俳優・大野拓朗が「日本の芸能界から離れて、NY留学を決めた」理由

俳優・大野拓朗が「日本の芸能界から離れて、NY留学を決めた」理由

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/08/02
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ドラマ『わろてんか』『ベビーシッター・ギン』などで知られる、俳優の大野拓朗。昨年8月に所属事務所を退社し、その後に単身渡米。7ヵ月のニューヨーク留学を経て、一人の俳優として独立した彼が、いま伝えたいことーー。

何のために俳優をしているのか

初めまして。俳優の大野拓朗です。

前事務所を退所して新たなスタート、自分のさらなる成長と大きな挑戦への第一歩としてアメリカへ渡り、先日7ヵ月ぶりに帰国。その経験を皆さんにお伝えするべく、筆を執らせていただくことになりました。

ニューヨークに留学をしていたのは、2019年12月7日から2020年7月7日までのちょうど7ヵ月間。初めてのニューヨーク、初めての語学留学、憧れのブロードウェイに胸を躍らせて渡った「自由の国」。

そんな中で留学期間の半分以上がコロナ禍、さらに黒人差別への抗議デモ「BLACK LIVES MATTER」勃発と、想像をはるかに超える出来事と遭遇し、とても濃く太い経験をすることになりました。

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まずはそもそものお話をさせていただきます。なぜこのような挑戦をしようと思ったのか。

実は、ここ数年ずっとモヤモヤしていました。このまま日本で俳優を続けていれば、きっと、安定して仕事をいただけていたかもしれません(手前味噌ですが)。

でも、このまま続けていたら絶対に将来、俳優を辞める時が来るなと何か確信めいたものを感じていて。何のために俳優をしているのか、何のためにお芝居をしているのかが分からなくなっていたのです。

楽しくはあるのだけど、醜い部分が多くて。醜さがあるのはどの世界でも当たり前のことだと思いますが、エンターテイメントの世界では人間的な醜さをことさらに強く感じて。息苦しくなり、それが楽しいを凌駕してしまった結果、この仕事に固執する必要はないのかなと感じてしまいました。

身近な人の死が続いた

でもその反面、矛盾するかもしれませんが、俳優は辞めたくないという気持ちがありました。

「歳をとって、撮影が終了して、その翌日に倒れて亡くなる」とか、「一生涯役者を続ける」ことが役者を始めた頃からの思いだったので、それを頑なに貫き通そうとしている部分もあるのかもしれません。

ですがやはり、お芝居をしている時には何にも変えがたい楽しさがあります。自分にとっての生きがいであり、生きている喜びを一番実感できる瞬間でした。

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さらに、たくさんの人が応援してくれている。それは仕事関係の人たちもそうだし、ファンの方々もそう。この仕事をきっかけにして出会った大好きな人たちがたくさんいます。その人たちにとっての自慢の存在になりたい。だから、役者の仕事を嫌いにはなりたくなくて、辞めることにはなりたくなくて、一度距離を置いて冷却期間を設けたいと思ったことが、これらの行動のきっかけです。なんだか恋愛みたいですね(笑)。

あとは、近年身近な人の死が続いたことも大きいです。今まで、死はどこか自分とは遠いところにあるものだと思っていたのが、かなり近くに感じるようになりました。30歳になって、自分の人生についてもしっかり考えるようになりました。

人生一度きりということを強く実感し始めて、いつ死ぬことになっても後悔しない生き方をしたいと思うようになりました。歳を重ねるにつれ、たくさんの経験や人との出会いによって自分の思考が大きく変わったように思います。

「反対意見」は常につきまとう

今回のニューヨークでの経験の中で、自分が一番大きく変わったなと思う部分は、「自信を持てるようになった」ことだと思います。言葉通り、自分を信じられるようになりました。

幼い頃から身長も高く、目立ちやすかった僕は、常に優等生でいなければいけない、良い子でいなければいけない、まじめに生きなければいけないと思い続けてきました。人目を気にしながら生きてきて、いつのまにか、自分の意見や主張を発信することを恐れ、やりたいことがあってもどこか逃げ腰になっている自分がいました。

しかし、ニューヨークで出会った多くの人々は、そんなことよりも自分が楽しく、自分の思うままに生きている。自分の生き方を他人に決められたくないと。

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コロナ禍の中でも、外で運動をしたり、公園で短パン一丁で汗だくになりながらトレーニングをしている人をたくさん見ました。「そんなことをしているから感染者数が多いままなのではないか」という指摘ももちろんありますが、マスクやサニタイザーで消毒をするなど最低限のケアをしながら、どんな状況でも自分のライフスタイルは変えたくないという強い想いを感じました。

「あ、これでいいんだ!」と、このときスッと僕の心が晴れやかになりました。

アメリカに来て、自分のことを知っている人が周りにいない状況で、自分と同じ背丈の人なんてたくさんいて、アジア人もたくさんいて、自分も多くの人々の中のただの一人にすぎない。俳優ではなく、ただの大野拓朗として生活してみて、人目を気にしすぎることなく、フラットな状態で生活を送ることができました。

そうして自分を見つめ直し、気付いたことは「しっかりと自分の頭で、心で物事を把握する。そして行動に移す」ということ。それでいいんだと。

強い意見や主張に対して、反対意見はつきものです。でも、しっかりと考えて、自分の心に従って行動に移したことは、少なくとも自分にとっては間違いではないと自信を持つことができました。

「BLACK LIVES MATTER」運動に参加して

そして、そんな中で起こったのが「BLACK LIVES MATTER」デモ。日本生まれ日本育ち、海外も数回旅行や仕事で行っただけの僕には、人種差別という概念がどこか他人事のように感じていました。何度も聞いたことはあるけれど、実感が湧いていませんでした。

しかし、語学学校の先生たちから黒人差別の歴史を教えてもらったり、自分自身でもいろいろ調べてみると、ふつふつと怒りが沸き起こり、いても立ってもいられずにデモ活動に参加しました。

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なぜこの時代に人種差別があるのか。しかも世界の最先進国であるアメリカで。多種多様な人たちの集まる自由の国アメリカで。

いまだに差別地域が残る場所もあると聞きました。「RED LINING(特定警戒地区指定)」と呼ばれ(日本語でも赤線地帯という言葉がありますよね。意味は少し違うけれど、同じ言葉でびっくりしました)、その地域は主に低所得層である黒人の方々が住んでおり、彼らは銀行からの融資を受けられないそう。そして他地域に出て働くことも許されない。

アメリカ人にとって、富を掴むために大切なことは、良い大学を出ること、そして家を買うことだそうです。しかし、この赤線地帯に住んでいる人たちはローンを組めないために家を買うことができません。

すると納める税金の額も少ないため、その地域は貧困のまま。それによって学校では低賃金により教師の質が低く、少ない教室には生徒が溢れ、十分な教育を受けることができません。今では法律でこの融資差別は禁止されているようですが、まだまだ根強く残っている地域がたくさんあります。

そんな状況の中でも、一生懸命勉強をして、良い大学に入ろうと努力をする人はもちろんいます。しかし、黒人を一切受け入れない大学もあるとか。バスに乗ってもいけない、電車に乗ってもいけない。それが見つかると警察に捕まります。そんな地域もあります。

そしてコロナ禍でも表面化した多くの差別。黒人は病院で診察も受けられない。処方もしてもらえない。白人が優先。そんな状況が今自分のいる目と鼻の先で起こっていることに強い憤りを感じました。他人事ではないなと。

一人の人間として声を上げよう

このデモ活動に参加したことは、自分にとって一番の成長になったと感じました。自信を持って、参加してよかったと思います。

先ほども話しましたが、以前の僕だったら参加できませんでした。covid-19が流行っている中で感染のリスクもあるし、さらに暴動にまで発展する可能性のあるデモに参加するなんて、少なからず影響力のある仕事をしている自分が参加すべきではないと。人になにか言われることを恐れ、心にあるこの出来事に対する怒りから逃げていました。

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しかし今は違います。一人の人間として、人間の尊厳を守るために声を上げる一員になりたい。そしてデモは決して危険なだけのものではなく、当たり前の主張をしているだけだと伝えたい。便乗犯罪は許せないけれど、暴動に発展するほど爆発してしまう気持ちは理解できます。

僕ですらここまでの怒りを感じているのだから、当事者たちは相当な想いを胸に抱いていると思います。でも今では、みんなしっかりと冷静に主張を続けています。このデモ活動が、世界を変える、歴史を変える瞬間になることを望んでいます。そしてそれを、僕自身も少しでもサポート出来たらなと。影響力のある仕事をすることができていてよかったなと改めて感じます。

今自分が、日々健康的に過ごすことができ、そして自分の心に素直に生き、夢に向かって挑戦することができていることに感謝の気持ちでいっぱいです。

この、人生において大変貴重な経験や学びを得られたニューヨーク生活を送ることができたのは、すべて周りの方々のサポートのおかげです。

日本を発つ前に、「留学費用の足しにして」とたくさん仕事をいただいたり、留学中にも執筆やラジオ収録、広告、写真集の撮影などを通じて、ニューヨークにいたあの刺激的な瞬間をたくさん切り取っていただけました。

さらに毎週日曜日にインスタグラムライブを開催していたのですが、多くのファンの方々に楽しんでいただけました。covid-19の影響によるステイホームにより不安に思っているであろう皆さんに、日々の楽しみを作って元気になってもらえたらという思いで取り組んだのですが、逆にこちらが元気をもらい、勇気をもらい、自信をもらいました。帰る場所があるっていう安心感は素晴らしいものです。

前を向いて歩いていく

最後に。

学生時代までの僕は、安定志向で、何事もそつなくこなし、努力はするけれどもそれは小さい世界の中での話で。100点は目指すけどそれ以上はない。その分の努力も小器用にこなす。その時に持ちうる自分の力の100点満点を目指すだけ。

けれど今は、安定した生活は求めず、常に120点、200点の自分を目指して努力をする。日本だけでなく、世界で羽ばたくことをも目指す。もっと上へ、もっと成長したいという飽くなき向上心が湧いてきます。

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そんな風にして、自分の世界が広がってきていることを感じます。昔までの自分だったら想像もできない生き方です。海外での生活に憧れはあったけれど、まったく現実的ではなく、一生日本で過ごすのだろうと考えていました。でも今では、おかげさまで、可能性や夢がどんどん広がっていて、ワクワク続きの日々を過ごせています。

僕はこれから先、日米両国間で活躍できる俳優を目指します。そして、必ずや、支えてくださる、応援してくださる皆さんにとって自慢の存在になれるよう、どんな困難が起きようと、どんな世の中になろうと、前を向いて歩いて行きたいと思います。

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