100年という一つの単語を口から発するのに1秒くらいしかかからないだろう。ただ、そこに織り込められている時間を想像すると本当に楽しい気持ちになる。今、自分が住んでいる場所で発する100年、どこかの山で、海で、道で発する100年。それぞれの100年には全く異なる時間が、感情が、行き交った人あるいは動物たちの記録が込められているのだ。
今、僕は「劇場版センキョナンデス」の舞台挨拶で全国を漫遊している。ただ行くのではなく、漫遊。これは劇場のあるそれぞれの街を楽しみ、そこの食事や甘味などを楽しみ、時には温泉に浸かり、そしてその場所から展開していく時間、感情、風景の移り変わりといった広がりを体感していく。場所を浴びる、そんな感覚だ。
その中でいくつかの100年に出会っている。上越の高田世界館は111年の歴史を誇る日本最古の映画館だ。上越妙高駅で降りると支配人の上野さんが改札で待ち構えている。その日は長野からの移動だったのだが、晴れていた長野から新幹線で20分の上越に移ると白銀の世界だった。駅前には馬に乗る上杉謙信の像がある。上越の銘菓に出陣餅というものがある。きなこがまぶされた餅に四角い凹みがあり、そこに黒蜜を流し込んで食べる。
僕は子供の頃、毎年長野の蓼科で過ごしていたのだが全く同じお菓子が信玄餅という名で出されていた。元を辿れば色々と分かるのだろうが、今、越後と信濃で異なった名前で呼ばれていることにもそこにまつわる人々の想いが想像できて楽しい。
上野さんは僕らを車に乗せるとパッと走り出し、映画の支配人からサッと街のガイドに早変わりした。高田城跡を見上げ、今はそこに建っている日本一守備が固い中学校こと高田中学校の校舎を紹介してくれる。周りをお堀が固め、急な坂の上に建つ中学校は確かに攻め込まれても簡単には陥落しそうにない。お堀は桜の名所でもあり、夜桜見物に全国から人が来るという。

高田世界館と同じく大正時代の建物がそのまま残る陸軍司令官邸は今はレストランになっている。邸宅は見学が出来る。2階の応接間には往時の雰囲気が残っていて、椅子に座ると100年前にここで天下国家を話していたであろう陸軍関係者の姿が自分と重なって時間旅行に出かけたような気分になった。
上野さんは続いて長い庇が特徴的な町家街を紹介しながら現存する町家にも案内してくれた。広い屋内は風がヒューっと抜けて結構な寒さ。2階に小さい女中部屋があり、広い屋内と比べたあまりの狭さにも想像が膨らむ。
そして、いよいよ高田世界館だ。ここは重要文化財にも指定されていて観光スポットでもある。その予算も使いながら好きな映画を上映して現役の映画館としての経営を維持している。元々は芝居小屋として始まり、無声映画上映の際、弁士が立っていたステージもそのままだ。

2階にある映写室は中に入るだけで神々しい気持ちになる。映画「エンパイア・オブ・ライト」では80年代初頭の英国の港町の映画館が舞台になっている。その中で映写技師がこんな話をする。

「フィルムには一秒間に24コマの写真が焼き付けられている。写真と写真の間は真っ暗な暗闇だ。でも人間の脳は一秒間に15コマまでしか再生できない。その隙間にマジックが宿るんだ」
高田世界館の映写室では何コマの写真が連続して映し出されてきたのか? その隙間に何度マジックが宿り、観客に魔法をかけたのだろうか? 100年の間、カタカタと回っていた映写機のマジックはデジタル上映になった今でも劇場そのものには残存している。スクリーンを見上げる座席には魔法にかけられた人々の想いが染み付いてるかのようだ。
舞台挨拶漫遊は続き、熊本のDENKIKANに僕らはたどり着く。ここもまた112年続く映画館だ。ただ、高田世界館と違い建物自体は4回改装している。支配人の窪寺さんは初代喜之助さんの伝記を見せてくれた。電気館もまた芝居小屋としてスタートし、100年に渡り熊本の人々に魔法をかけ続けて来た。一つ一つの魔法は1秒24コマのその隙間の暗闇から。それが100年だ。
ふと、妻の祖母が101歳の時に1歳の娘を膝に抱いてくれた時の姿が頭をよぎる。そこにも100年があった。
ダースレイダー