新しい生き方や働き方を求めて地方移住を選ぶ人は多いが、海外に拠点を移す人も少なくない。3年半前にフィンランドに移住した梅沢紳哉さんもそのひとり。
幸福度ランキングNo.1の国さながらの充実度を感じる一方で、「日本の良さがどんどん際立ってきちゃうんですよね」と本音も吐露する。
北欧なんてうらやましい! と言われそうなその陰で、移住者が感じるリアルを聞いてみた。

梅沢紳哉●1970年生まれ、東京都出身。原宿に「HAIR SALON JEFF」を2012年にオープン。1年先まで予約が埋まる人気店を後輩に譲り、48歳でフィンランドに移住。ヘルシンキで「JEFF」を開業し3年半、今に至る。
1年先まで予約が埋まるも生活はすれ違い

フィンランドといえばマリメッコやムーミンなどから連想されるように、美しい北欧の雪国という印象が強いが、税率は24%とお金のかかる国としても知られている。
それでも、毎年行われる「世界幸福度調査」では4年連続1位を獲得。社会的支援や健康寿命、人生の選択の自由度といった項目で高い評価を得ている。梅沢さんの目にも、そんなフィンランドが魅力的に映った。
「実は確固たる理由があったわけじゃないんです。でも、自分の働き方を変えたかったので、ワーク・ライフ・バランスを大事にしているフィンランドならやれるんじゃないかなという思いはありました」。

美容師として東京・神宮前に自身のサロンを構えていた梅沢さん。定休日の火曜日以外は、朝から晩までハサミを取る生活をしていた。
「原宿という激戦区で1年先まで予約が埋まるような店にできたら、それは美容師にとってステータスだし、僕もそれを目指しました。きっとその先にまた違う景色が見えるだろうと思って。でも、実際は忙しくて苦しいだけでした。妻とはずっとすれ違いで、シェアハウス状態になってましたね(笑)」。
梅沢さんは当時40代後半。「この働き方じゃ体も持たない」と悩み始めた頃、“海外”という新しい扉が開き始めたという。
「美容室のお客さんの中に、海外に頻繁に行く人がいたんです。海外旅行は面倒なものっていうイメージが僕にはあったんですけど、その人は海外に『散歩に行く』って言ったんですよ。なんかすごく豊かに思えて。僕もやってみようと」。
北欧で“美容院迷子”になっていたアジア人

ロンドンやパリ、ニューヨークのような大都市ではなく、あえてフィンランドを選んだのは直感だった。
「どうせ行くなら、フィンランドのヘアサロンを見てみたいなと思ったんです。それで、現地のコーディネーターに案内してもらったら、アジア人は髪の悩みを持ってることがわかった。癖のある髪質なので、現地のサロンでは思うように切ってもらえないんですよ。それで、僕の技術や感性が活かせるかもしれないと感じたんです」。
それから2年間、散歩に行くようにフィンランドを訪れるようになったが、その度に梅沢さんのスキルを求める人の予約でいっぱいになったという。

もともと北欧家具が好きだったという梅沢さん。現地の雰囲気に馴染むよう、お店の看板もすっきりと。
「多くは日本人のお客さんですが、すごく喜んでもらえましたね。それが自分のエネルギーにもなりました。神宮前とヘルシンキで働く自分を想像してみて、こっちでやろうと移住を決めたんです」。
「髪を切りながら人の話を聞く機会が多いんですが、同世代の日本人は『病院食は絶対和食がいい』って言ってて(笑)、どのタイミングで帰るかをみなさん結構考えていますね。僕自身、日本食がいかに自分にとって存在が大きいか、日本を離れる前は気付きませんでした」。

ヘルシンキには和食レストランはあるが高い。写真のセットで約17ユーロ(約2400円)。ココイチや吉野家など、安くて美味しい日本グルメの価値を再確認したという梅沢さん。「地方によって雑煮の中身が違うとか、日本のポテンシャルを改めて感じます」。
何気ない日常会話に心を満たされていた
人間関係も恋しさも感じているという。いじりあえる友達がいないのも、梅沢さんにとっては心の支えを失うことだった。
「友達とのコミュニケーションがかなりの癒やしになっていたんだなって思います。原宿で働いていた時期が長いので、電車に乗ってても歩いてても、知り合いにちょこちょこ遭遇するんですよ。
何気ない雑談から情報をインプットできたり、『あいつも頑張ってるんだな、俺も頑張ろう』って刺激をもらったりしてたんですね」。

ちなみに、フィンランド移住はやりようによっては100万円もあればOKで、英語はどこでも通じるとのこと。初動のハードルは高くなさそうだ。
フィンランドに友達がいないわけじゃない。しかし、数には圧倒的な違いがあり、心を通わせられる関係も限られる。
「フィンランド人や日本人の友達もいるんですよ、もちろん。美容室を構えている地域は、エリート層や社会的地位のある人が多いので刺激的でもあります。でも、去年、日本に帰って友達と一緒にスタバでお茶しましたけど、すごい特別な時間で。あぁ、こんなにもいい時間だったんだなぁって(笑)」。
美容師の社会的地位を向上させたい

ちょうど日本が恋しくなる時期なのか、ヘルシンキ生活が3年半を過ぎた梅沢さんからは日本に対する郷愁の念に溢れていた。「こうやって取材を受けたのに、来年は日本にいるかもしれません(笑)」とも話す。
だが同時に、ヘルシンキで成し遂げたい目標もある。
「フィンランドにおける美容師の社会的地位は低いですが、僕はもっと価値が上がるべきだと思っています。値段も高くて当たり前だよねっていうところまで業界を持っていけたらという思いもあります。
そこで手応えを感じられたら、帰ろうっていう決心ができるかもしれません。でも、戦争も起きていて時代がどうなるか不透明なので、今はこの瞬間を生きているっていう感じですね」。
北欧移住を考えている人はぜひ、梅沢さんの言葉からヒントを得ていただきたい。日本と共通点の少ない異国に住むことは、強烈な郷愁の念に駆られることは覚悟したほうが良さそうだ。
いずれにせよ、「人生の選択は自由である」からこその葛藤。いくつになっても続く選択の連続を謳歌しようじゃないか。
(この記事はOCEANSより転載しています)