立川談春×酒井順子「『赤めだか』で賞をいただいても、『下町ロケット』や『いだてん』で評判になった時も、その気になっていると思われたくなかった」

立川談春×酒井順子「『赤めだか』で賞をいただいても、『下町ロケット』や『いだてん』で評判になった時も、その気になっていると思われたくなかった」

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2023/01/25
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立川談春さん(右)と酒井順子さん(左)(撮影:洞澤佐智子)

17歳で立川談志さんに弟子入りし、古典落語の名手といわれる立川談春さん。変化の激しいこのご時世に何を思い、落語の灯を繫いでいるのでしょうか。大の落語好きで、長年の知人でもある酒井順子さんと深く語り合いました(構成=篠藤ゆり 撮影=洞澤佐智子)

【写真】どんなに悲しい時も、つらさや痛みがある時も、ユーモアが空気を変える。と話す立川談春さん

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つらい時もユーモアが空気を変える

酒井 落語にはさまざまなタイプがありますが、私は「夢金(ゆめきん)」や「文七元結(ぶんしちもっとい)」など、少し暗めの噺から談春ワールドにひき込まれました。

談春 酒井さんが落語を好きになったきっかけはなんだったの?

酒井 父が寝る前にラジオで落語を聞いていて、その時はなにが面白いんだろうと思っていました。でも、30歳を過ぎて自分も人生の山だの谷だのを経験すると、落語の中の人たちが急に身近に思えてきて。おばあさんになっても最後まで観に行くのは落語と文楽だろうな、と。

談春 落語と文楽? なぜ?

酒井 どちらも、自分の中の原始的な部分を刺激してくれるというか。歌舞伎は役者さんが演じているのを私が観ているという感じですが、文楽は人形なので自分がその中に入り込める。落語もひとりの演者さんがすべての役をやっているので、やっぱりそこに自分が入っていけるんです。

談春 なるほどね。落語は演者ひとりでセットもないし、手ぬぐいと扇子だけ。(立川)志の輔兄さんも(春風亭)昇太兄さんも「なんにもないから、なんでもある」って言ってたけど、つまり、どれだけ聞いている人の頭の中で世界が広がっていくか。これって、本来は日本人に合った芸能だった。

酒井 そういう気がします。

談春 でも今のエンターテインメントは、まったく逆でしょう。映像から音から総動員で、これでもかというくらい五感を刺激する。

酒井 説明過多なまでに、観る人にサービスしていますよね。

談春 そういう意味で、落語にとって難しい時代になりました。

酒井 でも、やっぱり落語には力があると思うんです。私が30代の頃、父が突然亡くなりました。たまたま葬儀の翌日の落語会のチケットを買ってあって、一緒に行く人は「こんな状況だからやめようか」と言ってくれたけれど、私は「いや、行く」と。

そうしたら、閉じていた脳がパカッと開いたような気がしたんです。噺に集中して、笑ったりじーんとしたりしているうちに、一筋の光が射してきた。落語は人を救う力を持っているな、と実感しました。

談春 どんなに悲しい時も、つらさや痛みがある時も、ユーモアが空気を変えるよね。

酒井 そんな体験もあって、私は落語を信頼してるんですよね。談春さんは、どんなふうに落語と出合ったんですか。

談春 子どもの頃から演芸番組で落語を見るのが好きで。それに、とにかくよくしゃべる子どもでね。4歳か5歳の頃、銭湯へ行く道ですれ違う人に「こんばんは。いいお月夜で」とか言ってたくらい。

その日の相撲の取組と、どの技で勝ったかを覚えていて、銭湯でしゃべったりしてさ。「おっ、相撲の兄ちゃんが来た」なんて言われてました。

メロディ、リズムスピードの三拍子

酒井 談春さんは、ドラマの『下町ロケット』や『いだてん』にも出演されていました。役者として演じることと、落語で演じることの違いはありますか。

談春 「こんちは」「おや、八っつぁんかい。遠慮はいらない、まあまあお上がり」「どうもご馳走様です」「なんだい、そのご馳走様ってのは。まあまあお上がりと言ったんですよ」「まあまあを、まんまと聞き違えちゃったんで」――。これ、演じてたらできない。話芸はメロディとリズムです。

酒井 音楽のようなものなのですね。

談春 あと、落語のスキルのひとつにしゃべるスピードがあります。プロなら速くしゃべれなくてはいけない。間や感情移入は、速さを身につけてからのこと。そのためには、修業しかないんです。

酒井 一人前になるまでには、かなり時間がかかりますよね。

談春 真打になるまでに、10年、15年かかります。酒井さんは高校生ですでに職業作家だったわけでしょう。天才ですよ。

酒井 いやいや、とんでもない。

談春 でも、書く仕事は自分で選んできたんでしょう?

酒井 選んだというか、そこしか道がなくて、平均台の上を歩くかのようにしてきました。

談春 「これしかない」ということを続けてきた点では、共通しますね。それにお互い、講談社エッセイ賞を受賞した。

酒井 入門してから真打になるまでのことを書かれた『赤めだか』、名作です。

談春 酒井さん、受賞パーティーの二次会に残ってくれて。「ずるい!」と言われたのを今でも覚えてます。「なんで?」「私、この賞を取るまでに何年かかったと思ってるの!」って。あの言葉が胸に引っかかって、俺、二度と書かなかった。

酒井 え~っ! そんなマズいことを言ってしまったとは。もっと書いていただきたいのに。

談春 ギャンブルの師匠から、「あんた、珍しいね。負けてる時に華がある」って言われたの。「上向きの時は猫背になってどんどん声も小さくなるし、気配を消そうとする。負けると上機嫌で、ワーワーはしゃぐ」って。普通は、勝った時にはしゃぐんだろうけど。

酒井 カッコイイですね。

談春 僕は、勝っている時のほうが嫌なんです。負けてる時に、格好つけて奥歯を嚙みしめることは誰でもできる。でも人間って、勝ってる時ほど本性を隠せなくなるから。『赤めだか』で賞をいただいても、ドラマで評判になった時も、浮かれている、その気になっていると思われたくなかった。だから、「次も」と言われても断ったの。

酒井 普通の人なら、ほいほい書くのに。

談春 本音を言えば、『赤めだか』を超えるものは書けない。だって立川談志のことを書いたら、誰が書いても面白いんだもん。

<後編につづく

立川談春,酒井順子

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