世界一のサクソフォンへ 作り手の心を楽器に吹き込む 柳澤管楽器

世界一のサクソフォンへ 作り手の心を楽器に吹き込む 柳澤管楽器

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  • 更新日:2022/01/15
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柳澤信成
柳澤管楽器代表取締役社長
1952年生まれ。高校卒業後、外資系企業で営業を経験し、柳澤管楽器に入社。一貫して製造現場に携わる。1994年に社長就任(写真は左から研究開発室の村越聖さん、柳澤さん、佐藤幸宏さん)

「ようやく『世界に追いついたね』と言ってくださる方が増えてきました」と微笑むのは柳澤管楽器の柳澤信成社長。3代目で父の代から続くサクソフォン作りに力を注ぐ。戦後、見よう見まねで、まさにゼロからサクソフォンを作った父・柳澤孝信氏に、「本物を作りなさい」と言われ続けてきた。

今もその教えを守る。「手をかけないと良いものにならないんです」と口元を引き締めた。月に650本ほど作るサクソフォンは完全受注生産。少量多品種で、演奏家の好みを聞きながら作る。まさに手作りだ。

サクソフォンは1840年代にベルギーの管楽器製作者アドルフ・サックスが発明した。170年ほどの歴史は、バイオリンやピアノなどに比べると「新しい楽器」だ。「楽器としての完成度も発展途上と言え、まだ、いくらでも成長する可能性があります」と柳澤社長。作り手の工夫で、まだまだ改良する余地がある楽器だというのだ。

欧州で生まれたサクソフォンは、吹奏楽団などで使われていたが、米国でジャズと出会う。これが楽器として人気に火をつけた。名器と言われる楽器も生まれる。フランスのセルマー・パリ社が1950年代に生み出した「セルマー・マーク6」は今でもビンテージ・サクソフォンとして売買されている人気モデルだ。

軍楽隊の楽器を修理する ことが最初の仕事

日本における管楽器製造は、初代柳澤徳太郎が1896年(明治29年)に軍楽隊の輸入管楽器の修理を始めたのが起こりとされる。欧米との戦争が始まると楽器を輸入できなくなり、修理工房は楽器製造工場へと姿を変え、日本で管楽器生産が始まった。戦後、復員した2代目孝信氏が1951年(昭和26年)に楽器作りを志し、サクソフォン作りに乗り出した。

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柳澤管楽器がある東京・板橋は、もともとは軍需工場が多く集まる場所だったが、今ではすっかり住宅街になった。木造の住宅を改造して作業場にしているが、規模の拡大と共に周辺の木造住宅が柳澤管楽器の工場に変わっていった。本社周辺に行くと、YANAGISAWAの文字が入った作業シャツを着た従業員が、部品を次の作業場へと運んだり、完成した楽器を車に積み込んだりしている姿に出会う。

真鍮(しんちゅう)などの板材から細かい部品を作る工程などでは機械が活躍しているが、楽器の本体を作るのに板材を円筒状にして曲げたり、穴を開ける作業はすべて手作業。部品を本体に取り付けていく根気のいる作業も従業員一人ひとりが手でこなす。楽器に線で模様を彫るのも、もちろん手作業だ。工場と呼ぶよりも、作業場と言う方がふさわしい、手作り感満載の空間だ。

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線で細やかな模様を描いていく

そこで、分業して少しずつ楽器の形に仕上げていく。楽器が完成するまでに1カ月近くかかる。材料を調達する仕込みの段階から数えると半年近い時間が必要になる。「何しろ手間暇がかかる作業ですが、その手間を惜しんだら、絶対に良いものはできません」と柳澤社長は言う。

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サクソフォン製作で、板材を円筒状にして曲げたり、穴を開けたり、部材を取り付けたりするのは手作業で行われる

世界で認められる品質

今では、柳澤管楽器が作るサクソフォンは、世界でその品質が認められている。年間に製造する8000本近いサクソフォンのうち国内向けは3~4割で、海外向けが6~7割を占める。米国、フランス、英国、中国向けなどだ。

生活水準の向上と共に、中国の楽器市場は急拡大してきた。柳澤管楽器が本格的に中国に目を向けたのは2012年。中国・上海で開かれた楽器の展示会「ミュージックチャイナ2012」に、日本貿易振興機構(ジェトロ)の支援を受けて参加した。日本では高度経済成長期の家庭にはピアノが一気に普及したが、同様にさらに人々の暮らしが豊かになり多様化を求めるようになると、サクソフォンなどの楽器にも目が向くようになる。それ以降、急速に柳澤管楽器のサクソフォンも中国に輸出されるようになった。

固定観念を取り 考え直す

セルマー、ヤマハと肩を並べ、世界有数のサクソフォン・メーカーになった柳澤管楽器。だが、これで完成、という楽器は簡単にはできないのだという。まさにサクソフォンは常に進化し続けている楽器なのだ。

「素晴らしい『鳴り』を突き詰め、その先にどんな楽器を作り上げていくか。自分たちが作りたい本物の楽器は何なのかまだおぼろげにしか見えていない感じです」と柳澤社長は語る。

その音の追求に当たる従業員も置く。研究開発室の村越聖さんと佐藤幸宏さんだ。「固定概念をすべて取り払って考え直すところから始めています」と勤続20年になる村越さんは言う。「ネジ一つで音が変わるので、これまで作ってこなかった形状だったり、材料だったり、いろいろ試しながら、実際に音を出して確かめていく」(佐藤さん)のだという。

そうした作業から生まれた新商品が「WOシリーズ」。楽器の穴の場所を検討して設計し直すことで、理想的な音程や音色を実現したり、キーの位置をわずかに変えることで、演奏者の指の運びをスムーズにするなど、改良を加えている。

もちろん、プロの演奏家と共に開発を進めることもある。ライブで実際に使ってもらいフィードバックをしてもらっている。演奏家の声を直接聞くことで、さらに楽器を進化させていく。

100人ほどの従業員が働いているが、工場で手作りの作業をしている人たちには若い人も多い。もともと吹奏楽をやっていて、楽器が好きで柳澤管楽器で楽器作りを志した人たちだ。

同社のホームページにはこんな柳澤社長の言葉が載っている。

「作り手の気持ちや心が、作るという作業を通じて、楽器に入り込むと言ったら信じてもらえますか?」

まさに、サクソフォンを愛し、究極の音を求め続ける多くの職人の思いが、世界一の楽器を形にしていく。出来上がっていくサクソフォンを見ていると、彼ら彼女らの心が楽器に入り込んでいるように感じられた。

写真=湯澤 毅 Takeshi Yuzawa

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磯山友幸

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