石炭火力発電所の建設は是か非か、迫る審判の日

石炭火力発電所の建設は是か非か、迫る審判の日

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2023/01/25
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白煙を上げて試運転を続けるJERA横須賀火力発電所(記者撮影)

気候変動(地球温暖化)の原因物質である二酸化炭素(CO2)を大量に排出する石炭火力発電所の稼働をめぐり、批判が強まっている。そうした中、1月27日に石炭火力発電所の建設に対する判決が東京地方裁判所で予定されている。

国内最大手の火力発電企業JERAは、1960年代に操業を開始した石油を燃料とする横須賀火力発電所を廃止し、新たに石炭火力発電所に建て替える「リプレース」事業を推進。2023年6月に石炭火力の新1号機(出力65万キロワット)の営業運転を開始する予定だ(同2号機は2024年2月に営業運転開始予定)。

だが、JERAによる環境アセスメントの内容が不十分だとして経済産業省による環境アセスの「確定通知」(行政処分)の取り消しを求める行政訴訟が地域住民によって提起され、その第一審判決が1月27日に東京地裁で予定されている。世界各地で気候変動問題や石炭火力発電をめぐる訴訟が相次ぐ中、日本でも政策の是非を問う訴訟に審判が下される。

環境アセス簡略化に合理性はあるのか?

1月16日の神奈川県横須賀市久里浜地区。雨模様の天気が続くこの日、高台にある公園から見渡すと、石炭を燃料とする火力発電所が白い煙を上げて試運転を続けていた。出力を上げ下げしても設備に問題がないことを確認するなど、6月の営業運転開始に向けてのJERAによる準備作業は大詰めを迎えている。

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原告団長の鈴木陸郎さん。環境アセスメントが不十分だと問題視する(記者撮影)

この石炭火力発電所の計画に強い疑問を持っているのが、行政訴訟の原告団長を務める鈴木陸郎さん(80歳)だ。長年住んできた横須賀に新たに石炭火力発電所が建設される計画を知ったのは2016年。甥をぜんそくで亡くして1~2カ月後だったことから、「横須賀の空気が再び汚されることになるのではないか」と危機感を抱いたことが訴訟に踏み切るきっかけになったという。

鈴木さんが「特に納得できない」と感じているのが、JERAによる環境アセスの手続きの大幅な簡略化だ。

火力発電所がリプレース案件である場合、経済産業省が定めた「合理化ガイドライン」が適用されることで、通常の新設案件であれば必要とされる大気汚染や温排水の影響、稀少動物の生息への影響などについて、細かく測定地点を定めて実際のデータを取得して影響を評価する作業が必要ないとされていたのだ。JERAは同ガイドラインに着目し、環境アセスの手続きを簡略化した。

だが、このやり方には大きな問題があった。

旧来の石油火力発電所はすでに稼働を停止していて、大気汚染物質や温排水は排出されていなかった。ところが、JERAは、1970年代に前身の石油火力発電所がフル稼働していた時期と比較することで、CO2や硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質の排出が大幅に削減できるなどと説明。それを根拠として、詳細な調査を省略した。

これについては、鈴木さんたち周辺住民や環境保護団体のみならず、環境アセスの内容に意見を述べる立場にある神奈川県も問題視した。

JERAが公表した環境アセスの第1段階である「配慮書」では、なぜCO2排出量が天然ガスと比べて約2倍も多い石炭を燃料に選定したのかについて説明がなかった。そのため、2016年6月に出された神奈川県知事の意見書では、石炭を選定した理由や検討経緯などについて「住民の理解が得られるよう、分かりやすく丁寧に説明すること」と明記された。

1970年代と比較して「環境負荷が減る」という理屈

しかし、第2段階の「方法書」、第3段階の「準備書」、最終段階の「評価書」でも「当初から抱いていた疑問はいっこうに解消しなかった」と鈴木さんは振り返る。

「古い発電所のフル稼働時と比べればCO2や大気汚染物質の年間の排出総量は確かに減る。しかし、実際には20年以上にわたってフル稼働をしていなかったうえ、直近では稼働を停止していたのだから、実際の排出量は純増となる。それなのにきちんと調査を実施せずに済ませたことは納得できない」(鈴木さん)

横須賀火力発電所から南西約1.7キロメートルに自宅がある原告の大竹裕子さん(65歳)は、「営業運転開始をきっかけに、ぜんそくが再びひどくなるのではないか」と不安を隠せない。これまでにぜんそくの発作で救急搬送されたこともある大竹さんは「あの苦しみは二度と味わいたくない。孫もアレルギー体質なので心配が尽きない」と言い「営業運転はやめてほしい」と強く願っている。

温排水が排出されることで、漁業が打撃を受けることを心配する声もある。横須賀市の漁師で原告の小松原哲也さん(80歳)は「JERAの環境アセスでは発電所の南側の海域の海水温を上昇させると予測していることから、とりわけ海の表層部を回遊するサヨリなどの魚の生息に影響し、取れなくなるのではないか」と危惧する。

すでにこの10年にわたって続いた海水温の上昇とともに起きた、アワビやサザエ、ミル貝などの漁獲高の大幅な減少に見舞われている小松原さんは「壊滅的なダメージにつながりかねない」と不安を吐露する。

日本近海でも地球温暖化によって海の異変はすでに深刻になっている。

神奈川県葉山町に自宅があり、プロダイバーとして環境保護活動に取り組む武本匡弘さん(67歳)も原告に名前を連ねた。「海の中が取り返しのつかない状態になりつつあることを知ってもらいたかった」と武本さんはその理由について語った。

武本さんによれば、「日本近海でも海水温の上昇は深刻で、全国各地の海で『磯枯れ』『磯焼け』が広範囲にわたっている。これは本来、あるべきはずの海藻が磯などから消滅する海の砂漠化現象で、生態系の破壊を意味する」。

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海藻が繁茂していた江の島の海(写真左。2012年2月撮影、水温13度)と海藻が消滅し、岩肌だらけの江の島の海(写真右。2020年3月撮影、水温17度)(写真:武本匡弘氏提供)

「神奈川県の江の島では10年ほど前であれば海藻が水面から見えるほど繁茂していた海が一変し、今では海藻は激減し、岩肌だらけになっている」と武本さんは指摘する(上写真参照)。2012年2月には13度だった海水温が2020年3月には17度まで上昇していた。海水温の上昇とともに、コンブ、ヒジキ、ワカメなど沿岸域で育つ海藻類の生育環境が破壊される一方、それらを捕食する魚が年間を通して食餌活動をするようになったため、海藻類の消滅につながった可能性が高いことが水産試験場などの専門家によって指摘されている。

CO2排出量は県内の1割に相当

「発電所が立地する東京湾は、相模湾と比べると海水温の上昇幅が若干小さいようだが、程度問題に過ぎない。温排水が流されたり、温暖化でさらに海水温が上がっていくことで、生態系の破壊は取り返しがつかなくなる」と武本さんは危惧する。

横須賀火力発電所から新たに排出されるCO2の総量は年間約726万トン。これは神奈川県の排出総量約6622万トン(2019年)の1割以上に相当する。

原告弁護団長の小島延夫弁護士は「ヨーロッパを中心に、政府にCO2排出削減対策の強化や石炭火力発電所の操業停止を命じる判決が相次いでいる。石炭火力発電所を新たに作ることは世界の流れに逆行している」と語る。そのうえで、「再生可能エネルギーの活用など、代替策は他にもある。それらの方策を含めて比較検討せずに石炭火力に固執する姿勢は、環境アセス法の趣旨にも反している」(小島弁護士)。

なお、被告である国は環境アセスのやり方に問題はないなどとして、原告の訴えを却下するように求めている。JERAは訴訟の当事者でないことなどを理由に、コメントをしていない。

今回、訴訟を起こした原告48人の年代は10代から80代に及ぶ。「未来への責任」に焦点を当てた訴訟でどのような判断が出されるか。日本のみならず、世界からも注目が集まるはずだ。

(岡田 広行:東洋経済 解説部コラムニスト)

岡田 広行

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