「結婚という制度が大嫌い」 親友からの"衝撃の一言"が転機に...同性婚訴訟を支える鈴木朋絵弁護士

「結婚という制度が大嫌い」 親友からの"衝撃の一言"が転機に...同性婚訴訟を支える鈴木朋絵弁護士

  • 弁護士ドットコム
  • 更新日:2020/09/17
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2019年6月、NYに視察に訪れた「MARRIGE FOR ALL JAPAN 結婚の自由をすべての人に」のメンバー。前列右から3人目が鈴木朋絵弁護士(本人提供)

日本では、同性カップルの法律婚はいまだ認められていない。異性カップルと同じように結婚できる権利を求め、同性カップルらが2019年2月、全国で一斉提訴した。その同性婚訴訟を支えているのが、69人の弁護士が参加する一般社団法人「MARRIGE FOR ALL JAPAN 結婚の自由をすべての人に」(MFAJ)である。

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そのメンバーの1人で、地方でLGBTやマイノリティの人たちを支えるための活動をしているのが、山口県在住の鈴木朋絵弁護士だ。東京で育ち、都内でも指折りの進学校として知られる私立女子校から東大法学部に進学、2003年には司法試験に合格した。

東京で順風満帆にみえる道をあゆんできた鈴木弁護士。ところが2005年、結婚式に招いた親友から「結婚という制度が大嫌い、結婚式には行けません」と言われた言葉に衝撃を受けた。鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンしたという。

「本当は自分は友人に嫌われているのではないか」とも考えた。しかし、事情は違っていた。親友に「理解できるまで説明してほしい」とお願いしたところ、自分が同性愛者であることや、同性愛者には法律婚が認められていないために、異性愛者の結婚制度に対する憤りがあることを率直に話してくれた。

自分の無知ぶりにショックを受け、その後はLGBTの支援や同性婚制度を求める活動に関わるようになっていったという。結婚を機に山口県に移住し、地方ではいまだ「家制度」の名残が強く、性的マイノリティや女性は差別されやすいことを実感。鈴木弁護士は彼・彼女らを支えるために日々、奔走している。(弁護士ドットコムニュース・猪谷千香)

●マイノリティの生きづらさを知る

「当時はまだ同性カップルのことなんて、ほとんど誰も考えていませんでした。テレビでは男性の同性愛者を『ホモ』や『オカマ』などとネタにしていました。今でこそ反省していますが、私自身もそうしたネタで笑ってしまっていたと思います」

鈴木弁護士はもともと、差別や偏見に関心を持っていた。東大時代は、過労死事件で知られる川人博弁護士による「法と社会と人権」ゼミ(通称:川人ゼミ)に入り、女性の賃金差別や、障害者の刑事事件の模擬裁判を作るなどの活動をしていた。

奇しくも、同じゼミにいたのが、現・東大先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さんだった。熊谷さんは脳性まひの障害があり、当事者研究でも知られている。

「熊谷くんの自宅は広くて、私たちの溜まり場になっていました。そこで模擬裁判の台本を作ったりしていたのですが、障害者の刑事事件を知ることで、障害者の方たちがどれだけ生きづらいか、知りました。

熊谷くんたち川人ゼミ生とともに勉強する中、障害者の方たちを健常者に近づける必要はないし、生きづらさを知りながらどうやって楽しく一緒に生きていくことができるか、という視点を得ることができました。でも、まだそのときは、同性愛者など性的マイノリティの問題については何もわかっていませんでした」

同じころ、鈴木弁護士にとって大きな出会いがもう一つあった。2つ下の学年にいた山下敏雅弁護士だ。当初は川人ゼミや過労死弁護団での交流を通じて親しくなり、2008年には、山下弁護士が立ち上げた「LGBT支援法律家ネットワーク」に参加、のちの同性婚訴訟へとつながっていった。

●どうやったら結婚に頼らず生きていける?

鈴木弁護士は思春期のころから、弁護士を目指していた。大学受験のときも、「司法試験の合格率が高い大学から順番に受験しました」と笑う。なぜ、弁護士になろうと思ったのだろうか。

「父方祖父による、祖母や家族へのDVを目の当たりにしたことが大きいです。なんとか祖母を離婚させられないかと考えたことがありました。ほかにも、親族間で扶養と相続でもめたことがあり、家庭内の問題を解決できるようになりたいと思ったことがきっかけでした」

一方、母の影響も大きかった。地方の国立大学を卒業後に結婚、図書館司書として共働きしていた母は、父の転勤により東京に転居した際、専業主婦になった。鈴木弁護士を出産後は、専業主婦からの脱却を目指し、フリーライターとして、女性のための投稿誌『わいふ』(現『Wife』)の編集部で働くようになる。

「子どものころ、母に連れられて、よく編集部に通っていました。母が原稿と格闘している横で、本を読んだり。そこで聞こえてくるのは、どうしたら一度専業主婦になった女性が経済的に自立できるか、自分の意思で離婚できるか、という話でした」

当時、『わいふ』が扱ったテーマは、「専業主婦の再就職」など、女性の自立問題が多かった。

「それから、戦争中は父方の祖母は書店の女番頭として、母方の祖母は経理と庶務の事務員として、それぞれ働いていました。あのころ、男性は戦争に行っていたから、女性が働く場がたくさんあった。

でも、戦争が終わった途端に、結婚しろと言われ、2人とも仕事を辞めなければなりませんでした。祖母たちから、『結婚するまでは幸せだった。あのころが最高だった』という話を聞かされながら育ったわけです。

身近に『幸せな専業主婦』というロールモデルはなかった。結婚は永久就職にはならない。だから、結婚するかどうかわからないけど、自分で生きていく力が必要だよね…と考えて、弁護士になろうと思いました」

●「家制度」が残る地方で必要とされる女性弁護士

司法試験に合格した鈴木弁護士は、東大時代の先輩だった男性弁護士と結婚したのを機に2005年、夫の地元である山口県下関市へと転居した。

「当時、弁護士過疎地域をなくそうという日弁連の運動がありました。若手弁護士は過疎地域に行って、自分の力を試そうと言われ、私も弁護士が少ない地方に行こうと決断しました。でも、自由奔放に育っていた私にとって、山口県は驚きの連続でした」

そもそも山口県には、女性弁護士がほとんどいなかった。山口県全体で見ても、鈴木弁護士が6人目の女性弁護士。地域も、弁護士業界も、男性中心の社会だった。

「地方での女性の地位と賃金の低さにも驚きました。たとえば、夫から暴力や経済的DVを受けている場合、『これはDVですよね』と私が言って、初めて妻が気づいたり。相続でも、男兄弟たちにいいようにされている女性もいます。亡くなった親御さんを介護していて、ほかで収入が得られなかった分、法定相続分や寄与分をもらっていいんですよ、と。

いまだ戦前の『家制度』が残っていると思いました。たとえば、離婚事件でも親御さんだけでなく、親族一同が相談についてきて、本人に『離婚しなさい!』と言っていたり。結婚は本人同士の問題なのに…」

DV、セクハラ、ストーカー、性犯罪被害者付き添いなど、そうした地方社会で苦しむ女性のために多くの事件を引き受けた。時には、依頼者の女性が受けたDVの酷さに泣いたこともある。

「女性の弁護士が地方に増えることがとても大事だと実感しました。地方では女性にとって、当たり前の平等の確保がまだまだ難しいことがあります」

●同性カップルDV、被害者が守られないことにショック

下関市に移ってから4年、2009年に自らの事務所を立ち上げ、公私ともに生活が軌道に乗った。DVシェルターを運営するNPO法人山口女性サポートネットワークの理事にも就任。一方で、山下弁護士らとともに、LGBT支援法律家ネットワークのプロジェクトに参加し、活動を続けていた。

そうした中、2014年2月の『判例タイムズ』に、東京地裁・大阪地裁保全部裁判官らの論文の中で、同性間DVへの保護命令について消極的見解が出される。

「同じ命の問題なのに、裁判所が差別的解釈をとることに大きなショックを受けました。この問題について、東京で勉強会も開催しましたが、DV防止法に対するロビイング団体である民間シェルターの方々の活動だけでは、いつまでも差別は変わらないと思いました。このとき、本気で婚姻制度を変えなければ、という問題意識が生まれたと思います」

折しも、翌2015年は、渋谷区で全国初となる同性パートナーシップ制度が始まり、LGBTに対する社会的認識が一気に広まった年でもあった。

鈴木弁護士は山下弁護士らとともに、同性婚制度を求める同性婚人権救済弁護団に参加。渋谷で開催されたLGBTのイベント「東京レインボープライド」では、憲法学者の木村草太さんの講演会を開催するなど、同性婚実現に向けて一歩を踏み出すことになる。

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●憲法24条は同性婚を「禁止」しているのか?

同性婚について常に議論になるのは、憲法24条だ。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」。この条文にある「両性」をめぐり、解釈は分かれている。

「これをもって、憲法が同性婚を禁止しているという解釈を政府関係者や一部の学者が出していましたが、本当にそうなのか。調査したところ、そもそもこの議論自体、憲法の基本書に全くといっていいほど載っていないことに気づきました。

戦後、憲法24条ができて民法が改正されました。新しい民法、つまり現行法では、それまで求められた父母などの同意は必要なく、2人だけで婚姻届を出せば婚姻が成立するようになりました。憲法学者からすると、民法改正が終わったので、24条の役目はいったん薄れました。まともな議論もしてこなかった状態で、同性婚を禁止するとは考えづらいです。

そんな素朴な疑問をまとめて、共著で論文も書きました。憲法24条は同性婚を禁止しているのではなく、許容しているという考え方です」

こうした活動が、2019年の全国初の同性婚訴訟の一斉提訴へとつながった。

●夢は制度ができて訴訟を取り下げること

「LGBT支援をしていると、その前に女性の権利だろう、と言う人もいます。でも、どういう法的立場の人に、どのような法的保護を与えるのか整理すれば、女性だけでなく、人権を踏みにじられているあらゆる人を保護することになる。せっかく法律家になったのだから、そこまで考えたいと思っています」

現在、札幌、東京、名古屋、大阪、福岡それぞれの地裁で訴訟が進められている。鈴木弁護士が主に担当しているのは、福岡地裁の訴訟だ。その手応えは?

「提訴して初めて、同性同士の結婚制度を求める人たちの姿が社会の中ではっきり見えるようになりました。同性愛者を含むLGBTの方々の中には、同性婚制度はいらない、そもそも婚姻制度がいらないという人もいます。

でも、その大きな声の影で、もしも制度があれば自分は同性のパートナーと結婚したいとささやき続けていた声があるんです。ここ山口県でも、相談にきてくださる当事者の方がいます」

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、訴訟が一時中断されたが、各地で再始動している。

「私たち弁護士は、社会への翻訳家だと思っています。当事者だけでも、裁判アクションをおこなうことはできますが、裁判官から個人的な話にすぎないと小さく評価され、アクション自体がフェイドアウトしてしまうかもしれません。弁護士が弁護団を作って裁判をすることで、社会的な問題であると訴えるのをしっかりサポートすることができます。

しかし、真のゴールは立法です。私たちの夢は、1日もはやく国会で同性婚を認める法律ができて、訴訟を取り下げることです」

【鈴木朋絵弁護士略歴】 1976年、三重県四日市市生まれ。父母の仕事の関係で主に東京都中野区で育つ。私立女子学院高校卒業後、1995年に東京大学文科一類入学。川人ゼミと考古学研究会(サークル)に入る。東大法学部卒業後、2003に司法試験合格。2005年に弁護士登録して結婚。夫の地元である山口県に移転する。過労死弁護団参加。2008年にLGBT支援法律家ネットワークに参加、2009年に独立して鈴木法律事務所を開いた。2011年に山口県弁護士会副会長(任期1年)を務め、DVシェルターを運営するNPO法人山口女性サポートネットワークの理事にも就任する。2015年に同性婚人権救済弁護団に参加。2019年には結婚の自由をすべての人に訴訟弁護団に参加(九州弁護団)。福岡地裁での同性婚訴訟提訴にかかわる。同時に一般社団法人「MarriageForAllJapan 結婚の自由をすべての人に」にも参加。共著に「同性婚 誰でも結婚できる自由」(明石書店)、「セクシュアル・マイノリティQ&A」(弘文堂)など。

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