「まずは...」新しく習い事を始めたい娘に、母から衝撃の発言

「まずは...」新しく習い事を始めたい娘に、母から衝撃の発言

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2021/11/25
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まず、死のことを学んでから……

母にとって「死」はかなり早い時期から思考の大事なテーマだったと思う。その母の「死」についての考え方はいつごろ私に伝えられたのだろうか。

多分大学生になってやっと時間的にも精神的にも余裕ができたころだと思う。私には子供時代から現在に至るまで、変らぬ“悪い癖”があるのだが、その癖が受験勉強から解放されたせいでまたまた始まってしまった。好奇心が強い、というと聞こえがいいが、なんでもかんでもお稽古事をしてみたくなるのだ。

子供のころは敗戦の影がまだ色濃かったので現在ほど子供のお稽古や塾通いが当たり前の時代ではなかった。ピアノのお稽古に行くというだけでもめったにないくらいの時代だった。我が家の経済も格別ゆとりがあるというわけでもなかったのに私はあれもこれもお稽古したがり母を困らせた。そしてどれも長続きしなかった。

音楽の才能がまったくなかったにもかかわらずピアノのレッスンに通わせてもらうことになったときも、芸大のピアノ科の学生でかなり神経質そうな先生には毎回いらいらされ、結局通うのがいやになった。英語教室にも通わせてもらっていたのだからずいぶん親は無理をしてくれていたのだと思う。教室の先生はかなり気ままで授業が長くなることも少なくなく、そういう日は母が夜道を心配して迎えに来てくれた。暗い夜道を母が駆け足でこちらに向かってくるのが見えたとき、なんだか子供心に母の気持ちが感じられて嬉しかった記憶がある。夜遅くなるのが母を心配させるので辞めることになった。

結局根気がないので、なにを始めても続かないのだ。それにもかかわらず「お向かいの誰ちゃんが日舞を習っているから私も……誰それがバレエを始めたから私も」とあれもこれもと駄々をこねて母を困らせた。

この、なんでもやってみたくなるという“癖”は今もってまったく変わらない。

年齢も考えずいろいろ手を出し過ぎてもともと頑健でなかった心臓が悲鳴を上げたこともある。

そういうわけで受験勉強から解放され、大学生になったとたんに、またぞろ「あれも、これも」と言い始めたときのことだ。いつものように、また新しいお稽古を始めたいと言い出した私に母が答えたことがある。

「死のことを習うって、なに?」

「いいわよ、なんでもやりたいことをやってちょうだい。でも、その前に死のことを習ってからにしてちょうだいね」

「しのことを習うって……」

瞬間どういう意味かわからずぽかんとしている私に母は言った。

「人間は必ずいつか死を迎えるのよ。誰でも、どんな偉い人でも、お金持ちでも貧しくても、生まれたときから人は死に向かって歩いているのよ。だからそのときがやってきたときになって急にあわてたり、こうしておけばよかった、ああしておけばよかったと後悔しないように生きていかなければいけないの。自分はどうやって生きていくのか、それをしっかり考えること、そのことが人間にとって一番大切なことなのよ。お稽古よりそのことが先。

あなたもそのときのために、いまどうしたらいいのかをよく考えて、そのことがちゃんとわかってからならなにをしてもいいわ。なんでも好きなお稽古をしてちょうだい」

子供のお稽古事ごときにずいぶん大げさな言いように聞こえるかもしれない。だが確かに母は「死のことを習ってからにしてちょうだい」といったのだ。

母は信仰心の篤い人だった。自分が信じる道を求めて、いろいろな宗教や哲学の本を自分なりに勉強していた。だからまだ若かった母は少々気負って学んだばかりの高僧の言葉を使って見せたのかもしれない。

「死のことを習って……」という言葉は、誰か、仏教の宗派を開いた僧の言葉にあったような気もする。

中田 有紀子

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