「彼女、何かがおかしい...」面接に来た女性の強烈な違和感。疑念を抱いた人事担当者がとった行動とは?

「彼女、何かがおかしい...」面接に来た女性の強烈な違和感。疑念を抱いた人事担当者がとった行動とは?

  • mi-mollet(ミモレ)
  • 更新日:2023/03/19

平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。

第11話 偽る女

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「今日はご苦労様でした。当社としても、高宮さんにとても期待しているので、入社の意志が伺えてよかった。書類の提出があるとはいえ、わざわざご足労をおかけして申し訳なかったね」

神保町の社屋の玄関で、内定者の彼女を人事担当者として見送る。夕方とはいえ、外はもう薄暗くなっていた。

「傘はお持ちですか?」

雨に気づいて尋ねると、リクルートスーツを着た彼女は少し表情をやわらげて首を振った。新卒入社面接の、最終意思確認が済んで気が緩んだのだろう。面接室の外で見れば、小柄でほっそりした肩がいかにもまだ学生という様子だ。

「いえ……でも大丈夫です、走りますから」

「傘をお貸ししますよ。健康診断か内定式にでも返却してくだされば」

「いいえ! 大丈夫です、あの、お返しするのが遅くなりますから」

「たしかにちょっと先か……。高宮さんの通勤予定経路、お茶の水駅ですよね? ああ失礼、人事部ってのは内定者の書類を隅々まで読みすぎて記憶してしまうんです。僕もお茶の水駅なので、そこまで一緒に行きましょう。こんな土砂降りですよ、スーツが台無しになります。なに、3分で鞄と傘2本を持ってここに戻りますから。駅で返してもらえばオールオーケーです」

「そんな、恐縮です、私は大丈夫ですから……」

僕は軽く手を上げると、高宮桃香をロビーに残して、デスクに戻った。

――少々、強引だったかな? こんな45のおじさんが、セクハラって言われたりして……。

心配しながらも傘を2本持ち、早足で再びロビーに戻ると、高宮桃香は所在なさげにソファーに浅く腰掛けていた。ハーフアップの髪の毛先を、落ち着かない様子で何度も触っている。

僕はほっとして、傘を差しだした。

……どうしても、彼女に確かめたいことがあったのだ。

人事担当者の因果と慧眼

「高宮さんは、どうしてうちの会社に決めたんですか? いや、ほら正直な話、あなたほどの学歴と資格があったら、ほかにもいろいろ可能性があったでしょう? 社長も役員も、こんなに優秀な方が入社してくれて大喜び。高宮さんには期待していますよ」

僕はお茶の水駅までの道を、高宮桃香と並んで歩いた。大通りよりも近道なので、山之上ホテルの裏手の坂道をのぼる。街路樹が強い雨に打たれていた。

高宮桃香は、やはり人事のオジサンと歩くのは気まずいのだろう、面接とは打って変わって言葉少なだった。

「……一番話を聞いていただけたように感じたんです。社員の方が皆さん、私の話を熱心にきいてくださって、嬉しかったです」

少々意外な回答に、僕は「へええ、それはよかった」と笑顔で応じた。わが社は老舗の繊維商社で、社員数は数百人ほどだが、親会社が大きいので、比較的安定している。商社、という響きが良く聞こえるのか、かなりの学生が入社試験を受けにきてくれるが、高宮桃香の経歴や資格はひときわ良いものだった。関西の超難関国立大学法学部を出ていて、英検1級。高校時代にイギリスに留学経験もあるという。

それほど華やかな経歴を持ちながら、当の彼女は「エリート勘違い学生」にありがちな選民意識のようなものがなく、非常に謙虚な人となりと優秀な経歴で、経営陣の目に留まった。

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「僕はずっと人事畑なんです。だからたくさんの学生と話をしてきましてね。今ではだいたい、10分も話せばその人がどういう人なのか、ときにはどこの大学卒なのかまでイメージできるようになりました」

「え? そんなことがわかるんですか?」

高宮桃香は驚いた様子で、傘ごとこちらを見た。

「はは~、まあ、それは言い過ぎかなあ、ちょっと盛ってしまいました。でも、何万人も会って、本気でお話してきましたからね。ちょっとした勘は養われてると思いますよ。

人事っていうのは因果な仕事でね、その人の生い立ちや住所、学歴、抱いている夢、そんなもの全部知ってしまうんです。でも、会社に入ったら、そんなことはおくびにも出さず、同会社の仲間として働く。そうするとね、壮大な『答え合わせ』をしているような気になります」

「答え合わせ……?」

言いたくなかった一言「高宮さん、あなたの……」

高宮桃香の中に、これまでなかった微かな苛立ちが見てとれた。そりゃそうだ、いくら内定先の人事とはいえ、さして親しくないおじさんが、着地の見えない話をしているのだから。

「採用試験で拝見した人柄や経歴、能力が、入社して数十年単位でどうやって開花するのか、どう活きるのかがわかるんです。ああ、あれは口ばっかりだったんだな、という場合もあったりして、反省することもある。そういうのを見破って、適材適所にすることが人事の役目ですからね。本質を見て、たとえわが社で不採用にしたとしても、結果的にはその人のためになるんだと信じています」

「……人事担当者って、凄いんですね。いい気分ですか? みんなが入れてくださいってきて、選び放題なんだから、楽しいですよね」

高宮桃香の声のトーンが、はっきりと一段階、低くなった。今、彼女の何かに少しだけ触れた。

「……でも、10年に一度くらい、こちらの予想を超えた、とんでもない『悪意』に遭遇することがあるんですよ。暗い、こちらの善意も熱意も希望もまるっと裏切るような、とんでもない怪物が来る。

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そういう人は、入社してから、お金や情報を持ちだしたり、同僚を退職や自殺するまで追い詰めたりする。なぜ、こいつを入社させてしまったんだと、歯ぎしりしたくなるような気持ちになるんです」

「……それが全く見抜けなかった、ってことですよね? でも仕方ないですよね。嘘なんていくらでもつけるんですから。人は結局、他人の本質なんて絶対に見えないですよ」

僕は、足を止めた。

「――高宮さん、君の経歴は、すべて偽物ですね?」

「……何をおっしゃってるんですか?」

『高宮桃香』は怯えたような、驚いたような顔でこちらを見た。語尾が少し震えている。

「今日の提出書類に、大学の在学証明書とあったはずですが、高宮さんはお持ちじゃなかった。資格証明書も、未提出です。あなたは素晴らしい経歴だったけど、まだ何一つ公的な証明書を出していない。入社までに後送すればいいというのが、そもそも性善説に則った日本らしい方法なんです。それはこちらも呑気ですよね」

「そんなことは……あの、失礼なことを言わないでください」

「あなたが書いた大学の学部学科は、じつは僕の娘が通っているんです。僕の地元でね、祖母の家に下宿していまして。僕にちっとも似ず、優秀なんですよ。ちょっと気になって、クラスの名簿を見せてもらいました。高宮桃香は、在籍してなかった。失礼なことをしてごめんなさい」

彼女はうつむいて、唇を噛みしめている。僕は前を向いて、彼女の顔をなるべく見ないように続けた。

「あなたが2次選考に残ったとき、私は面接官として入りました。うまく言えないけれど、あなたが入社した後のイメージがまったくつかなかった。並べられるエピソードや経歴が、あなたの人となりとちっとも重ならなかったんです。

経歴というのは、その人が選択した積み重ねの歴史なんですよ。だからその人の本質が見えるにしたがって、納得感が上がっていきます。こんなおじさんが、唯一身に着けた職業上の特殊スキルってやつですね」

僕は、彼女が走って逃げたい、しかし傘を借りているために投げ捨てていいものか、ととっさに迷っているのが分かった。その律義さが、いいなと思った。だからこんな風に並んで話す機会が来て良かったと思った。大ごとになる前に。断罪される前に。

「誰も、気づいていませんよ。でも、履歴を偽って入社するのは重大な違反です。バレれば即解雇だろうし、訴えられることもある。……そんなことはお分かりでしょうが。あなたはとても賢い方だから」

「……賢くなんてありません。私、高校も中退です。親の顔もわからないし、パスポートさえ持ってないし、留学なんて夢のまた夢。本当は……」

「そうなんですか? 面接、見事でしたよ、うちの幹部はみんな騙されていますからね。英語だって上手に話してたじゃないですか」

「付き合ってた男がフィリピン人だっただけです」

高宮桃香は、多くは語らなかった。でも僕にはわかる。彼女はきっと、うちみたいな会社で働きたくて、本当の名前で何回も挑戦したのだろう。でも学歴で、経歴で門前払いされつづけるうちに、心が削れてしまった。彼女の話を聞いてくれるところは、何処にもなかったのだろう。

彼女の孤独を、奮闘を、願いをきいてくれる社会は、何処にも。

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「高宮桃香さん。内定は、辞退ということでよろしいですね? 皆がっかりすると思いますが……『ご家庭の事情』では仕方ない」

素直にこくんと頷く肩は、小さく震えていた。今ならば、僕がどやされるだけで収めることができる。最初は出来心だったのかもしれない。まさか内定するとも思わなかったのだろう。でもこのまま後に引けなくなって、もし証明書を偽造したりしたら……。今日、彼女と個人的に話す時間ができたことを、僕は感謝した。

人事担当ができることなんて、その程度だ。彼女の人生を手助けすることも、知らないフリをして入社させてやることもできやしない。不甲斐ない。

「僕は、じつは途中入社なんです。最初はもっとずっと小さな会社で人事をしていました。一生懸命働いていたらその経験を買われて、30歳で転職したんですよ。だからうちの会社の生え抜きの社員とはちょっと毛色が違うかもしれない。その分、仕事に打ち込んできました。まあ、学閥とかに縁がないし、出世レースからは程遠いですが……社会って意外に頑張ってると道が拓けたりもするんです。ドアは一つじゃない。別ルートがあるんですよ。大丈夫です」

僕が言っていることは甘い戯言に聞こえるだろう。実際に、きっとそうなんだろう。それでも、僕は伝えたかった。

「反論したそうですね? 聞きましょう、いくらでも。そのくらいしか僕はできない」

私の言葉に耳を傾けてくれたから、うちの会社を選んだと言った彼女。きっとそれは本当のことだ。人事担当の勘が働く。聞こうじゃないか。踏みつけられ続けた彼女の嘆きを。痛みを。

雨はいつの間にか止んでいた。僕たちは、そのままお茶の水の夜の歩道を、いつまでも歩き続ける。

【第12話予告】
深夜のファミレスで、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。次第に「聞いてはいけない話」になり……?

イラスト/Semo
構成/山本理沙

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佐野 倫子

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