息子に「親の期待に応える」人生を送ってほしくないと願う40歳母親に、鴻上尚史が「あなたの人生は?」と問うた理由

息子に「親の期待に応える」人生を送ってほしくないと願う40歳母親に、鴻上尚史が「あなたの人生は?」と問うた理由

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  • 更新日:2023/09/19
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鴻上尚史さん(撮影/写真部・小山幸佑)

息子に「親の期待に応える」人生を生きてほしくないと願う40歳の母親。だがそう願うのも親のエゴなのかと惑う相談者に、鴻上尚史が「これはあなた自身の相談」の真意は?

【相談196】息子に「親の期待に応える」人生を生きて欲しくないが、それも自分のエゴなのでは?(40歳 女性 迷える母)

どの相談も自分のことのようにはっとする想いで拝読しております。子育てについてのご相談なのですが、背景に私自身のことが関係していると思われますので、長くなり恐縮ですが前段から記載させていただきます。

私は40代共働きで小学生の一人息子がおります。これまでの人生は人や運に恵まれ、受験・就活・婚活・妊活・保活等をくぐり抜け、いわゆる「安定した家庭と仕事を持つ理想の娘」として生きてきたように思います。私自身、特に「どうしてもこれをやりたい!」ということも無く、人の期待を察して動くのが苦にならなかったため、親や上司の期待に応えてきた結果として相応の人生を歩んできたというところだと思います。ほどほどに安定してゆとりのある生活に不自由はなく、これからの息子のいる人生も楽しみでもあり、後悔というほどのものはありません。

ただ、振り返って考えてみると今までの受験校・就職先・結婚相手、今も仕事を続けている理由、どれも「親の期待を裏切るような選択はできない」という気持ちが大部分を占めるのです。40代にもなってと思うのですが、未だに両親から「先日(私に)連れて行ってもらった宿の話をしたら友人に羨ましがられた」「ゴルフ仲間の子供世代で一番年収が高いのはお前だ」等と言われると、恥ずかしいので自慢しないでほしいと思う一方、それが楽しみなんだったら期待に応え続けないわけにはいかない、という心持ちになります。

そこで心配になるのが、一人息子のことです。私自身のことは今更大きな不満もないですし、息子のためにも安定した生活を続けたいので良いとして、息子には同じような「親や周囲の期待に応える」が主軸の人生を送ってほしくない、と思ってしまうのです。世界を変えたり歴史に名を刻んでほしいということではなく、自分自身の好きなこと・やりたいことを見つけてそれを実現していってほしい。私だって親としては似たように安定した仕事と家庭を持ってほしいと思ってしまう気持ちもあるけれど、それをくみ取りすぎて親ががっかりするんじゃないか、という理由で選択肢を狭めないでほしい。

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今までそう思ってきたのですが、最近になって、これもある種の「リベンジ育児」なのではないかと不安になりご相談した次第です。自分が生きられなかった人生を子供に望む、ということであれば正にそうではないかと。親のエゴに振り回されないでほしい、というエゴなのではないかと。一人息子で性格傾向も私と似ているので、このままでは私と似たように「ほどほど」の人生を歩むような気がし、それはそれで安心なような、でも息子が40代になった時に、今の私と同じように「親の期待を裏切るような決断はできない」と思っていてほしくないな、と思う気持ちで揺れております。

長くなってしまい恐縮ですが、ぜひご助言いただけますと幸いです。

【鴻上さんの答え】
迷える母さん。いろいろと心配なさっていますね。でも、そんなに問題はないと僕は思いますよ。だって、迷母(とまとめますね)さんは、息子さんに「自分自身の好きなこと・やりたいことを見つけてそれを実現していってほしい」と思っているんでしょう。

「~をしろ」とか「◯◯になれ」ではなく、「あなたの好きなことを見つけて」ほしいと思っているんですよね。その選択肢の中には、迷母さんが選んだ「親の期待に応えながらほどほどに生きる」という生き方も入っていると思いますよ。

息子さんが、この生き方がいいと思ったのなら、それでいいと僕は思います。息子さんの選択を尊重するというのはそういうことです。

「そんな生き方は絶対に認めない、私が生きられなかった人生を生きなさい」と強制するなら、それは親のエゴですが、迷母さんはそんな言い方はしないんじゃないですか。

ですから、僕は息子さんの未来はあまり心配しなくていいと思っています。

迷母さん。それより僕は、「息子が40代になった時に、今の私と同じように『親の期待を裏切るような決断はできない』と思っていてほしくない」という文章がとても気になります。息子さんに関する相談ですが、じつは、迷母さん自身の相談じゃないかとさえ思ってしまいます。

迷母さん。「親の期待に応えること」と「親を大切にすること」は違います。多くの人は、ここを混同しています。

この「ほがらか人生相談」には、定期的にLGBTQ の人達から「親に関する悩み」が送られてきます。親は、子供に「普通の結婚」をして欲しい、早く孫の顔を見せてほしいと期待します。

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※写真はイメージです。本文とは関係ありません(iStock / Getty Images Plus) 作家・演出家の鴻上尚史氏が、あなたのお悩みにおこたえします! 夫婦、家族、職場、学校、恋愛、友人、親戚、社会人サークル、孤独……。皆さまのお悩みをぜひ、ご投稿ください(https://publications.asahi.com/kokami/)。採用された方には、本連載にて鴻上尚史氏が心底真剣に、そしてポジティブにおこたえします

けれど、「親の期待」には、子供は応えられません。でも同時に子供は「親を大切にしたい」と思っているのです。

一緒に買い物に行ったり、たわいないおしゃべりを楽しんだり、旅行に行ったりしたいと思っているのです。

「親の期待には応えられない」けれど、「親を大切にしたい」と思っているのです。

もちろん、親が「孫を見せられないような奴は許さない。勘当だ!」と関係を切ってしまったら、それまでです。親を大切にしようがありません。

でも、どんな形であれ、親との関係が続くなら、「あなたの期待には応えられないけれど、あなたをとても大切にしたい」と接することができるし、それはとても大切なことだと僕は思っているのです。

それはつまり、「親の言いなり」になる人生ではなく、是々非々で「これは親の意見に従い、これは私の思い通りにする。でも、だからと言って関係が険悪になるわけじゃない。だって、親のことをとても大切に思っているから」というつきあい方です。

「絶対に医者になれ」「地元で就職して同居しろ」「いい大学に入っていい会社に入れ」と、押しつけられた「親の期待」には応えられない。でも、それが親子関係の終わりではないという考え方です(繰り返しますが、親の方から関係を切ったら、子供にはどうすることもできません)。

迷母さんは、自分のことを「『親や周囲の期待に応える』が主軸の人生」であり「私自身、特に『どうしてもこれをやりたい!』ということも無く」と書かれています。

どうしてもやりたいことがなかったとしても、「なんとなくこれをやりたい」「とりあえずこれがいい」というものはなかったですか? それらの小さな希望のひとつひとつを、「周囲の期待」を優先してつぶしてはきませんでしたか?

その小さな痛みが積み重なっているから、息子さんの人生を心配しているんじゃないかと僕は思います。

そして、今も「親の期待とはズレる小さな希望」はあるんじゃないですか? だから、この相談を僕に送ってくれたんじゃないですか?

迷母さん。勝手な想像をしてごめんなさい。

でも、もし、少しでも「こんなことしてみようかな」と思うことが浮かんだら、息子さんの心配はさておいて、自分自身の小さな希望・欲望・願望を大切にすることから始めてみたらどうでしょうか?

それはうんと楽しいことだと思いますよ。

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鴻上尚史

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