめてからは、スッパリお酒を辞めて。離脱症状に悩んでいるときは「何か好きなもの食べに行く?」と促してくれます。

――夫婦二人三脚で治療に取り組んでいるんですね。それでも、周囲との付き合いなどで飲み会に誘われるときもあると思いますが、今はどうしているのでしょうか?

USU:断酒をはじめてから約1年2ヶ月半後、2021年末に久びさの飲み会へ参加したときは辛かったですね。飲み会は2時間くらいの予定でしたけど、1時間半ほどで帰りました。コーラやソフトドリンクを飲んでみんなと会話していたんですけど、やっぱり時間が経つとテンションが合わなくなってくるんですよね。「俺がいるから飲むのはやめよう」となってほしくはなかったし、昔話をしながらみんなが楽しんでいるのに、返しが冷たくなっている自分に気が付き「危険だな」と思いました。

◆断酒して「優しくなった」と言われるように

No image

断酒を始めて1年半以上経ったUSUさんは、周りから「優しくなったと言われるようになった」と語った

――アルコール依存に陥り、身体が悲鳴を上げたのをきっかけに治療へ取り組み続けている今。ここまでを振り返ってみて、長かったですか。

USU:長かったと思います。ただ、定期的に「断酒会」というアルコール依存症に悩む人たちの自助グループへ参加していて、そこでの話を聞くとまだまだだなと思うんですよ。年代も性別もさまざまな人たちがたがいの近況などを報告するんですが、数十年にわたって治療している方もいるんです。なかには、30年間も断酒していたのに「飲んでしまった」と打ち明ける方もいて、どれほど時間が経っても、飲酒欲求は消えないんだと感じています。

――今なお、離脱症状に苦しむときもあるかと思いますが、治療をはじめてから気持ちの面で変化したと思う部分はありますか。

USU:他人の気持ちが分かるようになったのかなと思います。周りからもよく「優しくなった」と言われるんですよ。結局、人って支えてもらっているわけじゃないですか。1人では何もできないし、現在の妻や両親、仲間がいなければ、今も毎日のようにお酒を浴びるほど飲んでいたと思うんです。また、後悔はあるんですけど、アルコール依存の経験があってよかったとも考えているんですよ。お酒に頼っていた時期は「何で俺のことを分かってくれないんだ」とひたすら孤独を味わっていたけど、今は、当時の経験をプラスに変えて行かなければと思っています。

◆断酒に終わりはない。認めて、誰かに打ち明けてほしい

――音楽活動では、引退からの復帰作『Too Late』(2021年1月リリース)が転機を象徴していたのかと思います。「もう戻れないさ 夢半 でも」「蝕むアルコール 飲む1人で嗚咽」「また羽ばたきてぇ」といったフレーズからは、アルコール依存に陥っていた当時の様子やUSUさんの決意を感じられますが、この曲にはどんな思いを込めたのでしょうか。

USU:制作していた当時はすでに治療をはじめていましたけど、自分の中では「復帰していいのかな」と迷いもあったんですよ。でも、やっぱり音楽の道へ戻ろうと決めて。そこで、復帰したときに「今まで何をしていたの?」と聴かれるのが嫌だったので、経験や思いを感じたままに歌詞にしていきました。治療で通っている「河渡病院」の名前を出したのもその理由からですし、自分の歩みを示したかったのが一番でしたね。

――現在も治療は続いていると思いますが、最後に、アルコール依存症の“克服”へ取り組む一人として、今「ひょっとしたら自分も…」と不安を抱える人たちへメッセージをお願いします。

USU:早いうちに認めること、そして誰かに話すことが大事です。治療はその先でいいと思うんですよ。わずかでも、心の中で「アルコール依存症かもしれない」と思うなら疑ってみるべきだし、実際に違うなら最高じゃないですか。みなさんの周りにも信頼できる家族や仲間がいると思いますが、全部を受け止めてくれる人に打ち明けて、すすめられたら病院へ行くのもいいと思います。

取材・文/カネコシュウヘイ

【USU プロフィール】

新潟のヒップホップグループ・HIGH de CREWのメンバーとして音楽活動を開始し、日本最大のヒップホップの祭典「B BOY PARK」への出演をきっかけに地元・新潟から全国へ活動の幅を広げていく。グループの活動休止後、2007年7月の1stソロアルバム『247-U N’I To You-』リリースなど、ソロ活動を本格的にスタート。MCバトルでも数々の功績を残し、2022年1月には7thアルバム『HALT』をリリース。

ツイッター:@USU_aka_SQUEZ

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加