
28歳で株式会社エニタイムズを立ち上げた角田千佳さん【写真提供:角田千佳】
実現したいことは、世の中の課題解決。幼い頃から国連難民高等弁務官の緒方貞子さんに憧れ、視野を世界に広げていた少女は、身近な社会に潜む課題の解決も同じであることに気づきます。そして28歳で立ち上げた会社は、日常のちょっとした用事を気軽に依頼したい人と、空き時間などに仕事をしたい人をつなげる身近なスキルシェアサービスでした。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は、若手起業家として株式会社エニタイムズの代表取締役社長を務める角田千佳さんにお話を伺いました。前編は、原点と起業を決意した理由についてです。
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緒方貞子さんを知ったことで漠然と芽生えた将来の夢
角田千佳さんの原点は、小学生のときにニュースで知った国連難民高等弁務官の故・緒方貞子さんの姿にあるといいます。
「私が緒方貞子さんを知ったのは、小学生のときのとあるニュースでした。私自身、祖父母とも一緒に暮らしていたので、幼い頃に祖父母が体験した戦時中の話をよく聞いていました。ですが、当時の私は、戦争って日本では歴史の教科書に出てくるような過去のもので、私たちはすでに平和な時代を生きていると思っていたんです。でも、ニュースで見た緒方さんが生きている世界では戦争が日常にあって、しかも一か所じゃなくていろんな場所で……その事実に強い衝撃を受けました」
幼かった角田さんは、そんな戦時の混乱のなかでリーダーシップをとり、戦争から逃れてきた難民の支援を行っている緒方貞子さんの姿に、複雑な気持ちを持ちながらも衝撃を受けたといいます。そして、「自分も何か力になることができたら」と強く思うようになりました。
子どもの頃から、世の中のあらゆることに興味を示し、疑問を持つタイプだったという角田さん。「本を読んで答えを見出したり、祖父母や両親に聞いて解決しようとしたりしていた」そうです。角田さんのそんな性格を知れば、現在の事業を立ち上げるに至った経緯もうなずけます。
大学での専攻は、国際関係についての授業などもある法学部政治学科。しかし「恥ずかしながら、大学時代はほとんど勉強していなかったんです。ダンスチームに入っていて、週7日でダンスに没頭していましたから」と苦笑い。「これはただの言い訳でしかないんですが……」と前置きしたうえで、「机の上で勉強するよりも、実際に体験したり、現地に足を運んだりするほうが自分には向いているようで、座学を行っていてもあまりピンとこなかったんです」と当時を振り返ります。
ゼミで研究したのは、「アボリジニ女性の貨幣経済への適応可能性」。国際社会学やオーストラリア研究を行う「ちょっと変わったゼミだった」そうですが、子どもの頃の家族旅行やひとり旅などで訪れたオーストラリアにおいて感じた疑問から、研究のテーマに選んだといいます。
勤務した2社での経験が起業を後押し 思ってもみなかった自身の会社設立へ
大学卒業後に角田さんが新卒で入ったのは、証券会社大手の野村證券株式会社。当時、就職活動がスタートする大学3年の春、リクルーターから「金融業界はさまざまな会社を幅広く見ることができる。野村證券はグローバル企業で、開発途上国や発展途上国に対してプロジェクトファイナンスのようなことをする部署もあるので、将来的に国際関係の仕事をしたいならぴったり」と言われたことで、二つ返事で入社を決意したそうです。しかし、配属されたのは本店の資産管理部。株式や投資信託に関するバリバリの営業部隊でした。
「ただ、最初に入社した会社が野村證券じゃなかったら、私は起業していなかったかもしれません」
そう語るほど、学びは大きかったといいます。角田さんは当時、投資信託や債券よりもIPOの株に興味を持ち、スタートアップの新しい会社がすさまじい勢いで成長していく過程に衝撃を受けました。それが起業につながったそうです。
野村證券に2年半ほど勤めたあと、サイバーエージェントに転職。角田さんは学生時代、ダンスに熱中する傍ら、サイバーエージェントで月に数回のインターンシップを行っており、当時の上司が社内起業したことがきっかけでした。
角田さんが社会に出た2008年前後といえば、クックパッド株式会社やグリー株式会社が上場した時期で、スタートアップ企業に注目が集まっていました。しかし、当時の角田さんの夢は、国際公務員になって国際関連の仕事に就くこと。「自分が起業するという考えはまったく持っていなかった」と振り返りますが、「0から1を生み出すことには非常に興味を持っていた」と語ります。
サイバーエージェントでは、自由な発想と働き方を学びました。そして、国際公務員になるため、コスタリカにある国連平和大学の大学院への進学を考えていた頃、NPO法人などで働くように。しかし、国連関連の仕事もしていた友人に相談したところ「向いていないと思う」と言われたそう。
国際公務員の仕事は想像以上に官僚的。自由な発想をもとに社内スタートアップで伸び伸びと働く角田さんの様子を聞いた友人のひと言で、「ハッと気づいたんです」と語ります。
「確かに、2社を経験した今、すごく仕事が楽しくて、国際公務員という形は向いていないのかもしれないと思うようになったんです。とはいえ、開発途上国の街づくりや開発援助に関わる仕事がしたいという思いに変わりはありませんでした」
そこで、角田さんは「違った角度からアプローチする方法はないのか」と考えるようになったといいます。サイバーエージェントで学んだ、「0から1」の作り方とビジネスの仕方。頭の中で点と点がつながったことで、「ちっちゃいビジネスを始めてみようかな」と思うようになり、起業を決意します。その1か月後に退職し、28歳の誕生日にスキルのシェアリングエコノミーを事業とする株式会社エニタイムズを立ち上げたのです。
◇角田千佳(つのだ・ちか)東京都生まれ。慶應義塾大学法学部経済学科を卒業後、野村證券株式会社に入社。その後、サイバーエージェントへの転職を経て独立。2013年5月、28歳のときに自身の会社である株式会社エニタイムズを起業した。事業内容は「スキルのシェアリングエコノミー」。ちょっとした頼み事を依頼したい人と、空いた時間にちょっと仕事をしたいスキルを持った人とをマッチングするプラットフォームとなっている。その後、イタリア人男性と結婚し、昨年2月に第1子をイタリアで出産。現在はイタリアと日本を行き来している。
Hint-Pot編集部・出口 夏奈子