80代の父が「脊柱管狭窄症」で歩行困難に...父の介護でとり戻していった“きょうだいの絆”【介護体験】

80代の父が「脊柱管狭窄症」で歩行困難に...父の介護でとり戻していった“きょうだいの絆”【介護体験】

  • ゴールドオンライン
  • 更新日:2023/09/19
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高齢の親をもつ子が必ずと言っていいほど向き合わなければならない「親の介護問題」。しかし、親の介護について積極的に情報を収集したうえで「事前に準備できている」という人は決して多くないでしょう。では、親の介護が必要になった場合、子はどのような対応が求められるのでしょうか。みていきましょう。※本記事内の情報は、2021年4月時点のデータに基づいています。

【介護体験】突然歩けなくなった父

妻に励まされながらきょうだい関係をとり戻す日々

■クロダイさん(54歳)

大阪府在住の男性。20年前に母が急死して以来、父(85歳)は北関東でひとり暮らし。2年前に脊柱管狭窄症で歩行困難になり、現在は埼玉県内のサービスつき高齢者向け住宅に暮らす。兄二人は埼玉と東京に在住。

毎週日曜日の定期電話で「おかしい!」

20年前に母が急死してから、父はずっとひとり暮らし。数年前から足腰の衰えが気になり始めていたが、しだいに腰痛がひどくなり、正月に帰ったときには歩くこともつらそうだった。

幸い、近所には親戚や友人が多く、朝夕に声をかけてくれ、買い物も引き受けてくれていた。

私自身は大学時代から関西在住。関東の実家には最低でも年2回帰省し、毎週日曜日夜8時には必ず父に電話して声を聞くようにしていた。

正月の帰省から4ヵ月くらいたったころ、日曜日の電話で父が「腰が痛くて風呂から出られなかった」と言う。声がいつもより弱々しく、シリアスな状態だと気づいた。

しかし仕事の都合ですぐには帰れず迷っていると、妻が「様子を見てくるよ」と父のもとに行ってくれた。妻が病院に連れていくと、脊柱管狭窄症との診断。入院することになり、急きょ私も帰省した。

前回通院したときにはもう入院をすすめられていたらしい。高齢の親の通院には付き添いが必要だと痛感した。

父が自宅で過ごす最後の時間

入院当日、主治医から「お父さんが以前のようにひとり暮らしができるかはわからない。もしかしたら、今朝家を出たのが最後になるかもしれません」と言われたのはショックだった。退院までは2ヵ月しかなく、すぐにでも今後のことを決めなくてはいけない。妻にすすめられ、超久しぶりに二人の兄と会うことにした。

兄たちは父との折り合いが悪い。どちらも実家までは1~2時間なのに、帰省することはめったになかった。それでも二人は時間をつくってくれ、父の現状を共有し、今後について話し合うことができた。その日の話し合いでは具体的なことまで進まなかったが、私にとって大きな前進だった。

その後、埼玉に住む長兄が家の近くでサービスつき高齢者向け住宅を見つけてくれた。

父も退院後に転居することに同意した。私は父を自宅に1泊させてから施設に移してあげたいと思っていたが、長兄は反対した。1泊することで父の決意が鈍るかと不安だったのかもしれない。

それでも、自宅で家族そろって昼食をとり、ご近所さんに見送られて転居した。

現在、父の世話は長兄夫婦が担ってくれている。次兄と父の溝はまだ埋まらないが、あき家になった自宅の片づけは手伝ってくれる。もっと早い時期から3人で顔を合わせていればよかったと思う。

印象深いのは、父の入院前日の夜だ。お風呂に入るのをイヤがる父に、妻が「体をふいてあげるよ」と、蒸しタオルで父の体を丁寧にふいてくれた。父は最初驚いていたが、しだいに笑顔になり「ありがとう」と言ってくれた。要所要所で支えてくれる妻には本当に感謝している。

上大岡トメ

イラストレーター

上大岡 トメ

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