ICBM誇示も発射せず、軍事パレードに見る金正恩の思惑

ICBM誇示も発射せず、軍事パレードに見る金正恩の思惑

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  • 更新日:2020/10/16
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10月10日未明に、平壌の金日成広場で朝鮮労働党創建75周年閲兵式が開催された。午前0時からの開催という世界的に見ても例のない時間帯に行われ、金正恩委員長が演説で涙ぐんだり、軍事パレードでは新型SLBM「北極星4ㅅ」(ㅅは朝鮮文字で、アルファベットのsに該当)や新型ICBMが登場するなど注目すべき点が多いイベントとなった。一方で懸念されていた新型ミサイルの発射実験は行われず、金正恩は演説でも米国への直接の言及を避けた。北朝鮮としては「新たな戦略兵器」を誇示しつつ、演説は抑制を効かせるというバランスを図った模様だ。

閲兵式の内容からは、経済制裁の影響でもともと苦しいところに新型コロナウイルス対策を強いられ、さらには台風被害に見舞われた北朝鮮の苦境と、米大統領選の行方を見つめながら現状では大きな勝負をかけるわけにもいかないという金正恩の苦悩を読み取れた。ただし、米メディアは「トランプ大統領が激怒した」と伝えており、金正恩の苦悩はトランプに伝わらなかった可能性が高いようである。

北朝鮮の軍事パレードで披露されたICBM(提供:KCNA/UPI/アフロ)

「深夜の閲兵式」は人民向けの演出か

閲兵式は10日午前0時を期して開始され、夜空を彩る大型花火やLED照明を活用した電飾など凝った演出が行われた。花火は一つのキーワードかもしれない。「花火イコール金正恩の新時代」というイメージが平壌市民に定着しているからだ。夜空に打ち上げられる大型花火が「祝砲夜会」として開催されたのは2010年4月が初めてだが、それは金正恩自ら企画し、指導したものだと宣伝されているのである。

北朝鮮の人々、とりわけ平壌市民にとって閲兵式の開催とその放送は、動員という厳しい義務が課される一方で、娯楽でもある。いわば年末の「行く年くる年」を視聴したり、ディズニーランドのエレクトリカルパレードを見るようなものだ。地方で困窮にあえぐ人々はそれどころではないだろうが、従来と異なる新時代を演出するイベントは国威発揚の一環として企画される。

金正恩は演説で人々に対して「ありがとう」「感謝」を12回も連呼し、生活の不便について「すまない」「心が痛い」「面目ない」といった言葉のほか自らの反省の弁を述べた。30分間にわたる演説を「偉大なわが人民万歳!」という一言でしめくくったのも象徴的である。党創建記念日である以上、本来は「栄えある朝鮮労働党万歳!」で終わるべきところだからである。

テレビ中継では、涙を流す一般人民や軍人の姿がたびたびクローズアップされた。演説する金正恩自身も声を震わせ、目元をぬぐう場面が見られた。指導者と党、人民の一体化を印象づける映像だった。金正恩による感情に訴えかける演説は年々増加している印象だ。2017年の新年の辞では、「いつも心だけで能力が追い付けないというもどかしさと自責」を低姿勢で語り、「人民の真の忠僕」になることを誓うと述べていた。最近頻繁に使われる「人民大衆第一主義」という用語が出てきたのもこの時である(『金正恩氏の「新年の辞」、対話攻勢で韓国揺さぶる北朝鮮』)。それは、金正恩の本心でもあろうし、目に見える形で経済的成果を示すことができないという事実の裏腹であるとも考えられる。

各国メディアが必ず触れたポイントの一つが、軍人や聴衆を含めて誰もマスクを着用していなかったことだ。翌日以降は再び市民がマスクをしている様子が報じられているのだが、金正恩演説では防疫問題での「偉大な勝利」が宣言された。北朝鮮は依然として国内での新型コロナウイルス患者ゼロを主張しており、これを改めてアピールした形だ。本当にゼロだとは考えづらいものの、過敏とも思えるほど厳しい封鎖措置によって一定の封じ込めに成功していると考えられる。

「新たな戦略兵器」は性能実証されず

パレードに登場した新型ICBMは、従来型よりも長さが2~3メートル伸びたうえ、直径も太くなった。米露などのICBMより大きな世界最大級で、特に弾頭部が長くなったため多弾頭化された可能性もある。昨年末に開催された党中央委員会第7期第5回全員会議で、金正恩委員長が「世界は遠からず、朝鮮が保有する新たな戦略兵器を目撃することになる」と述べたことが今年元日に公表されており、それが実行に移された形である。

ただし、巨大化したミサイルが本当に従来以上の性能を持っているのかは実証されていない。一回も発射実験が行われていないからである。2017年に発射実験を行った ICBM「火星15」にしても通常軌道で発射されたわけではなく、計算上は米大陸を射程に入れるというものだ。北朝鮮の長距離ミサイルは一度も通常軌道で発射実験が行われておらず、最終的な性能評価が終わっているとは言いがたいのが現実である。

金正恩の演説では「戦争抑止力」強化に関する発言もあったが、これまでの「祖国統一大戦」「核のボタンは私の事務室の机の上にいつも置かれている」などといった強硬発言に比べれば非常に抑制的だった。米国の大統領選を控えている中で様子見をしているからであろう。

ただし、朝鮮中央テレビの放送では、軍人に関する部分で複数回にわたって金正恩の音声が途切れており、「核保有」への言及などを編集した可能性はある。

韓国へは宥和的なメッセージを短めに発した。「愛する南の同胞たちにも温かい、この気持ちを伝え、現在の公衆衛生の危機が克服されて北と南が再び両手を握る日が来ることを願う」という一文である。韓国の文在寅政権に対話再開への期待を抱かせておこうという狙いが見てとれる。

逆境の中でも進める「党の正常化」

軍事パレードでは名誉騎兵中隊が先頭になって目を引いたが、その後には党中央委員会護衛処縦隊、国務委員会警衛局縦隊、護衛局縦隊、護衛司令部縦隊と四つの護衛部隊が各軍団の縦隊よりも先に行進した。複数の組織で金正恩と党中央委員会を「決死擁護」する体制が取られていることが確認できた。軍を支配する北朝鮮の伝統的手法である「分割と支配(Divide and Rule)」だと言える。四つの護衛部隊に相互監視させることで、金正恩は自らの安全を確実なものにしようとしていることになる。

また、現指導者の名を冠した「金正恩国防総合大学」の存在も確認された。昨年の憲法改正では、「金正恩」の名前が存命の指導者として初めて条文に明記されている。こうした金正恩の権威を高める動きは着実に進んでいる模様だ。

また、党創建記念行事であるにもかかわらず、会場では党旗ではなく数多くの国旗が掲げられた。国歌「愛国歌」が独唱されるなかでの国旗掲揚式も趣向を凝らしたものであった。昨年から盛んに使用される「わが国家第一主義」とのスローガンに基づき、金正恩がよく言及する「世界の趨勢」を取り入れたものであろう。

閲兵式の5日前には李炳鉄(リ・ビョンチョル)党中央軍事委員会副委員長と朴正天(パク・ジョンチョン)朝鮮人民軍総参謀長の2人に朝鮮人民軍元帥の軍事称号が授与されていた。これは金日成、金正日、金正恩の3人が持つ共和国元帥とは別の称号になる。

2人ともミサイル開発での功績が認められ、金正恩政権下で急浮上した軍人だ。李炳鉄は今年4月に国務委員に選出され、5月には長年空席だった党中央軍事委員会副委員長に抜擢されたうえ、8月には党政治局常務委員に任命された。朴正天は昨年9月に総参謀長、今年4月に党政治局員となり、5月に次帥称号を授与されていた。

北朝鮮は、党中央軍事委員会で組織改編を進めていることを明らかにしている。党を通じた軍の掌握強化が狙いのようだが、具体的な内容は明らかにされていない。来年1月に予定される第8回党大会の議題に「党規約改正」が含まれていることから、そこで全体像が明らかになる可能性がある。

人事や組織改編を通じた「党の正常化」は金正恩政権下での大きな流れである。長期的な制裁に加えて、世界的なコロナウイルス感染拡大と相次いだ台風による洪水被害という逆境にある中でも、そうした動きは停滞どころか加速している。

米大統領選、そして新たな「5カ年計画」

朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、11月3日に迫った米大統領選について何も報じていない。文在寅大統領に対してもそうだが、トランプ大統領についても言及しなくなって久しい。交渉が進まないもどかしさで批判したくとも、批判できない状態が続いている。言うまでもなく、トランプは歴代の米国大統領で唯一首脳会談に応じてくれた大統領であり、北朝鮮としてはわずかでも望みはつなげておきたいところだ。

一方、バイデン候補は北朝鮮問題に対する関心が薄いように見受けられる。そもそも北朝鮮が核・ICBM実験を繰り返す前まで、米国の外交政策において北朝鮮問題の優先順位は低いものであった。米国大統領になる人物には、北朝鮮問題の重要性を知らしめないといけない。だからと言ってトランプとの約束を破ってまでICBM発射実験に踏み切るのはリスクが大きすぎる。だからこそ、新型兵器の開発を閲兵式という場で誇示しながらも、演説は国内向けに徹して抑制的なトーンにとどめたということのようだ。

朝鮮労働党中央委員会は来年1月に第8回党大会を開くと予告している。金正恩は10月5日の党政治局会議で「80日戦闘」の開始を呼びかけた。1980年の第6回党大会、2016年の第7回党大会の前にもそれぞれ100日戦闘、70日戦闘と称する増産運動が展開されたが、それと同じ国民総動員の号令をかけるくらいしかできなかったようだ。こうした点からも、金正恩政権の手詰まり感をうかがうことができる。

現実には80日程度で大きな経済的成果を挙げることは難しい。水害被害に遭った地域の住宅建設などがせいぜいであろう。従来の党大会は、前大会からの成果を誇示して総括するものであったが、第8回党大会では、成果の誇示よりも今後の課題提示に重点が置かれるものと見られる。

第7回党大会では「国家経済発展5カ年戦略」を採択したものの内容は発表しなかったが、第8回党大会では新たに「5カ年計画」が示されることが既に予告されている。1月にはこの5カ年計画の内容を検証することにより、対米交渉の姿勢を窺うことができよう。ただし非核化をめぐる対米交渉を進めない限り経済制裁が解除されず、思うような経済成長は見込めない、というのは構造的に何ら変わりがない。つまり、11月3日の米国大統領選で誰が大統領になろうとも、金正恩政権が「人民生活の向上」を図るためには新大統領との交渉を避けて通ることができないのである。

礒﨑敦仁,澤田克己

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