社内で女遊びをするエリート38歳男。彼を待ち受ける、匿名OLが仕掛けた罠

社内で女遊びをするエリート38歳男。彼を待ち受ける、匿名OLが仕掛けた罠

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  • 更新日:2021/05/09
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春・第8夜「訴える女」

その日送られてきた一通のメールは、人事部に激震を起こした。

『助けて。セクハラを受けています』

社内イントラネットの投書システムを経由すると、匿名で僕たち人事部の担当チーム宛にメールを送信することができる。

告発の内容はその一文だけ。詳しい内容も書いていないし、部署はもちろん名前も不明だ。

ここ数年で会社のコンプライアンスはとても厳しくなり、わが社のような超大手企業はこの手のトラブルに敏感だ。

この4月に人事部に異動になったばかりの僕のところに、まず話が上がってきた。

「吉田課長…これはすぐに部長に報告しなければならない案件ですね」

人事部3年目、この4月から主任に昇格した鈴木エリカが声をひそめる。気が小さい部長がこれを目にしたら大騒ぎになるのは目に見えていた。

「ううん、そうだなあ、でも部署名も状況もこのメールだけじゃわからない。いたずらってこともあるから、少し様子を見よう」

「そうですか…。それにしても、この女の子、よっぽど思い詰めてるのかも。こんな風にメールしてくるなんて…」

心配そうな鈴木エリカの様子とは裏腹に、僕はこの時まだ、さほど重大なことだとは思っていなかった。

そしてこの僕の判断こそが、奈落への第一歩だと、僕は気がつかずにいた。

やがて2通目のメールが届く…。少しずつ明かされる真実とは?

告発

「課長、またメールが。おそらく同じ人だと思います」

3日後、鈴木エリカがプリントしたメールを手に、デスクにやってきた。すらりとしたスタイルを、白いタイトスカートが強調している。

よく手入れされた栗色の髪や桜色のネイル、シンプルだがセンスのいいジャケットに、小ぶりで上品なアクセサリー。恵まれた東京のキャリアパーソンだと一目でわかる女だ。

主任に32歳、女性での抜擢は、伊達じゃない。この見た目も含めて会社としても女性登用の流れに沿った理想的な人材なのだ。

『同じ会社の先輩だから逆らえませんでした。関係は1年半に及びました。何事もなかったかのように一緒に働くのが苦しい』

「課長、このメールは部長に報告しないとマズいですよ。私が報告してきましょうか」

穏やかでないその文面に、同じチームの関谷洋子が血相を変えて、デスクに寄って来る。

見た目は鈴木エリカと対照的だが、同じ主任同士、何かと彼女をライバル視していて手柄を焦る傾向がある。

「そうだな…ここまではっきり書いてあるのに、人事部として何も対応しないわけにはいかないな。私から部長に報告しておく。対応を考えよう」

「社内に緊急アンケートを実施しましょうか。心当たりのある場面があるかを尋ねれば、部署を特定できるかもしれません」

関谷洋子は、なおも前のめりに提案する。僕は腕組みをして、天井を仰いだ。

こんな匿名のメール、言葉は悪いが愉快犯みたいなものかもしれない。会社に不満を持っていて、かき回すのが目的。だいたい部署名すら書かないのでは、こちらは対応のしようがないではないか。

ちらりと鈴木エリカを見ると、彼女はメールのプリントアウトを見て、その送信時刻を指し示した。

「この2通のメールは、両方とも05時07分に送られています。偶然にしてはなんだか…。何か意味があるんじゃないでしょうか?」

「早朝に出社して、誰もいないときに送ってきた、ってことじゃないか?とにかく、今から部長に報告と相談に行ってくるよ。もちろん、このチームの3人以外には、他言無用で頼むよ」

僕はしぶしぶ、席を立って部長のところに向かった。

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――4月の人事部への異動辞令を見たときはどうなるかと思ったが…うまくいってるよな。

有明のマンションに帰宅するため、ゆりかもめに揺られながらほっと息をつく。

車窓から見るこの夜景が好きだ。片田舎から出てきて慶應に入り、38歳で大企業の課長の座に就き、レインボーブリッジの見えるタワーマンションに住んでいるという自分の立ち位置を実感できる瞬間。

有明は多少不便だが、ジムやスパ、バーラウンジがあり、東京が一望できる夜景が見えるファミリータイプの物件で、手が届くのはこのあたりだった。

その選択は間違いなかったと、僕は思う。

有明に住むと、意外なメリットがある。それは妻と子どもがこの湾岸エリアからあまり出ないということだ。

慶應の同期で、派手な業界に属している男たちは超都心で働き、超都心に住んでいる。奴らはたいてい女遊びもしていて、やがて奥さんにバレて面倒なことになるのが常だ。

当然だろう。職場と生活圏、知人の生息地域、女との密会場所。すべてが千代田区から港区界隈で完結しているのだから。

僕はあえてそれを切り離すことで、1年以上、秘密を守りながら楽しむことに成功した。

しかし、それも潮時というものがある。派手な業界なんかと違い、日系の大企業ではまだ女関連の醜聞は出世に影響がないとは言えない。

僕は数ヶ月前に別れた極上の「彼女」を思い出し、珍しく感傷的な気分で夜景を眺めた。

翌朝。

出勤中に会社用のスマホが振動し、新着メッセージが表示される。タップしてメールの冒頭を見ただけで、僕は眉根を寄せた。

差出人:関谷洋子
件名:新しい匿名メールがきました

そしていよいよ明らかになる、「送信者」の狙いとは?

正体

『彼は、奥さんと別れて、結婚すると繰り返しました。それを信じたわけではありませんが、別れようとすると会社で立場が悪くなるとほのめかし、私をコントロールしました。

これまでは、私は共犯者なんだと洗脳されていました。不倫だから、周囲にバレたら私も身の破滅だとささやかれたのです。

でも、気がつきました。彼はただ、会社での立場を利用して、私を性的に搾取していただけだということに。

次のメールを送るまでに、彼が過ちに気づき、改心しない場合は、彼の実名を明らかにしたいと思います。期限は5月。具体的な日付は彼が一番よくわかっているはず』

そのメールを読んだとき、僕は文面を凝視し、しばらく動くことができなかった。

「なんでしょう、なんか思わせぶりな文面ですよね…。このメールをその男性社員が読めるわけでもないのに…」

関谷洋子が核心をついてくる。この女の、こういうところが男を遠ざけるのだ。

「5月に、何か約束があったんじゃないでしょうか。例えばそれまでに、必ず離婚するって言った、とか」

エリカがゆっくりと背後から近づいてきた。

「え、じゃあその日までに、男に行動しろって通告してるってこと…?なんでこの社内相談箱にそんなのいれるの?人事部の対策チームの管理職以外は誰も見られないのに…」

関谷洋子が愚鈍な女で助かった。しかしエリカは、細く華奢な首をかしげて畳みかける。

「さあ…これから行動を起こすぞって、自分に宣言してるのかもしれませんね。あら?また5時7分に送られてる。きっとこれも、何かのメッセージかもしれませんね」

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5月7日が、僕たち夫婦の結婚記念日だということを、エリカは間違いなく知っている。

― 今度の5月7日で結婚して10年。よく耐えた。次の10年は、エリカ、君と過ごしたいんだ。

そう寝物語で語った夜が、鮮明によみがえる。

あれは2月だった。その直後、妻が嗅ぎつけて、激しい諍いがあった。なんとかしらばっくれたが、僕は潮時と思いエリカを一方的に遠ざけたから、あれが最後の夜だったかもしれない。

― 君だったのか…。

どうにかその言葉を飲み込み、エリカを睨んで無言で訴える。しかし彼女は形のいい眉尻を痛ましそうに下げ、僕を見た。

「ここで誠意を示さないと、この男性は破滅するでしょうね」

突然、僕は貧血のような気分の悪さを覚え、「失礼」と席を立ち、手洗いに足早に駆け込んだ。

個室のドアを閉め、ふらふらと座り込む。

専務に紹介された女と結婚したのも、女遊びが露見しないようにうまくやってきたのも、この保守的な会社で出世するためだ。

こんなところで失敗するわけにはいかない。

そのとき、胸ポケットのスマホが振動した。

震える手でプライベート用のスマホを出すと、新着メッセージが来ている。

エリカのアカウントはブロックしていたが、反射的に警戒する。それは見知らぬアカウントだった。

『別れるなんて気の迷いだったと謝るならば、許してあ・げ・る!でも、ちゃんと奥さんと別れてね』

― まさか、愛してるのは君だけだと言えば、あのメールを中止してくれるのか?

その場しのぎに過ぎないとはわかっているが、他に方法は思いつかなかった。僕はすぐに返信した。

『離れてみてわかった。本当は、ずっとエリカが恋しかった。君は特別な女だ』

必死でメッセージを打つ。いつの間にかじっとりと脂汗をかいていた。

『よかった♡ 私、セクハラされて弄ばれただけなのかと誤解しちゃった。また別れるなんて言い出したら、絶対泣き寝入りはしないからね。私たちの愛は、本物よね』

僕は間髪入れずに、一心不乱に文字を打つ。

『そうだよ。エリカ、愛してるよ。だからもうバカな真似だけはするな』

頭のどこか、冷静な自分が、この状況を冷めた目で見ている。

こんなメッセージを送って元の鞘に戻り、告発を避けられても、一時しのぎに過ぎない。エリカに致命的な弱みを握られている以上、僕から別れを切り出すなんて絶対にできない。

僕は、これまで嘲笑っていた友人たちと同じ、いやそれ以上の果てしない泥沼に足を踏み入れていた。

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