木村花さんの悲劇で変わる「放送」と「通信」の線引き 「ネット配信だから」ではもう許されない

木村花さんの悲劇で変わる「放送」と「通信」の線引き 「ネット配信だから」ではもう許されない

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  • 更新日:2021/06/10
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木村花さん=2019年11月撮影(c)朝日新聞社

フジテレビのリアリティー・ショー「テラスハウス」の出演者だったプロレスラーの木村花さん(当時22歳)がSNSで誹謗中傷を受け、自ら命を絶って1年が過ぎた。

【亡くなった花さんのプリントTシャツを着て会見に臨んだ母・響子さん】

ニュースで母親の響子さんが、娘の死をきっかけに自分がプロレスラーだった頃の「闘う髪形」を再びするようになったエピソードを伝えていた。娘の無念を晴らそうと響子さんが孤軍奮闘した結果、世の中が少しだけ前に進んだ面がある。響子さんのファイトによって、花さんの死が私たちの社会にどんな教訓を残したのか考えてみたい。

■誹謗中傷した人物を特定しやすく

花さんが命を絶った直接の引き金は、SNSによる誹謗中傷だった。ツイッターのダイレクト・メッセージなどで「きもい」「いなくなってほしい」「死ね!」などの言葉を大量に送りつけた人たちがいた。その人たちを特定するためにSNS事業者に投稿者情報の開示を要求してもすぐに応じてもらえない実態があった。

まず、SNS業者に誹謗中傷の発信を行なった人物のインターネット上の住所であるIPアドレスを開示させるよう裁判所に申し立てる必要があった。IPアドレスが明らかになったら、次はIPアドレスを管理するプロバイダーに対して発信者の氏名や住所の開示を求めて裁判を起こす。つまり、投稿者の「特定」には、2度の訴訟が必要だった。

響子さんはこのようなプロセスを経て、誹謗中傷を発信した人物を特定し損害賠償を求める民事訴訟を起こして勝訴した。

こうした手続きは煩雑で費用や時間もかかることから、総務省も制度の改善に乗り出した。改正プロバイダー責任制限法が今年4月に成立。来年からは一度の裁判手続きで発信者の氏名や住所を特定できるようになり、簡素化と迅速化が進むという。

■刑事罰で厳罰化を求める動き

ネット上で誹謗中傷した行為は、どこまで刑事上の罪に問われるのか。木村花さんへの誹謗中傷で刑事罰を受けた20代と30代の男2人の罪名は侮辱罪。略式起訴の末の刑罰は、科料9000円だった。

花さんの死後もネット上で誹謗中傷する人たちの行為はなくならない。刑罰として軽すぎるせいではないのか。

そう考えた響子さんは政府・与党などに対して「厳罰化」を求める要請を続けている。だが、厳罰化は政治家などが自分への批判を封じるために悪用しかねないなど、「言論の自由」を重視する立場からの慎重論も根強く、法制化の見通しはまったく立っていない。

■リアリティー番組の変化

響子さんは昨年7月、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送人権委員会に娘の死は番組の“過剰な演出”がきっかけでSNS上に批判が殺到したためだとして人権侵害を申し立てた。委員会は審理を進めて今年3月に裁判であれば判決に相当する委員会決定を出した。フジテレビによる人権侵害については、花さんへのケアが行われていたとして「認められない」とする一方で、配慮に欠けていた点はあるとして「放送倫理上の問題あり」という結論になった。

フジテレビも事件後に出演者やスタッフへのSNSでの誹謗中傷を監視する専門部署を新設するなどの新たな対応を始めている。これまで何をどう配慮すべきか原則や基準などがなかったといえるリアリティー番組の制作において、テレビ局は出演者の保護などにいっそう配慮するようになった現状がある。

■「倫理」遵守機関をつくる可能性

フジテレビが制作した「テラスハウス」は、地上波で放送される前にNetflixとFOD(フジテレビの動画サービス)で配信されていた。番組でスタジオのMC を務める人物のYouTubeチャンネルでは、視聴を促がす動画や「未公開動画」というPR動画もネット上に配信されていた。

テレビは放送と通信との融合が一気に進み、番組が放送前後にネットで配信されることも増えている。テレビ局による映像コンテンツも、放送されることなくネット配信だけされる場合も増えた。

放送・通信が融合する時代に起きた「テラスハウス」の木村花さんの死。BPOの放送人権委員会は記者会見で、「フジテレビが放送したこと」で初めて審理の対象になったと明かした。

では、もしテレビ局が制作しても放送せずネット配信に限定される番組はどうなるのか――記者にそう問われた委員会は、「BPOの運営規則上、テレビで放送されないと審理の対象にならない」と明言した。ただし「BPOはNHKと民放が設置した機関なのでそちらの方でお考えいただく」として「BPOという組織が新しい時代にどう対応するかという課題」だと認めた。

この部分は大きく報じられることはなかったが、日本で独自の形で発展している第三者組織 BPOが今後、テレビ局が制作する映像コンテンツ全体について、たとえ放送されずに通信だけで配信される場合でも、倫理を検証する余地があるという説明だった。

実現はすぐには難しいかもしれない。だが、放送と通信が融合している実態を考えると、BPOが放送と通信の映像コンテンツの倫理を守る役目を果たしていけば、いい先例になる。

■放送に準じたチェックを原則に

放送と通信を比較してみれば、倫理や原則がそれなりに定まっている放送に比べ、通信ならばいくら逸脱してもいいのだと考えている(のではないか)、と思わざるを得ない出来事があった。

2015年、日本テレビによる「セクシーラグビールール」事件が起きた。「ラグビーワールドカップ」に関連してルールを紹介するという口実でスポーツブラを着用した若い女性たちの谷間が露わな胸元やボールを蹴った時のショートパンツ姿の股間などをカメラでズームインするなど強調する動画を配信したのだ。

日本体育学会や日本ジェンダーとスポーツ学会がこの動画について日本民間放送連盟の「放送基準」に抵触するのでは? と抗議した際に、日本テレビは「「『放送基準』などが適用されるとは考えておりません」と当初は居直ったような回答をしていた。テレビ局が制作した動画でも「放送」であれば基準を遵守し、「通信」ならば守る必要はないという本音が透けてみえているようだった。「通信」だけの配信ではルールや倫理の適用外だというのが当時の認識だったといえる。日本テレビはその後の学会からの再質問に対して当初の回答を撤回。「ネット動画についても放送に準じたチェックを行う」という姿勢に転じた。

やはり放送局が制作する動画については、「放送に準じたチェック」を行うのを原則にすべきだろう。第三者組織として積み重ねてきた「判例」にそって通信でもそれを準用する形にすれば、無秩序な権利侵害や誹謗中傷を誘発するような映像コンテンツづくりは避けられるはずだ。

花さんの死から1年。ネット時代の犠牲になった彼女の死を無駄にはせず、それぞれの立場でインターネット時代の課題を解消する動きにつながることを切に願っている。

◯水島宏明(みずしま・ひろあき)/1957年、北海道生まれ。上智大学文学部新聞学科教授。札幌テレビ、日本テレビで在英・在独特派員、地域密着の情報ワイド番組のデスク、防衛庁・外務省記者、ドキュメンタリー番組を制作。「ネットカフェ難民」という造語でキャンペーン報道。2011年の東日本大震災の後で原発をめぐるドキュメンタリーを制作。2012年から法政大学社会学部教授を経て上智大学文学部新聞学科教授。放送批評懇談会理事(2016~20放送批評誌「GALAC」編集長)、2017~21日本マスコミ学会理事

※AERAオンライン限定記事

水島宏明

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