「皆、FIREしてなにがしたいの?」「お金ってステロイドと同じ」 羽田圭介が“投資で早期退職”を考える人に伝えたいこと

「皆、FIREしてなにがしたいの?」「お金ってステロイドと同じ」 羽田圭介が“投資で早期退職”を考える人に伝えたいこと

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/07/21

NISA、iDeCo、ふるさと納税……。近年、お金の話題はますます身近になりつつある。そんな今、現代人の金にまつわる葛藤を描く、羽田圭介さんの注目の新作小説が『Phantom』だ。生活を切り詰めて将来のために投資をする主人公・華美。一方、恋人の直幸は「使わないお金は死んでいる」と彼女を笑い、オンラインサロンの活動にのめりこんでいく。芥川賞受賞から6年、羽田さんがたどり着いたお金にまつわる意外な結論とは――?

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専業作家になってお金に不安が出てきた

——『Phantom』執筆のきっかけを教えてください。

僕は高校時代に小説家としてデビューして、会社員を1年半だけやってたんですね。その後中古マンションを買うと同時に専業作家になったんですが、しばらくしてお金の不安が出てきました。年収が300万円くらいの年もあれば、500万円くらいの年もあって、結構振れ幅が大きかったんです。

さらに追い討ちをかけるように、家の近所の書店で小説の棚が次第に減っていくのを目の当たりにして。小説の読者が減ることはあっても、増えることはないだろうってますます不安になった。

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そこで確定拠出年金を始めたんですよ。自由に使えるお金があまりなかったくせに、自営業者の満額6万8000円を掛けていました。その頃はカレー50人前作ったりという自炊等で家計も切り詰め、ちょっとした遊びの誘いもいくらかかるか計算して、行くべきかどうか吟味していました。

半年で米国株にまで手を出した

やがてもっとお金を増やしたくなって、投資信託を買いはじめました。さらに、より手数料が低くて自分の好きな額で売買できるETFを買うようになって。

日本の個別株にも手を出しました。45万円くらいが最低単元のバイオ株を買ったんですが、5000円くらいの値下がりにもビクビクしてしまった。恐ろしくなって、買った翌々日くらいに数百円プラスになったところで慌てて利益確定売りしましたね。

その後すぐ米国高配当株に移行。確定拠出年金を始めてから米国株を買うようになるまでは半年以内。お金がないからこそ株を買って、将来に期待していました。

芥川賞のあと放置していた小説が……

投資を始めたのが2013~14年くらいで、2014年の年末に『Phantom』を書き始めました。でも2015年の7月で頓挫して。芥川賞をとって忙しくなったし、株で少しずつ稼いでいる人の気持ちを真剣に考えられなくなってしまったんですね。その後はずっと放置して『成功者K』や『ポルシェ太郎』など、アッパーな感じの小説を書いていたんです。

でも去年コロナ禍で外での仕事が一時期より減って、「滅私」というミニマリスト小説(「新潮」2020年9月号掲載)も書き終わった。そこで書きかけの『Phantom』を読み直してみたら、これはむしろ今の自分にあっていると思ったんです。お金がなかったころの自分と、ある程度投資をしてお金への幻想がなくなった今の自分が、意外なことに近かった。お金で幸せを享受できるという考えが、どこか他人事であるという点において。

みんなが投資に興味を持ち始めた

また、去年の時点では投資を始めて7年くらいでしたが、すでに熱は冷めてきていました。一方で、周りが逆行するように投資に興味を持ち出したんです。彼ら彼女らにどうして投資を始めたのか聞くと、漠然と不安だからとか、お金が貯まったらFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的に自立して早期退職すること)して豪遊するんだとか言うんです。仕事での移動中、中毒のように頻繁に株価チェックをしているスタッフさんもいたりして。僕が投資を始めた頃は、そもそも誰も投資なんかしていなかったのに。

それで、これはちょうど今書くべき小説だと思うに至りました。お金に幻想を持って、増やしたがる人がかなりいる一方で、お金を介さないで人と繋がっていれば幸せだっていう勢力も目立っていますよね。この二者を書けば、相対的な視点をもったいいものが書けるのではないかなって。

女性は人生をフェーズで考える

——『Phantom』は羽田さん初の女性主人公の長編小説でもあります。

僕自身そうなんですが、男性って時間の流れに気づきにくいと思うんですよ。時間に対する意識が甘いというか、焦りがあまりない。10代や20代の楽しかった思いや欲望、友情関係がずっと続くと思いがちな気がするんですね。

でも周りを見ていると、女性は人生をフェーズで捉えている人が多い気がして。今年まではたくさん遊んだから、来年からはおとなしく生きようかな、とか。それがたとえ表面上の変化だけだとしても、なんでそんなに思い切りがいいんだろうって昔から不思議だったんですが、身体の違いからして男性とは時間感覚が違うのかなって思うようになったんです。女性には、出産をしたい場合に下さなきゃいけない決断が多いらしくて、もし出産をしたいと考えたら人生を逆算していかなければいけないからなのかなと。

株って、短期で儲けられる才能を持った人なんてあまりいないので、普通は長期で確実に儲けることになるんです。すると、儲けるほど時間が経って、自分の死も近づいてくる。金持ちになる頃には歳とって健康状態も悪くなってて、遊んでくれる相手がいるかもわからない。この葛藤により気づけるのは女性ではないかと思いました。

オンラインサロンへの「予感」が気になる

——華美が着実にお金を増やす一方、恋人の直幸はオンラインサロンの活動にのめりこんでいきます。

オンラインサロンってほとんどが予感ビジネスですよね。入ったらスキルが上がるとか、何者かになれるんじゃないかって予感があるから入会する。何をそんなに期待しているのだろうとは、思うんですが、入っている人の話を聞くことも多くて、この小説に取り入れました。

ただ予感ビジネスとはいっても、貨幣経済社会におけるブランド品だって同じですよね。やれ質やデザインが良いと言ったりしても、それを買えばアゲアゲな自分になれるかもしれないという予感に導かれて、買うわけじゃないですか。だからオンラインサロンは、旧来あるものが形を変えているだけともいえる。

大金って要らないんじゃないか

——ちなみに、羽田さんが投資に冷めたきっかけはあったのでしょうか。

7年の間に、信用取引とかCFDで合計3000万円くらい失ったことがあったんです。一方スイングトレードで、数日間で200万円儲けたこともありました。初心者の頃にはこれが最適だと思っていた米国高配当株投資も、実は目先の配当に釣られただけの非効率的なダサい投資だと気づいて、もっと安定して儲けられる投資に切り替えたんです。でも、安定した投資に行きつくと、投資ってもうやることがないんですよ。

さらに、資産の使い道もわからなくなったんですね。僕は「週刊プレイボーイ」で「作家・羽田圭介 資産運用で5億円の豪邸を買う。」という連載をしていました。快適な執筆空間が欲しい、それはRC地下1階・地上2階建、立地は東京都心。その費用を実労働で稼ごうとしたら50代半ばくらいになってしまうので、投資を頑張って若いうちに豪邸を手に入れようと。

でもその連載原稿を、賃貸マンションで集中して書けているわけです。じゃあ豪邸なんていらないんじゃないか、これまで通り都内の賃貸マンションに住めばいいんじゃないかって気づいたら、大金を何に使うんだろうと。豪邸を買いたい、際限なく水商売の店で使いたい、子供数人をアメリカの私立大学に進学させたいみたいな欲望がない限り、お金ってあまり使わないと思うんです。

通勤がなければ幸せになれるのか?

投資に興味を持ち始めた人たちが最近、僕に色々話してくれるようになりました。「週刊プレイボーイ」連載のイメージもあるし、周りに話せる人もいないみたいで。でも、かつての自分と同じように、将来のことをひどく具体的にイメージして、なぜお金が必要かを明確に考えている人って、全然いないんですよ。漠然とした不安があったり、会社をやめて暇になれば幸せになれそう、くらいで想像が止まってる。

特に、通勤がないことが幸せだと思っているみたいで。でも僕は、専業作家になって通勤がなくなり、強制的に気分を切り替えられなくなったのが結構大変だったんですよね。これは、コロナ禍のリモートワークで気づいた人も多いと思います。僕ですら未だに、漠然とした不健全感をおぼえたりもします。だからFIREしても鬱になる人って、割と多いんじゃないでしょうか。FIREしないで幸せになる道を探した方が楽だし、精神的に健全な状態を維持できると思いますよ。

お金はステロイド

20代の人たちと話をしていても投資の話を聞くことがあるんですが、お金は使った方がいいよって返しています。確定拠出年金やNISAもやめておきな、と。若い時の節約とか投資なんて長い人生で考えると損のほうが大きいから、欲しいものを買ったり、飲み会や旅行に行ったりした方がいいよって。毎日缶ビールを飲みたいなら、ワンコインの嗜好品なんか我慢しないで飲んじゃいな、って。

お金ってステロイドと同じなんですよ。年齢を重ねてゆくと、同じ額を使ってもだんだん効かなくなる。子どもの頃は1000円あったらすごく豪遊できたじゃないですか。それがだんだん、30代で10万円のものを買ってもさほど心が動かなくなって。歳とってから大金を使うより、若いうちに少額を使い切ってしまうほうが、よほど幸せだろうと思います。

とはいえ、10~20代の人にはなかなか伝わらないでしょうね。僕が投資を始めた当時、止めてくれる人は周りにいませんでしたが、同じことを言われたとして、従ったかはわかりませんし。

予感の入らない時間を求めて

——お金を増やすことに冷めた今、羽田さんが夢中になれることって何でしょう。

最近だと、夜、暗いところを散歩している時ですね。霧っぽい小雨が降ってて数メートル先がぼやけてる時なんかが最高です。迷っている感じがいいんですよね。最近の世の中は何でも可視化されてしまっているから、心身ともに意識して迷おうとしないと、迷うことがないと思うんです。迷うための散歩は、自分の無意識下にあるなにかを探れる貴重な時間です。

その次が原稿を書いている時ですね。特に今やっている文庫本の校正作業は、もう我を忘れてやっています。自分が赤ボールペンそのものになったかのように感じられる瞬間があったりして、まさに無我夢中です。

どちらも、予感が入る余地がないんです。過去も未来もなくて、今しかない。結局そういう時間を増やすしかないのかもしれません。お金についても、増やすことにばかり関心がいき今の行動に制約がかかってしまうくらいなら、素直に今、お金を使おうよって思うんです。

お金だけもっていても仕方がない。でも、人間的なつながりだけあればいいって人も、その維持のために周りを気にしながら、いわば相互監視的なムラ社会を生きなければいけないんですよね。それなら、人々と繋がりつつも経済的にはある程度自立していて、いざとなったらコミュニティに異を唱えられる自由さを保持しながら生きるのがいいなって。ここに答えはなくて、どちらか極端な方に振れないように、考え続けるしかないですね。

(羽田 圭介/文藝出版局)

羽田 圭介

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