『6秒間の軌跡』最高の“自己満足”が詰まった最終回 すべてのエンターテイナーへ敬意を

『6秒間の軌跡』最高の“自己満足”が詰まった最終回 すべてのエンターテイナーへ敬意を

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  • 更新日:2023/03/19
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『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱』©テレビ朝日

2022年・夏、新型コロナウイルスの影響で花火大会が中止となり、花火師の星太郎(高橋一生)と父の航(橋爪功)は暇を持て余していた。新しい年が明け、航が幽霊になってからもその状況は変わらない。だが、星太郎は変わった。

参考:『6秒間の軌跡』高橋一生×橋爪功、“似た者同士”の2人が生み出した幸せな時間

『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の憂鬱』(テレビ朝日系)最終話のキーワードは、「上げたいから上げる」だ。

幼い頃に自分を置いて出て行った母・理代子(原田美枝子)と“出会い直した”星太郎はその関係性が修復に向かうに連れ、なぜか花火師としてのやる気に満ち溢れていく。やらない理由を探すのが得意で、航が提案した個人向け花火にも後ろ向きだった彼が、今や注文すら受けていないのに花火のアイデア作りに勤しんでいる。

そんな一回り以上も年が離れている男性の成長ぶりを微笑ましく見守るひかり(本田翼)。思えば、星太郎にとって初めての個人の客だった彼女のもとに友人からある連絡が入る。元彼が交通事故に遭い、命に別状はないが気持ち的に弱っているので会ってやってほしいとのことだった。

悩むひかりに星太郎は「会ってあげた方がいいんじゃないの?」と言う。しかし、それが彼女を怒らせてしまうことになった。なにせひかりは元彼とくっついては離れるを繰り返す代わり映えのない日々を、星太郎の花火がきっかけで打破することができたのだ。もし元彼と再会したらまた振り出しに戻るかもしれないのに、会った方がいいなんて一番言ってほしくない星太郎に言われたひかりは「行かなくていいって言ってほしかった」とめっぽう不機嫌に。だけど、それに対して謝るでも押し黙るでもなく、「そんなの言われなきゃわかんないから」と言い返す星太郎にまた成長を感じる。

星太郎は繊細で優しい性格ゆえに、自分がやりたいことや言いたいことよりも、やるべきことや言うべきことを優先してしまう人間だ。理代子が出て行ってからずっと大人になるまで、寂しいという感情すらも航に遠慮して吐き出すことができずにいた。だからこそ、自分が知らないところで両親が愛人関係になっていたという事実は星太郎をひどく傷つけたのだが、結果的に復讐しようと近づいた理代子との再会が彼を変える。倫理や正しさを飛び越えて、心が赴くままに従う理代子の不思議なパワーに当てられ、星太郎は「~せねば」という自らにはめた枷を外すことができたのだ。

後回しにせず言いたいことは言う、やりたいことはやるというシンプルだけど難しいことを少しずつやってのけ、最後は「上げたいから上げる」と誰のためでもない、自分のための花火を打ち上げる星太郎。花火師として満足のいく花火を上げられた彼はその夜、酔っ払ってこんなこと言う。

「お客さんのために楽しんでもらう花火だけを上げるんじゃなくて、そのもっと先の世界。もしかしたら誰にも分からない、気づいてもらえないような、俺にしか分かんないようなほんのちょっとの色の僅かな差とかさ、そういうのをとことん極める。極め続けたいんだよ、死ぬまで」

もしかしたら、星太郎が言うことは「それって、自己満足じゃん」と思われるかもしれない。だけど、その自己満足を極めた先に生まれたものが誰かの心に刺さることも多々ある。それこそ、星太郎が何カ月もかけて生み出した6秒間のきらめきにひかりが人生を変えられてしまったように。

思えばこの3年間、こうした素晴らしき自己満足は不要不急のもとして制限されてきた。そんな中、2021年の舞台『フェイクスピア』で大いに人々を感動させ、芸術文化の必要性を改めて提示した高橋と橋爪。元々は橋爪の「一生とドラマをやりたい!」というラブコールに高橋が答える形で実現したこのドラマだって、見ようによっては自己満足だ。しかし、普段から仲の良い2人の小気味好いやりとりや、その空気感の中でいつもよりのびのびと感じられる本田の芝居。それから星太郎がイマジナリー親父離れできることをゴールとしない脚本家・橋部敦子らしさが詰まったこの物語が私たちの心を捉えた。

一方、幽霊の航は星太郎の花火師としての覚悟を見届け、安心したのか成仏する。彼が亡くなる間際、星太郎に告げた「すまん」は理代子とのことではなく、星太郎に狭い世界しか見せてやれず、花火師以外の道を選べないようにしてしまったのではないかという後悔から出てきたものだったのだろう。だけど、星太郎が花火師になったことだけは、誰かに流されたとか仕方なくとかではなく、自分自身で決めたことだ。第1話の冒頭、航が上げた花火に心震わせる星太郎の表情を見れば分かる。

星太郎の憂鬱が晴れた時、私たちの憂鬱も晴れる。今年の夏は各地で花火大会が復活するだろう。「ヒュ~……ドン!」という今や懐かしい音とともに、職人それぞれのこだわりが詰まった花火が頭上に上がればきっと思い出す。この『6秒間の軌跡』というドラマのことを。

星太郎が縁側に座り、微笑むシーンから引きでドラマのセットを見せ、「この番組はフィクションです」という言葉で締め括るラストはあらゆる“エンターテイナー”のリスペクトに溢れていた。(苫とり子)

苫とり子

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