
南米チリ共和国北部、標高5000メートルのアタカマ砂漠に建設された電波干渉計「アルマ望遠鏡」。日本、北米、ヨーロッパを中心に、チリや東アジアを含め22カ国の国際協力プロジェクトとして建設、運用されてきました。
2003年に建設が始まり、試験運用を経て、2013年3月に開所式を迎え、本格運用が開始されました。今年は、このアルマ望遠鏡の運用開始10周年になります。これまで、多くの発見や研究成果をもたらしてきましたが、その中には次代の天文学を担う若手研究者によるものも目立ちます。
そこで、山根一眞さんが、アルマプロジェクトのリーダーである井口 聖さん(元 国立天文台 副台長)に3人の若手研究者を紹介してもらい、それぞれに興味深い研究内容について話を聞きました。

アカタマ高地のアルマ望遠鏡。アルマは電波をとらえるので日中でも観測可能 photo by National Astronomical Observatory of Japan
10周年を迎えたアルマ望遠鏡
アルマ望遠鏡が2013年3月の開所式から10周年を迎えた。
チリ北部、アンデス山脈の標高5000mのアタカマ高地(砂漠)に、日米欧を中心とする国際協力で建設されたアルマ(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)は、66台の超精密パラボラアンテナからなる電波望遠鏡だ。
電波望遠鏡は「電波受信」によって天体の「観測」をするが、100億光年もの彼方から届く微弱電波は平地では大気中の水蒸気によって減衰するため、立地として水蒸気が少なく電波ノイズがほとんどないアタカマ高地が選ばれた。その立地調査では、日本の天文学者たちが大きな貢献をしている。

標高5000mには日本が開発建造した16台のパラボラアンテナがある。右の人物は著者。2013年3月撮影
アルマの受信感度と観測精度は想像を絶するもので、「アルマが月面に置いたスマホの電波を受信すると宇宙で最大の信号になる」。その電波による天体の見え方は、「東京から大阪に置いた1円玉が見えるに等しい」。と、いう計画を1998年に聞いた私は心を奪われ、チリ現地を2回訪ねるなど取材を続け、2017年に『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』(日経BPコンサルティング)を出版した。
*参考記事:〈追悼・スーパー天文学者、海部宣男さん(元国立天文台長)〉
先日、国立天文台に、長年アルマプロジェクトを牽引してきた教授の井口聖さん(元副台長)を訪ねたところ、「この10年、アルマは遠方の天体から届く微弱電波の観測に続々と成功しており、予想を上回る威力を発揮している」という。

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しかも、「132.7億光年先の銀河に酸素を発見するなど、日本の若い研究者の成果が著しく、世界を大きくリードしているんですよ」と言うのだ。ビックバンによる宇宙誕生は138億年前だが、日本の「若い研究者」たちがビッグバンからわずか5.2億年後の銀河研究で成果をあげているとは頼もしいかぎりだ。
アルマで世界的な発見をしている「若い研究者」
電波は光と同じ速度で進むため、132.7億年前の銀河が発した電波が133億年かけて地球に届いているが、従来の電波望遠鏡の100倍という超高感度のアルマは、133億光年先から届いている微弱電波を捉えることができる。
ということは、アルマの標高5000mに2度行った私は、ごくごくごく微弱だが、ビッグバン直後の天体が発した電波を浴びていたのかと不思議な思いだが……。
アルマで世界を凌ぐ発見をしている「若い研究者」たちは、どんな人たちなのだろう。
「私たちとはまったく違う世代で驚かれると思います。ぜひ会って下さい」と、井口聖さんから3人の研究者を紹介された。
アニメキャラに囲まれた研究室
その部屋のモニターの横にもハードディスクのラックにも、アニメキャラクターの絵やシール状のものが貼ってあり、デスク上にはそのフィギュアとおぼしきものを置いてある。
「これ、私が創作したキャラです。同じキャラでカレンダーも作りました」
と話す女性は、1990年生まれの33歳。アニメ好き少女がちょっと大人になった印象だが、ここは、京都大学基礎物理学研究所の極限構造研究部門、講師・大屋瑶子さんの研究室なのである。

大屋遥子さん(左)と創作したキャラクターがある京都大学の研究室(右) 写真・山根一眞
京都大学基礎物理学研究所は、1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士が1953年から1970年まで所長をつとめた基礎物理学の名門だ。壮麗な印象の建物、湯川記念館の前には湯川博士の胸像がある。アニメキャラクターに囲まれたこの研究室は、湯川記念館と並ぶ建物内にある。大屋さんのような新世代の「物理学者」に私は戸惑ったが、湯川さんはあの世でどんな思いで見ているのかなと思わずにはいられなかった。

湯川記念館。左に湯川博士の胸像が見える 写真・山根一眞
そんな研究室で会った大屋瑶子さんは、東京大学理学部物理学科を卒業後、同大学院で学び、東大助教を経て現在は京都大学講師。2016年、アルマ望遠鏡によって「原始星を取り巻く大型有機分子の回転リング」を発見し注目を集めた研究者だ(理化学研究所・坂井南美准主任研究員ら日仏共同研究、指導は東京大学物理学専攻、山本智教授)。

大屋瑶子さん。後ろのラックには100台のハードディスクが並ぶ 写真・山根一眞
有機物由来の証拠となる「回転リング」の発見
宇宙科学では、私たち自身に通じる有機物が、どこからどのように太陽系にもたらされたかは大きな関心事だが、まだまだ謎が多い。
そこで大屋さんらがアルマで調べたのが、へびつかい座にあり太陽とほぼ同じ質量をもつ若い原始星「IRAS 16293-2422 A」だった(地球から460光年程度と近い)。その原始星の周囲に、半径50AU(1AU=地球と太陽の距離)の大型有機分子の回転リングを発見したのである。

大屋さんの成果である「大型有機分子の回転リング」の発見。左はギ酸メチル分子の分布。右は無機炭素化合物OCS(硫化ヒカルボニル)の分布 出典・東京大学発表資料拡大画像はこちら
2016年6月20日、東京大学のプレスリリースではこう説明している。
これは、原始星に向かって落下してきた星間ガスと、形成されつつある惑星系円盤の境界面にあたる。星間空間で形成され星間塵に蓄えられた大型有機分子が、蒸発してきたものとみられる。この結果は、星間空間起源の大型有機分子が惑星系に供給されていることを示す直接的な証拠である。同時に、惑星系にもたらされる有機分子が原始星によって異なることがわかった。このことは、宇宙における太陽系の普遍性・特殊性の議論に化学組成という新しい視点が必要であることを示す。
原始星と周囲の塵と星間ガスからなるリングの構造や進化、そのメカニズム、生成される化学物質の解明は、太陽系の誕生という私たちにとって身近な謎の解明につながるため、アルマの観測でも大きなテーマだ。
アルマ望遠鏡を見たことのない「新世代天文学者」
2014年11月、アルマの開所式からわずか1年半後に、アルマがとらえた「おうし座HL星を取り囲む塵の円盤」は、史上初めて惑星誕生の場を鮮明にとらえたとして、国立天文台の歴代台長たちは涙が止まらなかったという。
アルマは、稼働開始早々に「理論」でのみ語られていた「惑星系誕生」の物語を「観測成果で見る」時代への幕開けを告げた。あれから9年、「原始星と惑星系円盤」の観測成果がこれでもかと発表されている。
大屋瑶子さんの成果はその1つだが、大屋さんはアルマ望遠鏡を見たことがなく、チリに行ったこともない。大屋さんは、望遠鏡にかじりつき毎夜観測に精を出す私たちが長年抱いていたイメージの天文学者ではなかった。
アルマは標高5000mで電波という「信号」を受信し、それを光ファイバーケーブルで標高2900mのアルマ・山麓施設に送信している。さらにそのデータは、日米欧を中心しとした各国のアルマ拠点のサーバーに送られデータベースとして蓄積されている。
研究者が取り組んだアルマの観測データは、一定期間後に公開される。天体から届くデータは膨大なので、そこに思いがけないお宝が発見できるかもしれない。大屋さんがデータベースで調べた原始星は、周囲の化学組成研究で多くの研究者が取り組んでいたためこれに絞り、独自のプログラムを駆使して「原始星の周囲にある大型有機分子の回転リングを発見」したのである。
アニメキャラの絵が貼ってあるデスクサイドのラックにざっと見て100台ほどのハードディスクがあったが、ここが大屋さんにとっての「宇宙」であり、大屋さんは「プログラム」という望遠鏡で観測してきたのだ。これが、アルマによる新しい「天文学」の姿の1つのかと、ちょっとため息が出た。
惑星系円盤およびその周囲には数多くの化学物質がすでに発見されている。化学物質は固有波長の電波を発するので、受信波長からどんな化学物質があるかがわかるのだが、大屋さんは「ギ酸メチル分子」の挙動を調べた。それは、「ギ酸メチル分子」のあるなしに意味があるのではなく、惑星系円盤での挙動を知るために「ギ酸メチル分子」を追いかけた、のである。
この大成果を手にした大屋さんは祝杯の代わりに「ケーキを食べました」と語っていた。
「理転」して、宇宙の脇道を探る研究者に
続いて訪ねた広島大学の助教、稲見華恵さんは、アルマによって「観測史上最古の〈隠れ銀河〉を131億年前の宇宙で発見」した(国立天文台アルマプロジェクト特任研究員、早稲田大学理工学術院総合研究所次席研究員、札本佳伸さんらとの国際研究チーム)。

広島大学の稲見華恵さん。「大変なことを発見してしまって……」と明るい表情 写真・山根一眞
稲見華恵さんは1984年生まれの38歳。理系は不得意だったが、一念発起して明治大学の理系に進み、物理に興味をもち、総合研究大学院大学で学位。米国 カリフォルニア工科大学やフランス国立科学研究センター(リヨン天文物理学研究センター)研究員などを経て、2019年に広島大学、宇宙科学センターの助教に就いた。
稲見華恵さんの「観測」はアルマのデータベースではなく、アルマ望遠鏡による大規模探査プロジェクト(REBELS)で得たデータでの「脇道発見」だった。REBELSは、130億光年前後にある40個の、近赤外線で明るい銀河を塵や炭素を手がかりに探るプロジェクトで、札本佳伸さんがその研究に取り組んでいた。
観測史上最古の「131億年前の塵に埋もれた」銀河
稲見さんもこのプロジェクトに参加していたが、本来の目的とは異なる少し離れた場所に塵と炭素イオンの放射源を発見したのだ。同じ場所をハッブル宇宙望遠鏡で調べたところ、何も見えない! その強い電波は塵に埋もれた銀河が発していることが明らかで、これは観測史上最古の、131億年前の塵に埋もれた銀河と判明した。

観測史上最古の〈隠れ銀河〉を131億年前の宇宙で発見。左はハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線観測画像。右はアルマによる観測。ハッブルでは何も見えない領域(左写真の上の囲み)に、アルマ(右上の写真)は塵に隠れた銀河をとらえていた 出典・早稲田大学発表資料拡大画像はこちら
「人類が見たことのない最古の遠方銀河を見つけるという世界的な発見をしましたが、自分を落ちつかせて、これはホントなのか、アルマのデータ解析ソフトウェアなどで確認しました」
稲見さんらの発見は、宇宙初期の銀河の誕生と進化に、まったく新しい知見をもたらしたと評価されている。130億年以上前の宇宙には、ハッブル宇宙望遠鏡でもすばる望遠鏡でも観測できない、同じように塵に隠れた銀河が多数あることを示唆しており、今後、多くの研究者が 130億光年先でさらなる隠れ銀河の探査を行うモチベーションになるに違いない。
という稲見さんも、チリのアルマの現場には行ったことがないのは、大屋さん同様だった。
少年時代の夢を実現した研究者
続いて訪ねたのは、筑波大学数理物質系、宇宙史研究センター助教の橋本拓也さんだ。
1988年生まれの35歳。橋本拓也さんが宇宙に関心を抱いたのは、小学生時代の1995年、ヘール・ボップ彗星が話題になった時だった。長じて、東北大学理学部宇宙地球物理学科で学び、東京大学大学院理学系研究科で天文学専攻。後、フランスのリヨン天文台の博士研究員、大阪産業大学、早稲田大学理工学術院などを経て筑波大学には2019年に赴任している。

わくわくする成果を語る橋本拓也さん 写真・山根一眞
アルマ望遠鏡による「独創的研究」
ヘール・ボップ彗星で宇宙に目覚めてから26年後、橋本さんはアルマ望遠鏡による研究で2021年度の日本天文学会欧文研究報告論文賞を受賞した。
これは、「日本天文学会欧文研究報告に過去5年に掲載された論文の中から,独創的で天文分野の発展に寄与した優れた論文に対して授与されます」(国立天文台)、という栄誉だ。
その独創的研究とは、131億光年先の天体、ろくぶんぎ座の天体「B14-65666」に酸素と炭素と塵が放つ電波を同時検出したことにある。 いったい、それはどんな意味あるのか?

「B14-65666」に酸素(緑)と炭素(黄)と塵(赤)が放つ電波を同時検出。アルマ観測にハッブル宇宙望遠鏡の星の分布(青)を重ねた画像
宇宙創生の初期のシナリオが明らかに!
138億年前のビッグバンから2〜3億年後に作られた星では核融合反応で多くの元素が作られたが、その星が寿命となり超新星爆発を起こすとさまざまな元素が撒き散らされ、次の星の材料となったと考えられてきた。
橋本さんは、「アルマで遠方銀河に大量の酸素が観測できたことは、その元である超新星爆発が宇宙創生の初期にたくさん起こっていたというシナリオがわかった、ということなんです」と嬉しそうに話す。131億光年もの遠方で酸素、炭素、塵を同時に検出したのは世界初の快挙だった。
「酸素」を観測、というと生命の起源かと早とちりしそうだが、「酸素」は星や銀河の生死の「モノサシ」なのだ。橋本さんはこう説明する。
「ビッグバンで最初の生成されたのは水素ですが、水素が発する電波は130億年前を中心とした再電離期には吸収・減衰してしまうので、天体の挙動を知る「モノサシ」にできないんです。そこで、再電離期でも電波が通り抜ける酸素が大事な〈モノサシ〉になるんです」
橋本さんは「酸素が見えた!」と興奮で寝付けなかったという。
史上初めて見えた「銀河合体」
橋本さんらは、さらに、その炭素や塵、酸素の電波発信原で、2つの銀河がまさに合体している姿を「見た」。銀河は合体によって爆発的な星形成を行うが、131億光年もの遠方、ビッグバンからわずか7億年後の「銀河合体」では、私たちの天の川銀河の100倍のペースで星が作られているという。そういう宇宙の大ドラマの現場をまざまざと「見た」のは史上初の成果だった。

131億光年彼方に観測史上最遠の合体銀河の証拠をとらえた。観測データのよるイメージ図
広島大学の稲美華恵さん同様、ビッグバン直後に宇宙がどんな進化をとげてきたのか、ベールに覆われていた宇宙初期の姿を日本の若い研究者がアルマで続々と明らかにしているのは頼もしい。
アルマ望遠鏡の次の目標
国立天文台の井口聖さんは、次の10年に向けてアルマ望遠鏡の観測性能をさらに上げる計画を明かしてくれた。
それは、原始惑星系円盤の観測で「地球軌道」が観測できる解像度を目指す大幅アップ案だ。観測可能天体数を100倍以上にする。しかも、それを思いがけない発想で、低コストで実現するアイデアがある。

新たなアルマ計画について説明してくれた国立天文台の井口聖さん。アルマの実現のため長年にわたり尽力してきた 写真・山根一眞
さらに、地球の電波ノイズがない月の裏側にアルマと同じ原理の電波干渉計(月面天文台)を建設する計画も明かしてくれた。この計画では小惑星探査機「はやぶさ2」のチームも参加し議論を進めているが、やはり驚くような発想、低コストでの実現を目指している。これら「アルマ2.0」については、あらためて報告したい。
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