「酸素が足りない」医療崩壊ミャンマー、邦人に大使館が帰国推奨

「酸素が足りない」医療崩壊ミャンマー、邦人に大使館が帰国推奨

  • JBpress
  • 更新日:2021/07/23
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7月6日、トラックの荷台に乗せられ、サガイン州ケールの病院に向かうコロナ感染者とその親族(写真:ロイター/アフロ)

クーデターで実権を掌握した軍と、それに反対し民主政府復活を求める一般市民、そして国境地帯に拠点を構える複数の少数民族武装組織との衝突が激化しているミャンマーで、もう一つ、極めて深刻な問題が起こっている。コロナ感染者の増加が加速し、新規感染者数が連日、過去最高を記録している。

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加速する感染者の増加

ミャンマーのコロナ感染は、昨年4~5月に比較的小さく短期間で第一波を乗り越えた後、8月中旬ごろまでは、新規感染者が2ケタになることは稀というほど、落ち着いた状況が続いていた。ここまではコロナ防疫は非常に上手く行っていたと評価されていた。

しかしその後、8月下旬から年末にかけて、一日の感染者が1000~2000人ほどになる第二波を経験。こちらは第一波に比べると期間も長く、感染者も増え、大きなダメージとなったが、年が明け、2月になるころにはだいぶ収束し、日々の感染者もゼロからせいぜい20人台となっていた。

状況が一変したのは5月下旬から6月になるころからだ。6月1日に新規感染者が122人と100人台に入るとそこからは早かった。1カ月後の7月1日には2070人と2000人台に突入、7月14日には瞬間風速的ではあるが7083人の新規感染者が報告された。

もちろん感染死者数も同様の急カーブを描いて増えている。7月15日以降は連日100人以上の死者が出ており、20日には286人が亡くなった。

しかし、この悲惨な数字も、実態のごく一部と見られている。軍政による報道管制などの影響で正確なミャンマーの感染状況は不明な点が多い。さらに、すでにミャンマーの医療崩壊は深刻なレベルに達しており、医師の手当てを受けられず、自宅などでなくなる患者も多く、そうした人々が感染者や感染死者にカウントされていない可能性が高いからだ。

実際、軍による検閲や摘発をかいくぐりジャーナリストやブロガーなどがSNSを通じて伝えるミャンマーのコロナを巡る状況は悲惨なものになっている。

不服従運動が拍車かける医療体制マヒ、患者用の酸素供給も不足

感染者の急増と同時に深刻になっているのが、医療体制のマヒだ。

ミャンマーではクーデター以降、軍政に反対する公務員や銀行員、公共交通機関勤務者などを中心に広がった職場放棄や勤務拒否といった「不服従運動」(CDM)が広がった。そしてここに、多くの医師や看護師、保健婦などの医療関係者も参加している。

このため病院や医療施設で医師や看護師が不足、一般疾病の患者だけでなくコロナ感染者への治療も不十分な状態が続いているのだ。

ヤンゴン在住の日本人によると、コロナ感染の症状が出ている多くの人達は病院にも入院できず、自宅での療養を余儀なくされているという。そして、こうした感染者数は公式のデータに含まれていない。

肺炎を発症し、療養中の自宅で酸素吸入が必要になる感染者も多いのだが、感染者の家族が酸素ボンベを求めて街中を探しても、現在は入手が困難となっている。

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7月14日、ヤンゴンの酸素ステーションの前には、ボンベ持参で多くの市民が列を作っていた(写真:ロイター/アフロ)

不足する酸素ボンベを軍は「民間には売らないように」と業者に圧力をかけていることも大きな要因のようだ。在留日本人によると、酸素ボンベを求める市民の列に軍兵士が威嚇射撃を行ったり、実際に列に向けて発砲したりする事例も報告されているという。

そのため自宅療養のまま亡くなる感染者も増えているという。こうした死亡者は、その後の検死もされないまま火葬に付されることも多いため、正確な症状も死因も不明のままというのが実態という。要するに、コロナ感染死にカウントされないことになる。

軍によるワクチン接種、拒む市民や医療関係者も

市民がSNSにアップする写真や動画は、以前なら反軍政のデモや集会、少数民族武装組織と軍による衝突を伝えるものが大半を占めていたが、6月以降になると、医療機関に病床の余裕がなく、床や地面に横たわる感染者、さらに白布にくるまれたり棺に納められたりした感染死者の遺体の様子が多くなっている。

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7月14日、マンダレーの墓地。白い布にくるまれたコロナ感染死した人々の遺体に祈りを捧げるボランティアたち(写真:ロイター/アフロ)

感染死者は防護服をまとったボランティアや病院関係者によって墓地に移送されて埋葬となるが、これも人員不足で病院の付属施設などには遺体が多く残されたままの状態が続いている様子などもSNS上に流れている。

軍政は軍医や軍看護師を総動員して中国製やロシア製のワクチン接種を進めているが、対象は軍兵士や警察官、その家族、医療従事者や65歳以上の高齢者である。その進捗状況は公にされていないが、そもそも医療従事者や一般市民の側には、軍の医療機関で軍が提供するワクチン接種を受けることに否定的な考えを持つ人も多く、そのことも市民の感染拡大の一因となっていると考えられる。

こうした状況の中、国民の間で軍に対する批判が最高潮に達している。多くの国民が「軍のクーデターがミャンマーの医療、防疫態勢を崩壊させた」と認識しているからだ。

軍は最近になって医療体制を立て直すべく、「医師や看護師を契約ベースで雇いたい、また医療関係のボランティアも募集する」と発表した。

だが市民の中からは「軍は今まで自分たちが殺したり、逮捕したりしてきた人たちに向かって、今度は『手伝ってほしい』と言うのか」との軍の姿勢に強く反発する声もいまだ多い。軍の強権的姿勢が続く限り、市民による協力を得るのは容易でなさそうだ。

深刻なコロナ下でも軍政との武装衝突は継続

こんな厳しいコロナ禍の中でも軍政と反軍政勢力による衝突は続いている。

7月15日、サガイン地方カレイ地区で武装市民組織である「国民防衛隊(PDF)」と軍が武力諸突して、軍兵士8人が死亡したほか、7月18日には武装勢力「カレン民族同盟(KNU)」がキャイクトー郡区で軍と衝突して、軍兵士3人を殺害する事案も起きている。

もちろん軍政側から、反軍政の一般市民に対する暴行、逮捕、殺害も続いている。2月1日のクーデター以降、治安当局などに殺害された市民は892人に上っているという。

ヤンゴンや主要地方都市では銀行や市場、一般商店、個人の民家などへの令状なしの侵入や家宅捜査、放火、爆弾による爆発事案、当局のスパイである「ダラン(密告者)」の殺害も続いている。

こうした放火、爆発は反軍政の市民によるものか軍の犯行なのかは不明というが、発生直後に現場に到着した治安部隊が周囲にいる市民を「容疑者」として拘束するケースが多いことから、国民の間には「放火や爆発は当局の犯行」との見方が強まっている。

日本大使館、在留邦人に一時帰国推奨

こうしたミャンマーの厳しいコロナ感染状況に対して現地の日本大使館も危機感を募らせている。7月13日、在留日本人に向け、次のような注意喚起をし、一時帰国を促した。

「当地における新型コロナウイルスの感染状況は悪化しており、最近は邦人の方の陽性例も急増しています。このため、医療機関の受入れ能力は限界に近づいており、入院を断られるケースも頻発しており、また、クーデター前に行われていた各行政区による医療施設への入所の差配等がほとんど機能していないなど、当地における医療体制は全体として逼迫しています。さらに、ANAの直行便が頻繁には運行されていないことに加え、現在多くの邦人の方が本邦への帰国のために利用しているシンガポールでの乗継ぎが同国の水際対策により急に制限される可能性も今後排除されません」

「当地において真に必要かつ急を要する用務等がない場合には、一時帰国の可能性を検討されることをお勧めします」

ミャンマーには現時点で約600人の日本人が滞在しているという。このうちこれまでに日本人21人がコロナに感染し、1人が入院したとの情報もある。だが大使館に在留届を出していない日本人もいることから、感染者の実数はさらに多いとみられている。

大使館は「一時帰国」を勧めているものの、インドネシアの在留邦人向けにで実施されている「特別便」運航の実現には至っていない。

ただし日本政府は、ミャンマーの酸素不足緩和のため、現地の医療機関へ、最大で700台の酸素濃縮器を送る方針を決めた。またコロナ感染者の治療にあたるミャンマーの医療機関に救急車14台を送る方針という。

日本政府のこうした支援は心強い限りだが、軍政による強権政治とそれに対する民主派の激しい戦闘、医療崩壊の下での新型コロナウイルスの猛威と、ミャンマー国民と在留邦人は極めて厳しい環境に置かれている。

大塚 智彦

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