「ラーメン一杯1000円以上は高い」論がもはや時代遅れと言えるワケ

「ラーメン一杯1000円以上は高い」論がもはや時代遅れと言えるワケ

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/05/23
No image

適正価格をめぐる議論

「ラーメン一杯」と聞いて、あなたはどれくらいの値段を想像するだろうか。600~700円代を思い浮かべる方が多いと思うが、繁華街で営業するラーメン店の看板を見ると、1000円を超えるものも珍しくなくなった。

「庶民の食べ物であったはずのラーメンに1000円も払えるか!」と憤る50代60代の方も少なくない。その気持ちも分かるが、ちょっと待ってほしい。本当にラーメン一杯1000円は高いのだろうか。

新型コロナ拡大防止のため、緊急事態宣言が出されて早1ヶ月以上。ウーバーイーツなどの宅配代行サービスの需要が高まり、ラーメン専門の『宅麺.com』といったサービスも広がりを見せるなど、お店で作られたラーメンを自宅で楽しむスタイルは、これまで以上に注目を集めている。

No image

Photo by GettyImages

こうした中で、どのラーメン店がよいか、と値段を見ながら比較を行う人も増えている。そこで改めて今、「ラーメン一杯の適正価格」とは何か、考えさせられる局面に来ている気がしてならない。

話は遡るが、筆者が20歳の頃、国分寺に『味太郎』という『吉祥寺ホープ軒本舗』出身のラーメン店があり、しばしば足を運んでいた。ここのラーメンは1杯400円だった。

当時発行されたラーメンガイドブックには、店主の言として「牛丼に負けない値段で勝負したい」といった旨の紹介文が掲載されていた。1990年代半ば(平成7年頃)でラーメン一杯の値段はおよそ500円台が平均の中で、同店の二郎の豚のようなチャーシューが乗ったラーメンが400円というのは破格だった。

むしろ安すぎるのではないか

時代はバブル崩壊後。牛丼はデフレの象徴と言われ、この後どんどん低価格競争が激しくなっていった。牛丼の値段について、2000年代に入ると、一番安い頃で吉野家が並盛280円、他社も200円代後半が底値となり、現在は並盛350円程度に落ち着いている。牛丼はBSE問題などで波があったにせよ、この20~30年ほぼ値上がりしていない。

一方、ラーメンの値段は前述した通り、1.5倍近くになっている。となれば、やはり現在の値段は高いし、1000円は払えないという感覚を抱くのも不思議ではない。

ただ、国や東京都による統計資料を見ると、中華そば・ラーメンの一杯の平均価格は、昭和37(1962)年に48.5円、昭和50年に211円、平成元年に437円、平成10年に515円、平成22(2010)年に594円と推移している。つまり、48年で約12倍にまで上昇している。

バブルが崩壊したのが1992年で、その頃のラーメン一杯が約450円とすると、昭和30年代から30年近くで10倍近くにまで爆上がりしているのに対し、それ以降の現代に至る約30年では1.5倍にも満たない上昇率となる。いかにバブル崩壊後、物価が上がっていないかが分かる。

戦後の復興景気から、昭和30年代以降の高度経済成長で異常に物価が上がったとはいえ、ラーメン一杯50円が500円になる時代を生きた人にしてみたら、今現在、一杯1000円とは言わないまでも、700~800円程度ならば、決して高くないはずだ。「むしろ安すぎるのではないか」というのが筆者の考えだ。

「高い」と批判されがちな理由

この30年ほどを振り返ると、その間、ラーメンの材料費は値上がりしている。極端な例では、2015年の鬼怒川の氾濫で養豚場が甚大な被害を受け、豚骨の価格が高騰するとともに、材料そのものが入ってこない事態に陥ったこともあった。

それだけではない。消費税増税や、バイトを雇うのに最低賃金も525円から1013円と倍近く上がっている。

そんな状況にも関わらず、ラーメンは“庶民の味方”という社会的イメージをなんとなく背負わされれているところがあり、ちょっとでも値上げすると、すぐに高いだのと文句を言われる矢面に立たされてしまう。

No image

Photo By iStock

中華料理店や大衆食堂など、昭和の商店街で普及した大衆的な飲食店はこうしたイメージを持たれがちだ。しかし、ラーメン店が特に高いと言われるのは、家族経営といったアットホームな街の食堂的な側面と、そこから脱却する専門店化へと舵を切っていくという二面性があることに、食べる側が無自覚である点が大きい。

元々ラーメンは、昨今、町中華と呼ばれるような、チャーハンや餃子、レバニラ定食などもあって、出前もやっている街の中華屋さんで食べられるケースのほうが多かった。それ以外は屋台だったが、その屋台から独立して、ラーメン一本で店を構える専門店が増えていった。

同時に味噌ラーメンや喜多方ラーメンなどのチェーンも台頭し、後に環七ラーメン戦争と呼ばれた80~90年代で一気にラーメン専門店でラーメンだけを食べに行くスタイルが出来上がっていった。

今でこそ、駅前にラーメン専門店がたくさん目につくが、これは前世紀まではない光景だったわけだ。

町中華と専門店は別物

ラーメンが専門化すれば、その店でしか食べられない凝ったもので店同士が競うようになる。そうすれば自然と、材料費も時間もかかる。スープを取る食材は元より、チャーシューもいいものになっていく。なのに、昔ながらの中華そば、庶民の味方というイメージだけは根強く残り、原価や労働力に見合わない価格にしないと、他店との競争に勝てない。

昔ながらのあっさりした醤油スープは町中華に行けばいくらだって食べられる。筆者としては、食べたいもので行く店を使い分けてほしいし、町中華は町中華にしかない良さがあるので、大いに食べて飲んでほしいと思う。

同じラーメンという食品だからといって、ラーメン専門店に見合わない安さを求められてしまう。このミスマッチによる不幸が、様々な軋轢を生んでいるように思えてならない。

例えば、豚骨ラーメンチェーンの『一蘭』などは替玉をすれば1000円を超える価格となる。さらに同チェーンの豚骨不使用の店舗に限れば、1500円さえゆうに超えるラーメンがざらだ。味の好みはさておき、デフレが続かなければ本来これくらいの価格が当たり前になっていたはずだ。

また、海外に目を向ければ、ラーメン一杯1000円どころか、2000円近くすることも珍しくない。そこには、材料をどう調達するかなど、日本でラーメンを作るのとは異なる事情があり、一概に日本と比較は出来ないが、それでも1回のランチにかけられる価格の差が、日本とは歴然と開いた感は否めない。

それほどに、日本は30年経済が停滞したとも言えるが、30年で1.5倍ほどの価格上昇、しかもその中身のコストも全く同じではなくなっているのにも関わらず、値段だけを見て高いと一蹴されるのはあまりに残酷な話だ。

1000円でもギリギリなはず

今、ラーメンを生業とするということは、数ある飲食がただでさえ厳しい中、はっきり言って苦しすぎる。年商にして何億も儲かる商売だったのは、今は昔。90年代でさえ極一部の店の話で、ほとんどのラーメン店が非常に厳しい経営状況にある。

そこにきてこの新型コロナ。多くの飲食店が進むも地獄、退くも地獄の中、ラーメンを提供し続けたい一心で、テイクアウトに注力するしかない状況となっている。

ラーメンはそもそも汁物。テイクアウトには向かない中、サイドメニューやチャーシューを持ち帰れるようにするものから、スープを容器に入れラーメンそのものを家で楽しめるようにするといった、 前述の『宅麺』に似たサービスを行う店まで、多くのサービスが出てきている。

No image

Photo by iStock

そうすると、どうしてもこれまで使ってこなかった容器を新たに調達するようになるなど、店で提供するよりさらにコストがかかってしまう。1000円でも安いほう、筆者の知る限りでは二郎で一杯2000円のところまで出てきている。果たしてこのような状況で、それでも「ラーメン一杯1000円以上は高い」と言えるだろうか。

常態化すれば多少は安くなるかも知れないが、特に二郎系のラーメンは量が多い分、材料費も提供スピードも、そして食べる側のスピードもかかってしまう。どんなに行列しても、その採算ラインは通常営業でもかなりギリギリなはずだ。

それを今後、席数を減らるなどとすれば、当然一杯のコストに上乗せせざるを得ない。そう考えた時、たとえ正常化したとしても、これまでギリギリだったラインに戻した価格を今後も食べる側が求めるべきなのだろうか。

これまで店側の良心に甘えてきた部分を、コロナ禍で今一度、考える機会が与えられているように思えてならない。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

グルメ総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
やってみた:ウイスキーに「凍らせたコーヒー」を入れたら結構おいしかった件について
「1食6合も食べていた」のん、肉まんの食べ方もビックリだった!
今度は28個入りで3500円! 六花亭の新「お菓子詰め合わせ」ポチらずにはいられない。
【ローリングストック】おうちの非常食をおいしく食べるレシピ 『ツナ缶』編
佐々木希「初めて唐揚げ作りました」に夫・渡部を哀れむ声が...
  • このエントリーをはてなブックマークに追加