ホストマザーとの会話で気づいた、自分の感覚が万人共通という錯覚

ホストマザーとの会話で気づいた、自分の感覚が万人共通という錯覚

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/01/14
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主語を大きくしないこと。言葉を紡ぐときに気を付けるようになったのは中学二年生。

それまでほとんど海外に出たことのなかったわたしは、広大なアリゾナでのホームステイに胸を躍らせた。見るものすべてが物珍しく、美しく、ことあるごとに日本とは違うんだわ、って思った。

オーストラリアから帰国して、今日もまた私は痴漢されない服を着る

「日本は」「アメリカは」主語はいつも自分ではなく大きな括りだった

半分レタスが出たハンバーガーだっておおらかだなあ、って思えたし、お寿司の味なんかしないカリフォルニアロールも疑問なく受け入れた。家に帰ってからは「アメリカの人は違うのね」「日本ではこんな体験はできない」と意気揚々と話した。

ホストマザーはもう長くアメリカに住んでいる日本人で、優しく相槌を打ってくれたけどたまに渋い顔を見せた。でもあるとき「あなたは何と比べているの?」と尋ねられた。

ふと自分の会話を振り返って気付く。日本と、アメリカ、その括りでしかわたしは話をしていない。

比べることが悪いと言っているのではない、主語が大きい、日本だって様々な場所があるでしょう。そう言われて言葉に詰まった。わたしの普通は、日本人万人の共通だというような口振りだった。

両親には多様な考えに寛容にと育てられたので新しいものとの出会いを喜べる性格だと自負していた。しかしたとえ異なる価値観に寛容でもそれを良いねって言えても「(わたしの思う)普通とは違うのね」はひとつの差別に違いなかった。

人種のサラダボウルでそれが通用するはずがない。自由の国で自分のちっぽけさに声を上げて泣きたくなった。

英語力より精神力が伸びた留学。言葉の紡ぎ方や価値観が変わった

アメリカに渡って勝手に自分もフリーダムでおおらかな人間だと勘違いしていた。嬉々と日本を語るくせに見事にアメリカに染まった姿。コバルトブルーのキャミソールワンピ。ピンク色のリップ。

でもふと鏡を見て思った。似合ってはいないけれど、なんとなくいいかも。黒髪の切りっぱなしボブ、焼けた肌、イエローベースのオータム、骨格ストレート。

日本にいたときは黒い服に赤リップ首の詰まった服が似合うと言われて青は着たことがなかったし、ボディラインの分かる服は下品な気がしていた。自分の思う基準の世間体に合わせて「皆と同じわたし」に安心した。でも鮮やかな色を着るわたしだって肯定して良い。

たった数週間のステイ。英語力より精神力が随分伸びた。

似合うかではなく、自分の好きなものを自分のアイデンティティにするって素敵。アメリカ人だから、って言わなくなったら一人一人のお洋服もお化粧も言葉の紡ぎ方も価値観もはっきり見えて、本当に言葉通りありとあらゆるものが大好きになった。

ぜんぶが鮮明に見える眼鏡をかけたみたい。

○○だからって言わないで、わたしだけのふつうを楽しみたい

勿論しきたりやマナーが必要なときはある。そこで逸脱することを個性だと片づけるのは難しい。でも、状況を見極めて自分のおしゃれを楽しめるわたしをわたしの普通と呼びたい。

制服は着崩さないほうがかっこいいと思っていたし、結婚式にお呼ばれしたら着物が着たかったし、スラックスも履くし、週末はいつも違うテイストの服装をする。それが、日本人の21歳の大学生の女の子の「わたし」のふつう。

テラコッタメイクの日も、青のアイカラーの日も、すっぴんの日も、毎日最高。

髪色は濡烏色、好きなリップは葡萄色、目尻にホワイトアイライナー。わたしの好きなわたしで自分の機嫌を取る。マスクの中の口角を上げて、毎日わたしのふつうをアップデートする。

「ふつう」は変わるもの。国や時代や環境や季節や流行や趣味嗜好で変わるもの。だから主語を大きくして、男だから女だから日本人だからって言わないで「わたしだけのふつう」を楽しみたいの。わたしは、ずっとそんなわたしを愛して生きていく。

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深夜のおともちゃん

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