12年周期でなくてもOK「大規模修繕」の大誤解

12年周期でなくてもOK「大規模修繕」の大誤解

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/03/19
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マンション居住者が安心して暮らすためには、今後マンションをどのように維持管理していくのかが大きな課題となっている(写真:ABC/PIXTA)

国土交通省の調査によると、全国のストックマンション数は2021年末時点で約685.9万戸となった。そのうち築40年を超えるマンションは現在115.6万戸で、マンションストック総数の約17%を占める。同省は10年後には約2.2倍、20年後には約3.7倍へとさらに増えていくと予測している。

建物はもちろん設備の老朽化や空き室の増加、さらに居住者の高齢化も進行している。マンション居住者が安心して暮らすためには今後マンションをどのように維持管理していくのかが大きな課題となっているのだ。

管理不全に陥るマンションが増える中、マンション管理をわかりやすく「見える化」するため、2022年4月から新しい制度もスタートしている。国が主体となった「マンション管理計画認定制度」とマンション管理業協会の「マンション管理適正評価制度」である(参考:『マンションの資産価値に「管理」が重要になる理由』)。

申請については任意ではあるものの、マンション管理のあり方を再考する新たな局面を迎えているともいえるだろう。

具体的内容はあまり知られていない「大規模修繕工事」

マンションの管理について具体的な評価基準が定まる中、大きな意味を持つのが「計画的な修繕」、いわゆる「大規模修繕工事」と呼ばれるものだ。マンションの経年劣化に伴う、建物や設備の不具合を状況に合わせて補修するもので、周期や時期については明確に定められてはいない。建物の構造や立地条件次第で修繕の時期は異なるものの、一般的には12~15年の周期で実施するとされているものだ。

実際にマンションにお住まいの方や購入を検討している方なら、一度は「大規模修繕工事」について耳にしたことはあるだろう。また実際に管理組合の活動に携わる中、「大規模修繕工事」について頭を悩ませる場合もあるかもしれない。

とはいえ「大規模修繕工事」の言葉だけが独り歩きし、具体的な内容についてはあまり知られていない部分も大きい。加えて当社がお客様にお話を伺った経験上、工事について誤解をお持ちの方も少なくないように感じている。

次の項目からは、「大規模修繕工事」で勘違いしがちな点、誤解を受けやすいポイントに絞ってお伝えしていこう。

施工に早得、早割はない!適切な時期の見積もりを

マンションの資産価値を守るために欠かせない大規模修繕工事。しかし規模が大きければ当然、コストもかさむ。コロナ禍による流通の混乱やウクライナ危機など国際社会の混乱により、木材や鋼材などの価格は高止まりが続いている。さらに業界では慢性的な職人不足続く。人材の確保には人件費も必要になり、当然ながら工事費用にも響いてくることが考えられるだろう。

では、現状でいち早く見積もりを取ったほうがお得なのではないか?と考える方もいるかもしれない。答えは「ノー」だ。上がるだろう工事費用を見越した見積もりになってしまい、かえって負担が増えるケースも考えられる。

工事費用に「早割、早得」という考え方はない。施工が必要な時期に必要な内容で見積もりを取ることが、結果的に費用を抑えるという点を心しておきたい。同様に必要以上に急いで施工会社を決め、契約を取る必要はない。

施工会社の選定条件は?下請け会社の工事で大丈夫?

大規模修繕工事において、実際の工事を担うのは下請け会社ということは珍しくない。一般的に大手と呼ばれる施工会社に依頼した場合でも、まず1次下請けに業務委託を行う。さらに、各々の会社の専門分野、例えば外壁補修はA社、塗装はB社……と適切な会社に業務が振り分けられるのが一般的だ。

大手の施工会社だから安心?

大手の施工会社に工事を依頼するメリットは、安心と補償が得られる点だろう。しかしどのような会社でも実際の工事を手がけるのは現場の下請け会社、職人たちだ。だからこそ会社の規模よりも、現場を取り仕切る現場代理人に着目してほしい。

下請け会社や職人たちを束ね、求心力を発揮する現場代理人がいる現場で工事は成功する。会社の規模は無関係な部分とも言えるのだ。したがって会社のネームバリューにこだわるよりも、現場代理人の「人柄」にこだわるようおすすめしたい。

もう1つ、「よい施工会社に依頼するためにどうすればいいのか」というポイントについて質問を受ける機会も多い。よりよい施工会社を選ぶため、募集する際の条件、いわゆる「公募条件」を細かく設定すればいいのではないか、と尋ねられたことがあった。公募条件とは、公募期間や参加資格、工事の内容について記載し、施工業者を募るというものだ。

確かに、工事の概要を事細かに伝えるのは悪いことではないだろう。ただ残念ながら、あまり細かく厳しい条件を設定すると、かえっていい会社との出会いを逃しかねない。この条件が厳しければ厳しいだけ、「1つでも満たさないものがあると手を挙げても受注できる確率が下がるのではないか」判断する施工会社は少なくないためだ。

さらに条件設定が細かければ細かいほど、受注後もさまざまな要望が出てくるのではないかという危惧を業者に抱かせてしまう。公募条件を狭めても、いい施工会社に出会えるわけではないとお断りしておきたい。

会社の規模も確かに大切だ。しかし先ほどお伝えした通り、何より現場代理人など働く人材の「人柄」が工事の成否に大きく影響する。書類ですごく厳しく選考するというよりは、実際に会って話を聞いて、人となりを見ることが重要になってくる。コミュニケーションがしっかり取れるかどうかが施工会社の選考基準の1つとなるだろう。

セオリー通りの劣化診断は必要?春と秋以外の工事は可能か

大規模修繕工事では通常、施工1~2年ほど前に「劣化診断調査」を行うのが一般的だとされている。大規模修繕工事で補修する範囲や内容をチェックするものだ。もちろん、どこをどう補修するのかを事前に調査するのは大切な工程である。ただし、築年数や立地条件によっては、劣化診断を調査する必要がない内容もある。

例えば比較的築年数の浅いマンション、時期としては1回目の大規模修繕工事をまだ迎えていないマンションにおけるコンクリートの中性化試験もその1つだろう。

そもそもマンションのコンクリートは本来、アルカリ性である。しかし時間を経て大気中の二酸化炭素と化学反応を起こし、弱アルカリ性へと変化していく。コンクリートの中性化と呼ばれる状態だ。コンクリートが変質することで、内部の鉄筋にも影響を及ぼし、腐食が進みかねない。そこでコンクリートの中性化試験を実施し、コンクリートの中性化による劣化の進行具合を調べるのである。

重要な検査ではあるものの、もちろん費用負担が発生する。一般的にコンクリートの中性化により内部の鉄筋までの到達は60年と言われており、果たして築浅のマンションで行う意味があるのか疑問符がつく部分であるとも言える。

これは一例だが、劣化診断というのは大規模修繕工事が今必要かどうかを判断するために行うものであり、必ず行わなくてはならないというわけではない。時期によっては目で見てわかる範囲で十分な場合もあり、ケースバイケースで省ける検査もある。都度判断を行うことが大切になるのだ。

春工事、秋工事が一般的とされてきた

工事の時期についても同じことが言えるだろう。大規模修繕工事のスケジュールは、年明けに足場をかけ始めて、夏場暑くなる前に足場を解体する春工事、お盆明けに足場をかけて年末までに足場を外す秋工事が一般的だとされてきた。

そのため、この2つの期間はどうしても工事が込み合ってしまう。春工事、秋工事は現場代理人をはじめとする優秀な人材は引っ張りだこになるため確保が難しく、繁忙期ゆえ相応のコストも必要になる。

もし工事費用面での悩み、優秀な人材確保を希望するのならば春工事、秋工事という概念をなくすのも一案だ。別の時期に実施することで問題を解消できる可能性がある。

また工事日程とともによく質問を受けるのが、「夏場の大規模修繕工事はエアコンが使えないのですか?」というもの。大規模修繕工事においては、エアコンの取り外しをしたりすることはない。足場がかかるためストレスに感じる部分はあるかもしれないが、一時的に移動しなければならないなどといったことも必要ないため、安心してほしい。

大規模修繕工事の一般的な周期「12年」にこだわる必要はない

いまだにお客様から問い合わせが多い質問が「大規模修繕工事」とは何なのだろうか、というものだ。

実は建築業界に「大規模修繕工事」と呼ばれる工事内容に該当するものは、基本的にはないと思ってほしい。外壁タイルの補修工事や塗装・防水の工事、またシーリングの工事などの不具合箇所に足場をかけて一度にまとめて工事をするから「大規模修繕工事」と後に名付けられたに過ぎない。

翻って考えると、足場をかけて一度に行うから「大規模修繕工事」の効果があることになる。つまり足場をかけなくても直せる箇所であれば、特に大規模修繕工事に盛り込まなくてもいいのである。

直す必要がない箇所を「あえて」直していることも

例えば多くのマンションにおいて、鉄部を塗装、錆びた部分を補修して塗り直す工事は6年周期で組まれている。竣工から6年目に1度、その次の6年目に大規模修繕工事と重なるため、「そのタイミングでやりましょう」と計画されたものだ。

もちろん、当然12年目の大規模修繕工事での実施により、多少のコスト低減効果は期待できるかもしれない。ただ場合よっては、直す必要がない箇所を「あえて」直しているとも言い換えられる。

あえて足場をかけるタイミングにあわせて工事を行うのではなく、その時点での劣化状態を判断することが大切だ。結果、足場をかけなくても直せるという箇所に関しては足場をかけず、違うタイミングで直すというようなことを検討できる。そうすれば、できる限り修繕の周期を長期化し、修繕積立金の節約にもつながっていくだろう。

東京オリンピックやコロナ禍という事情から一時停滞していた大規模修繕工事。今、そのニーズが吹き出し、売り手市場、施工会社が有利な状態になりつつある。自分の住まいであるマンションを守り、適切に管理維持するためには、焦らずにその時点で劣化の状態を判定しながら工事を進めていってほしい。

(長嶋 修:不動産コンサルタント(さくら事務所 会長))

長嶋 修

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