難病ALSの人気声優が語る「今思うこと」「リハビリの本当の意味」

難病ALSの人気声優が語る「今思うこと」「リハビリの本当の意味」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/08/01
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「ニャンちゅう」などで知られる声優の津久井教生さんが突然転び、異変を感じたのは2019年3月の事。それから半年の検査を経て、9月にALSだと判明しました。10月にALSであることを公表してから9ヵ月近く。幸い声を出すことができ、声優の仕事や講師の仕事を続けていますが、身体が動かなくなっていき、現在は要介護4だとブログでも明かしています。

そんな津久井さんの連載「ALSと生きる」、第8回のテーマは「リハビリ」。ALSと告知される直前に判明した大きな腫瘍。その手術後、声は出ることがわかりましたが、身体はどのようになっていたのかをお伝えいただきます。その前に、少しだけ「今の心境」も教えていただきました。

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2020年ニャンちゅうチーム、写真左から比嘉久美子さん、津久井さん、鎮西寿々歌さん

津久井教生さん「ALSと生きる」今までの連載はこちら

連載の前に事件について 少しだけお話させていただきます。

昨年の11月にALSの女性患者の方が、SNSで知り合った医師に薬物と思われるもので殺害された事件、ALS患者であることで世間で色々と話題になっています。
まだ捜査中であることなので「執筆している今現在の情報のうえでの気持ち」でお話させていただこうと思います。現在ALSを罹患している患者としても、なかなかデリケートな事件であり問題提起であると思います。

私が自分がぶれないためにもブログで書き残したのは「自分の行為に連動して逮捕される人がいるとしたら、それは違う」という事です。色々な考え方やそれに伴う行動はあると思いますが、それによって「逮捕者」が出るのは避けたいと思います。

そしてALS患者である舩後靖彦氏の【「死ぬ権利」より「生きる権利を守る」】は大変貴重で重みのある言葉です。氏もおっしゃっている通り「死にたい、死にたいと2年も思っていた」を乗り越えたALS患者さんのポリシーなのだと思います、ALSに罹患した後も堂々と生きる事が出来る世の中を作るという事、これは素晴らしい事です、ぜひそうあって欲しいです。今回の事で危惧なさっていることもよく理解できます。

ただ、私は進行性の病気ALSの真っただ中にいる、進行途上のALS患者です。

ALSであると告知されてから10ヵ月の、新人の患者なのです。昨年の今頃は歩いて病院に行けていたのに、1年後の現在、要介護4の状態にまで進行しました。でも私は「胃ろう」や「気管切開」や「人工呼吸器」をつける前のALS患者なのです。 この点が、装着をして「生きる権利」を選んだ方たちと違うのです。ですから【「死ぬ権利」もあるし「生きる権利」も守りたい」】なのです。「より」という言葉ではない状況にいます。人工呼吸器は延命器具ではないと私も思います、生きる権利を選んだ方たちの介護の道具で松葉杖や車椅子と同じです。気管切開も「呼吸療法」です。でもその前に、その選択をどうするかは「個人」のものだと思うのです、この事は先輩のALS患者の皆さんもご存知の事だと思います、ですからとてもデリケートな事なのです。

ただ、「今」の私は「ALSに罹患した私の思いを実践した為に、逮捕者が出るのは駄目です、その時は私を止めてください」こう思っています。

もっと事件の詳細が分かったら、そして私自身もALSの勉強がもう少しできたら、またお話したいと思います。

では前回からの続きで、リハビリのお話に戻りたいと思います。

腫瘍摘出手術で変わったことは? ALSへの影響は?

腫瘍摘出手術が終わったすぐ後にALSの担当医も様子を見に来てくれました。

「お加減いかがですか? 無事に終わったようですね」
「ありがとうございます、今のところ声は無事のようです」
「良かったです、他の部分の機能も落とさないように頑張ってください」
「はい」
「看護師さんが張り切っていたのでやりがいがありますよ」

病院内でカルテや情報を共有しているのでしょう、そんな言葉をかけてくれました。

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腫瘍摘出手術後すぐの津久井さん。ニャンちゅうと 写真提供/津久井教生

無事に手術が終わったあとは、そこから日常を取り戻していくことが大切です。過去に足の大怪我を経験しているので、リハビリの感覚は分かっているつもりでした。体の状態を見ながら、出来る限り進めてしまうのが良いのです。もちろん無理はいけませんが、現在の概ねの病院での手術後のリハビリ方法としては、ドンドンと体を動かしていくのが主流のようです。

「手術の影響」とひとことでいいますが、影響は術後の自分に依ることが多いと思います。今は担当の医師とコミュニケーションを取っていくと、基本的な病気の事もそうですが、手術後の状態についても大抵詳しく説明してくれます。医師からの話を聞いて、あらかじめ想定できる術後の影響に、自分がどう立ち向かっていくかという問題なのです。リハビリによって手術後の身体能力への差も生じると思います。

手術前に泌尿器科の執刀医とかみさんとも話していたのは、「もしかして腫瘍を取ったらALSが良い方向に向いてくれるかもしれないね」という淡い期待でした。執刀医も「そういう思いで臨みましょう」とおっしゃっていましたし、かみさんともそれなりの期待をしていました。

ALSは治療法の分からない病気ですが、同時になぜ罹患するのかもはっきりと分かっていない病気です。罹患の原因がある程度取り除ければ、そして要因の一環が無くなれば、ALSは治らずとも進行が遅くなるのではないかと思ったのです。
いずれにせよ、まずはしっかりと摘出手術後のリハビリに励むだけです。

看護師さんたちとの合言葉は「痛いだけ」

では手術後、私はどんなリハビリをしたのでしょうか?

ぶっちゃけて言うと、周囲の治療メンバーから言われたことを忠実に守って消化していっただけでした。

「リハビリを頑張った自慢」の、いわゆる自画自賛になってしまうのですが、術後のリハビリを乗り切ったことで、当初3週間の予定だった入院期間が、かなり短くなりました。「リハビリを頑張る」と、前に進む事が出来るのです!
退院が早くなるのです(笑)!
逆に言えば、「リハビリをサボる」と悪い影響が出るという、実にシンプルな事で、つまりは「サボるな」ということです。

でも実際には大変です。

今回の手術も含めて多くのリハビリでサボりたくなる原因の1つになるのが、「傷口の痛み(もしくは怪我した箇所の痛み)」です。今回は痛みとの戦いでした。何しろお腹にはバッサリと25センチ以上の傷口があるのですから、手術直後はもちろんの事、しばらくは何をしても痛いのです。しかしながら担当の看護師さんは「すぐにでもリハビリ開始」という私の姿勢や考えを事前に告げていたために、「津久井さんすぐにリハビリを始めましょう、私ドSですから思いっきりいきますね」と手術が成功したら積極的に開始しようと決めていたようでした。そうなると、リハビリに障害があるとしたら、私の精神だけなのです。

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お腹をこれだけ切って、痛くないはずはありません 写真提供/津久井教生

腫瘍摘出手術をして、その晩は待機室にいましたが、次の日の朝には一般病棟に戻りました。看護師さんはにこやかに私に言いました。

「お昼ご飯を食べて落ち着いたら、1回立ち上がって歩いてみましょうか?」

「でも傷口とか大丈夫ですか?」

不安な言葉が口をつきます。すると「大丈夫です、ものすごく丁寧に縫ってありますから、それに他の部分に問題はありませんし」。
ドSを公言する看護師さんはにこやかに告げます。

「ただはっきりしているのは、術後すぐに点滴の麻酔も背中からしていますが、痛いと思います」
「そうですか、痛いだけなのですね」
「はい、そうです、痛いだけです」

合言葉が決まりました「痛いだけ」です。手術の影響を跳ね返すリハビリ開始です。

医師以外のプロフェッショナルな軍団

医師の他のプロフェッショナルな軍団が術後に私を待ち構えていました。それは看護師さん、PT(理学療法士)さん・OT(作業療法士)さんです。本来はここにST(言語聴覚士)さんが加わるのですが、今回の手術は物理的な腫瘍摘出手術でした。術後の療養はシンプルな運動能力の回復のためにあるので、残念ながら「声」のリハビリで1番会いたかったSTさんは不参加でした。

傷口のケアやその後の状態に合わせた治療は医師ですが、機能回復や生活面でのメンテは、今の病院の入院体制ではこのプロフェッショナル軍団が中心となるのです。

「さぁ、立ち上がりましょう」
元気な看護師さんの声に背中を押されて立ち上がり、「歩行器でちょっと歩きましょう」と廊下を1往復。

「あれっ、思ったほど痛くない?」
「そうでしょ、実は術後数日は背中に点滴麻酔をしてあるので、それが効いているのです。だから今のうちに頑張ってもらって、体を動かせる人は動かした方がいいんです、もう1往復行きます?」
「さすがプロですね、そして本当にドS」

熱血タイプのPTさんは、
「ALSの障害もありますし、立って動くのは傷口にまだ負担がかかるので、まずはマシン運動で筋肉を連動させてしまいましょう! 初日は50回、ここから増やしていきますよ~っ!」

一番軽いペダルをこぐとなかなかキツイ。「これ、全身運動ですね」と言うと即座に、「座って手と足を連動させる運動ですから、思ったよりも腹筋を使わないように自分で工夫しますし、有酸素運動をやった方が傷口の回復が早いです!」

さすがプロですね、声も熱く響いてました。

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2019年12月、熱血タイプのPTさんと 写真提供/津久井教生

面倒見が良く・勉強熱心なOTさんは「津久井さん、機能訓練をしながら『声』を出すとしたら、地下のリハビリエリアのそばに面談ルームがあるので、そこで少しなら出せると思います」と教えてくれました。

しかし実際に声を出すと、「思ったよりも大きいですね、ちょっとこちらへ」と別の一番はじの部屋に案内されました。

「ここから窓の方に向かって出してください、窓の向こうは道路なので大丈夫です、ちょっと声を出すのを見学して良いですか?」

さすがプロ、そして勉強熱心。

こんな素敵なメンバーに後押しされて、リハビリがスタートしました。術後の反応で39度くらいまで熱は出ましたが、解熱剤と痛み止めで押さえて、心配された感染症にもなることは無く、毎日1本ずつ体から管が外されていきました。

この調子で順調にいって欲しいと心から思っていました。

ALSの進行に影響はあったのか

背中の麻酔の点滴が無くなってドンドン感覚が戻ってくると、まさに「痛いだけ」との戦いになりました。手術は溶ける糸を用いて内部でしっかり縫っていただけたので、何もしなければそんなには痛くないのですが、「何かをすると痛い」のです。でも逃げるわけにはいきません、エキスパートの皆さんと、

「さぁ頑張りましょう、痛いだけですから」
「そうですよね! 痛いだけですものね!」
「合言葉は『痛いだけ!』」

本当に頑張りました、そして再度書きます「ドM」で良かったと(笑)。

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廊下はもはや自主トレ場 写真提供/津久井教生

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写真提供/津久井教生

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楽にやっていそうに見えるかもしれませんが、痛いんです 写真提供/津久井教生

2020年になってしまうのではないかと思われた退院も、普通の手術入院のスピードで実現することになりそうでした。それはかなりの速さの傷口の回復力と、その他の機能の平常化です。しかしALSの進行に何か影響があるとしたら、1週間から10日くらいで手ごたえと言うか、体ごたえがあるのではないかと思っていたのですが、なかなかはっきりとした事象は現れてくれませんでした。ALSが原因の機能は低下しているのに、腫瘍摘出手術で影響を受けたところはガンガン回復していく、ちょっと複雑な気持ちになりました。

しかしながらちょっと思うところがありました、それは「呼吸機能系の低下がゆっくりになった」気がしたのです。と、同時に確かに機能低下(特に運動機能)はしているのですが、リハビリを連日したことによって、まだ動くところを有効に使って生活に必要な動作を補う感覚が生まれてきたのです。機能が元通りになったり向上したりはしないですけれど。

前回書いたとおりに「キャラクターボイス」をはじめとして声優のお仕事が出来るレベルの声が出ました。私にとって「声」を大事に維持する事が1番大切です。同時にALSの進行である筋肉が痩せて運動機能を落とす事を押さえていくべく、「リハビリ」と「自主トレーニング」を工夫して欠かさない事が必須なのでした。

2019年12月23日、順調に2週間余りで退院になりました、同時に何の心配もなくALSの治験を受けられることにはなったのですが、大きな手術だったので、まだまだ術後回復も大切です。居宅介護支援事業所の担当の方との話し合いで、しばらくは自宅でできる「リハビリ」「自主トレ」をして、ALSの進行に対しての生活の準備をしていく事になりました。

【ALSと生きる 次回は8月15日公開予定です】

津久井教生さん「ALSと生きる」今までの連載はこちら

津久井さんが2020年6月に収録した弾き語り動画はこちら↓

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