防衛費を「自衛隊予算」に限定しては日本を守れない

防衛費を「自衛隊予算」に限定しては日本を守れない

  • Wedge ONLINE
  • 更新日:2022/08/06
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ロシアによるウクライナ侵攻を契機として、日本では中国による台湾侵攻に連動する日本有事への懸念が高まり、防衛費の増額を巡る議論が活発となった。また、米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことに中国が激しく反発して台湾周辺で大規模な軍事演習を行い、日本の排他的経済水域(EEZ)内にも弾道ミサイルを撃ち込んだことで、多くの日本人は危機感を強めている。

中国軍が台湾周辺で演習を行うなど、軍事危機への懸念が高まっている(新華社/アフロ)

今後、年末に予定されている国家安全保障戦略、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画の改訂に向けて、防衛費の増額を巡る議論は一段と熱を帯びるだろう。しかし、従来の延長線上の議論でいいのだろうか。

防衛費は「防衛省・自衛隊の予算」と定義されてきた。しかし、防衛費を巡る議論の契機となったロシアによるウクライナ侵攻の状況を見れば、この定義は矮小化されていると言わざるを得ない。

防衛費とは国の防衛に使用する予算であり、その重要な目的は有事において国民の生命を守ることである。このため、もし防衛費を防衛省・自衛隊の予算と定義するならば、防衛省・自衛隊が所掌する業務だけで国民の生命を守れることになる。それは非現実的だ。

本稿では、防衛の目的に合致する予算を防衛費と定義することを提唱する。そこには当然、防衛省・自衛隊の予算も含まれるが、他省庁や自治体が所掌する防衛に不可欠の業務の予算も含まれる。以下、ロシアによるウクライナ侵攻の状況を踏まえて、こうした業務を三つ例示する。

地下避難施設の整備

国連人権高等弁務官事務所は、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う民間人の犠牲者は7月24日の時点で5237人であり、その大部分は砲撃、ロケット攻撃、ミサイル攻撃および空爆が原因と発表している。こうした激しい砲爆撃の下でウクライナ国民の生命を守るには地下避難施設が不可欠だ。幸いなことに、ウクライナには旧ソ連時代に作られた地下避難施設が多く、その数は首都キーウだけでも5000カ所との指摘もある。

翻って日本を見てみよう。台湾侵攻に際して中国軍は、米軍や自衛隊による直接・間接の介入を妨害するために米軍や自衛隊の部隊や施設などに対してミサイル攻撃や空爆を行うだろう。加えて中国軍は、ロシア軍がウクライナで行ったように人口密集地や重要インフラへのミサイル攻撃や空爆を行う可能性がある。このため、国民の生命を守るためには、ウクライナと同様に日本にも地下避難施設は不可欠となる。

しかし、日本における地下避難施設の現状は惨憺たるものだ。内閣官房が公表している国民保護法に基づく避難施設一覧(2021年4月1日現在)を見ると、例えば、中国軍の台湾侵攻に際してミサイル攻撃や空爆を受ける可能性のある沖縄県では、沖縄本島に6カ所の地下避難施設があるだけで、台湾に最も近い先島諸島には地下避難施設は皆無だ。

国民保護法では、地下鉄駅舎、地下街、地下道などの既存の地下施設の中から都道府県知事(政令指定都市を含む)が地下避難施設を指定することになっている。しかし、既存の地下施設が少ない沖縄県などの自治体が住民の生命を守ろうとすれば、地下避難施設の建設という課題に直面する。

また、既存の地下施設を地下避難施設に指定しても、そこに非常用の発電機、照明、トイレ、水、食糧、毛布、医薬品などの備蓄が無ければ避難施設として機能しない。こうした地下避難施設の建設、器材・物資の備蓄などには多額の費用が必要であり、予算が潤沢ではない自治体には負担が重すぎる。

こうした地下避難施設の整備は、有事において国民を守るという防衛費の目的に合致する。他方、地下避難施設の整備は地域の実情に応じる必要があるため、自治体の業務とすることが適切だ。

したがって、地下避難施設に係る費用は国が防衛費として計上し、それを自治体に配分して整備を進めることが妥当である。このためには、国民保護法を改正して国の責任を拡大することも必要となる。

民間空港・港湾の防衛目的での使用

ウクライナ軍は、ロシア軍による激しい砲爆撃を巧みに避けながら粘り強く戦い続けている。これを可能にしている要因の一つは、ウクライナ軍が民有地や民間施設も利用して分散や頻繁な移動を繰り返すことで、ロシア軍による位置の特定を避けていることだと思われる。つまり、軍による民有地や民間施設の利用が戦況に大きな影響を与えるのだ。

翻って日本を見てみよう。島国である日本の防衛では、敵の攻撃を本土から離れた場所で阻止することが国民の生命を守る上で重要になる。したがって、自衛隊や米軍の航空戦力や海洋戦力の作戦基盤となる国内の空港や港湾には防衛上の大きな意義がある。他方、空港や港湾は敵の攻撃対象でもあるため、航空戦力や海洋戦力は努めて多くの空港や港湾を基地として利用しつつ、粘り強く作戦を続ける必要がある。

しかし、空港を例に取ると、国内の民間専用の空港には自衛隊機や米軍機が基地として使用する上で機体を守るのに必要な航空機用掩体(えんたい)、攻撃による被害を受けにくい地下式の燃料庫などの施設、あるいは整備用の資機材・部品、滑走路の修復用資機材、燃料などの備蓄は無い。

また、国内の民間港湾も有事において攻撃を受けたり、基地として使用されたりすることは想定していない。このため、攻撃を受けた岸壁、荷役施設などの被害を復旧するための資機材は準備されていない。

民間空港や民間港湾の管理は国土交通省や自治体が行っているが、こうした防衛専用の施設・資機材を設置・備蓄するための多額の費用負担を管理者に求めることには無理がある。こうした予算は国が防衛費として確保し、国土交通省や自治体に配分して準備を進めることが適切である。

国民の防衛意識の向上

ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ国民の高い防衛意識が見て取れる。この国民の高い防衛意識を後ろ盾として、政府や軍は粘り強く戦い続けている。翻って日本を見ると、有事に際して多くの国民が高い防衛意志を持ち、政府や自衛隊による戦いを支援するかは未知数だ。

そもそも大多数の日本人には、学校教育において国の防衛について考えたり、有事に際して何をすべきかを議論したり、攻撃から命を守る方法を訓練したりする機会が無い。この現状は、地震などの自然災害に係る学校での教育や訓練が一般化していることの対極にある。

防災と同様、防衛でも国民の高い意識は不可欠であり、速やかに義務教育および高校、大学において防衛に関する教育や訓練を充実させる必要がある。こうした防衛に係る教育や訓練を適切に行うために必要な教職員の研修、専門の講師の派遣などの予算については、国が防衛費として計上し、文部科学省や自治体に配分すべきだろう。

防衛は防衛省・自衛隊だけでは不可能

日本国民に防衛意識が無ければ、日本政府および防衛省・自衛隊が戦いを続けることはできない。また、他省庁、自治体、指定公共機関、企業などが国民の命を守り、防衛に協力する態勢も不可欠だ。

ロシアによる侵攻に対してウクライナが容易に屈しない要因は、ウクライナ軍の善戦だけではない。同様に、防衛省・自衛隊の戦闘能力だけを強化しても、それは砂上の楼閣であり、有事には脆くも崩れ去るだろう。防衛は防衛省・自衛隊だけでは不可能なのだ。

本稿で例示した三つの事業以外にも、防衛産業の育成・強化、サイバー防衛態勢の強化、情報戦への対応など、防衛省・自衛隊以外の組織が深く関わる業務も防衛費として位置づけられる。今後の防衛費の増額を巡る議論では、国の防衛に必要な業務について全省庁、自治体、指定公共機関、企業などを巻き込んで幅広く議論し、その業務に必要な予算を防衛費として算出すべきだ。防衛費を防衛省・自衛隊の予算に矮小化してはならない。

吉富望

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