「この地域だから起きたわけではない」あのとき中学生だった女性 原発事故を語り継ぐ理由

「この地域だから起きたわけではない」あのとき中学生だった女性 原発事故を語り継ぐ理由

  • TUFテレビユー福島
  • 更新日:2022/06/23

震災が起きた11年前、子どもだった彼や彼女たちのいまを追う、シリーズ「それから~若者たちの震災」

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4回目のきょうは震災の経験を語り継ぐ、福島県富岡町の女性にスポットをあてます。一度は目を背けた震災とふるさと。それでも彼女はなぜ再び震災の経験を語り継ぐことを選んだのか。女性の言葉を通して語り継ぐ意義を考えます。

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秋元菜々美さん「震災や原発事故はこの地域だから起きたわけではなくて、ほかの地域で起こるかもしれない」

震災から11年あまり。社会的な関心が薄くなりつつあるいま、震災の経験を語り継ぐ意味が改めて問われています。

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富岡町にある震災伝承施設の「ふたばいんふぉ」。震災の記憶や双葉郡のこれまでの歩みを振り返るこの施設に勤めるのは、秋元菜々美さん(24)。震災当時、夜ノ森地区で暮らし、中学一年生だった秋元さんは友人と過ごしていました。

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震災が起きたのは中学校の卒業式に出席したあとだった

秋元菜々美さん「またあしたね。とかまた来週ねとか、そういうふうな声をかけて(避難場所で)別れていったら数年後まで会えない。人生が変わる、一気に変わってしまったことをなかなか受け入れられなかった」

震災と原発事故の影響で一時は全町避難を余儀なくされた富岡町。県内外で避難生活を送るなかで、震災、そして大切なふるさとから目を背けてきたといいます。

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秋元菜々美さん「避難先で友人はできたが、できるだけ震災の話をしない。(避難先で)富岡や福島から来たということはあまり話さないようにしていた」

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16歳で一時帰宅した。

それでも再び向き合おうと決意したのは16歳のときでした。

秋元菜々美さん「一番大きかったのは(帰還困難区域となった自宅への)一時帰宅。3年間ずっと話さないとか思い出さないと本当に(町が)実在していたのかと思ったが、本当に存在していたことがうれしかった」

その一方で……。

秋元菜々美さん「なんで3年間も考えないようにしてきたのか、帰ってこられなかったのか、町の行方を見続けられなかった。後ろめたさではないが……」

さらには高校時代に所属した演劇部でふるさとの記憶が薄れていることを感じたことも大きなきっかけだったといいます。

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震災をテーマにした演劇を上映した高校時代(秋元さん提供)

秋元菜々美さん「テーマが『忘れること』だった。いま震災から11年目だから忘れているなと思うけど、当時は(震災から)3年目だったから『忘れること』というのは結構衝撃だった」

そこで4年ほど前から始めたのが、自らの震災の経験や町の現状を伝えるガイドです。商店街や解体された自宅など、町内を巡ります。再び向き合い始めた震災。「語り継ぐ」とはどういうことなのでしょうか。

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震災を語るガイドを始めた(秋元さん提供)

伊藤大貴記者「秋元さんにとって震災の経験を伝えるということをどうとらえているか」

秋元菜々美さん「震災や原発事故はこの地域だから起きたわけではなくて、ほかの地域で起こるかもしれない。一緒に考えていきましょう。福島だけの問題ではないということを伝えたい」

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秋元さんの自宅があった場所。いまは解体されている。

使命感を持って活動を続ける一方で、人々の記憶から震災が薄れている現実もあります。それでも見失っていない信念とは……。

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秋元菜々美さん「これからそういうこと(震災や原発事故)が起きてほしくない。(震災は)当事者しか語れないとか、語ってしまうと当事者を傷つけてしまうのではないかということがあると思うが、自分のことのように語られていくことが重要なのではないか」

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【編集後記】TUF報道部 伊藤大貴記者
今回は富岡町で震災のガイドを務める秋元菜々美さんを取材しました。震災当時、中学1年生だった秋元さんと、中学3年生だった福島市出身の担当記者。どちらも「あの日」を経験している同世代です。

震災から11年という年月が経ったいま、「同じ思いをしてほしくない」と強く願う人がいる一方で、「記憶が薄れてしまうのは仕方ない」という声もあるように感じます。そんないまだからこそ秋元さんに聞いてみたいことがありました。

「人々の記憶から震災がなくなるのは嫌ですか?」

インタビューが終わり、カメラが回っていない時に担当記者が失礼を承知の上で投げかけた質問です。

「う~ん……。(忘れられることで)報われない人がいるのは嫌だなと思うんです。避難指示が解除される前に亡くなった町の人がいるので。震災がなかったことにはならない」

町の復興を見届けることなく、志半ばで亡くなった人の思いを背負ったようなこの言葉。語り継ぐという使命感を形成する大事なピースなのかもしれません。この町にそういう人たちの営みがたしかにあった証を、人々の心の中に残そうとしているように感じました。

40分に及んだインタビューで抽象的な質問が多くなった担当記者に対しても、ひとつひとつ言葉をつむぐように丁寧に答えてくれた秋元さん。その中で繰り返し話していたことがあります。

「私の考えがすべてじゃない。いろんな考えがある。私の経験を伝えたうえで『あなたはどう思いますか?』と投げかけて、一緒に考えるきっかけを作りたいんです」

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